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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
1章 森の民と新しい工房、である
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新しい一日の始まりである



 我輩の名はアーノルド。帝国唯一無二の錬金術師である。






 錬金術師の気持ちを取り戻した我輩は、サーシャ嬢に工房を借りる許可を得ることができたので、兄君の方にも話をするため、部屋へと向かったのである。


 「いいよ、サーシャから朝起こされて話聞いたから。好きに使ってよ。おれ、特にあそこは用事無いし」


 だが、すでに兄妹の間で話は付いていたらしく、許可は簡単に得られるののである。


 「だから言ったのにー」

 「サーシャ嬢、こういう事はきちんと手順を踏むのが大切なのである」

 「そういうのは二度手間っていうんだって、学校の先生が言ってたけどなぁ」

 「兄君は難しい言葉を知っているのであるな」

 「馬鹿にするなよおっちゃん。姿は子供でも、おっちゃんよりも年上なんだからな」


 そうであった、森の民は我輩達人間よりも遥かに長寿である。

 見た目は小さくても、我輩達よりも聡いということも十分にあり得るのである。

 まぁ、この二人を見る限り姿相応の気がするのであるが。


 そのようなことを思っていた我輩であったが、ここでふと、もうひとつ確認しないといけないことがあったのを思い出すのである。


 「そういえば、親御はどうしているのであるか? そちらにも許可を取らなくてはいけないのである」


 確か、今は二人で暮らしている、というのは覚えているのである。

 いつ頃帰ってくるのであろうか?


 だが、兄君は悲しいような困ったような顔をして、


 「おれたち二人だけだよ」


 と、言ったのである。


 初耳である。


 「センセイ、話聞いてなかったのかよ。倉庫を物色してるときに、嬢ちゃんが言ってただろうが」


 先程まで我関せずといった様子であったダンが、我輩の言葉を聞いて呆れた顔で近づいてくるのである。


 「今は二人で暮らしている、という事しか覚えてなかったのである」

 「じゃあ、なんでおれたちがここに住んでるかあらためて説明するね」


 我輩が頷くのを見て、兄君は説明を始めるのであった。






 兄君達は元々、森の深部にある森の民の集落に、親子四人で住んでいたようである。

 しかし、数十年前程前に病気でご両親を失ってしまい、両親と仲の良かった家族に引き取られ生活していたようなのである。


 しかし


 「5年くらい前かなぁ、おれたちの集落に獣と魔獣の群れがやってきたんだ」


 その群れは、何かから逃げていくよえに、集落の付近を深部へと移動していったのである。

 その時は、特に被害もなかったため、集落はすぐに落ち着きを取り戻したのであった。

 だが、それから数日後、獣や魔獣のみならず、魔物や魔者まで加えた巨大な群れが、深部から集落へとなだれ込んで来たのである。


 そのため集落は大混乱に陥り、その結果兄君たちは、その時一緒に過ごしていた家族と離れ離れになってしまったのである。


 時期的には前将軍が強行して失敗した、大森林大遠征の時期と一致するのである。


 「人間だけでなく森の民にまで迷惑をかけたのであるか、あの男は」

 「自分が陛下の次に偉いと思っている勘違いさんだったからなぁ」

 「あの時ばかりは宰相と意見が一致したのである」

 「ほんと、あの時だけだな」


 今思い出しても腹立たしいのである。


 自分の虚栄心を満たすために、どれだけの無駄な血を流したのであろうか。

 あれであったら、我輩と価値観は違えど、民のために活動する宰相の方が全然マシ…………。


 奴は奴で民のためという名目で、自分の都合のいいように物事を考え、それを平然と行動に移す人物であったので、どちらもたいして変わらないのである。


 そのようなことを考えていると、


 「なぁ、もう話さなくていいの?」


 話の腰を折られた兄君が、少々不機嫌そうな表情を浮かべてこちらを見るのである。


 悪いことをしてしまったのである。


 「兄君、話の腰を折ってしまって申し訳なかったのである。続きを教えてほしいのである」

 「……うん。それでおれは、お母さんから何回か連れて来てもらったことがあるこの家を思い出して、ここに向かったんだ」


 どうやら兄君はこの家の事を、怖いモノはやって来れない魔法の家なのだと教えられていたようである。


 「よくこんな森で道に迷わないものであるな」

 「兄ちゃん、おれたちは森の民だぜ。森の中で道に迷う訳無いだろ」

 「そういうものなのであるか」


 得意そうにしているのであるが、兄君はおそらくお調子者のようなので、我輩は話半分くらいで受けとることにするのである。


 「しかし、どうやってここまで来れたのであるか? 獣の群れと同じ方向へ逃げているのであろう?」

 「パットンだよ! パットンがとちゅうまで連れて来てくれたの!」


 先程から会話に混ざりたそうにしていたサーシャ嬢が、ここぞとばかりに話に加わってくるのである。

 パットンというのは、時々集落にやってくる妖精のことで、丁度集落に遊びに来たところ兄君達に遭遇したのである。

 そして、危険な生物が寄って来ない場所というのに興味を引かれ、一緒について来たようなのである。


 「パットンはね! 魔法で私たちが怖い動物から見えづらくしてくれたの」

 「見えづらくする魔法?」

 「うん。なんか獣が森の先に向かうのに一生懸命だから、近くじゃなければこれくらいの魔法できっと気付かれないって」


 それで、できる限り群れと距離を取りつつ、煙の範囲内まで逃げてきたのである。


 「それで、パットンはどうしたのであるか?」

 「面白い場所連れて来てくれてありがとう! って言って、お家にくる前にどこかに行っちゃったの」

 「そのあと、一回だけ家に来たことがあるんだ。良い家だねって少しの間いてくれたけど、いつの間にかいなくなっちゃったんだ」


 それから二人は、これまで二人きりで過ごすことになったのである。


 だが、これまで何度か集落の方へ戻ろうと思った事もあったようなのであるが、深部の獣には敵いそうにないので諦めたらしいのである。


 「そうであったのか。では、元々この家は兄君たちのものであると言うことであるな」

 「ひいおばあちゃんのだよ! ひいおばあちゃん、人の血が強く出てたから、魔法が全然できなくてあまり長生きできなかったんだって」

 「ひいばあちゃんは、何か珍しい魔法の勉強してたって聞いたことがあるんだ。たぶん、あの部屋のやつだよね」


 なるほど、人間の血が強く出てしまい、魔法が使うことのできない森の民であれば、錬金術の存在を知っていれば、我輩のように手を伸ばすのであろう。


 「そうであったか。森の民は長寿であるからな。ご存命であれば、ノヴァ殿の話も聞く事もできたかもしれないのであるが、残念である」

 「ひいばあちゃん、お母さんも会ったことが無いって言ってたし。だいぶ早く死んじゃったよな」

 「でも、ひいおばあちゃんがお勉強して書いたご本で、私たち勉強してるから何だか不思議だね! おじさん!」


 ふと、サーシャ嬢気になることを言ったのに気付くのである。


 サーシャ嬢の曾祖母が書いた書?


 我輩は聞き間違いではないか、サーシャ嬢に聞き返すことにするのである。


 「……サーシャ嬢。今、何と言ったのであるか?」

 「え? ひいおばあちゃんの書いたご本でお勉強できるから不思議だって……」

 「ノヴァ殿は、サーシャ嬢たちの曾祖母殿なのであるか」

 「うん。そうだよ」


 ……なんということであろうか……。


 我輩は気付かぬうちに、錬金術の発祥の地へ来てしまったのである。


 「ダンは知っていたのであるか」

 「当然だぜ。情報収集は、探検家の基本だぜ。セ・ン・セ・イ」


 そう言ってダンは、ニヤニヤと笑っているのである。


 実に不愉快である。


 「なぜこちらに報告しなかったのであるか」

 「人の事情とか、そういうのセンセイ全く興味ないだろ?」

 「報告・連絡・相談は、大人としての基本なのである。我輩が興味ないとかそういうこととは関係ないのである」

 「普段全然そんなことしてくれないセンセイに言われたくねえよ。……でも、まぁ、勝手に判断して悪かったよ」


 ダンはおどけてそう言うのである。こやつ、絶対反省していないのである。


 「だからさ、おっちゃん達が長くいてくれると、おれもサーシャも安心なんだ。」


 兄君が笑顔でそういうのである。

 何やら信頼されているようである。


 「そうであったのであるか。あらためてよろしくお願いするのである」

 「よろしくな! おっちゃん! ただ…」

 「なんであるか?」

 「薬、苦いの嫌だなぁ……」


 そう笑う兄君に、我輩も出来るだけ善処すると答えたのであった。






 とは言ったものの、である。


 「さて、困ったのである」


 我輩はそう独り言をこぼしながら、一人頭を悩ませているのである。


 どうしたものであろうか……。


 事情を話してくれた礼として、兄君の要望に応えるべく薬の作製を行っているのであるが、


 「今の我輩では、2種類の構成魔力を使用した調合すら難しいのであるのか……」


 我輩は再び、そう独り言を発しながら、現状を確認するのである。


 高性能の道具を使いこなせていない現在、我輩は液体・固体・気体等の作成する道具の状態を決める構成魔力の他に、道具の効果を決める構成魔力を一種類しか使用できないのである。


 釜内にある構成魔力の相性や、親和性など様々な要因などがあるのであるが、基本的に使用する構成魔力の種類・量が上がればそれだけ作業難度が上がるのである。

 反対に品質が上がると、反応がよくなるのでいままでは難度が下がったのであるが、今の釜では反応が良すぎることで、逆に難度が上がっているのである。


 今まで何度か、苦みを抑える効果のある草や飲料などを使い作業をを行ってみたのであるが、融合途中で【苦み】の魔力と【苦みを抑える】の魔力が反発しあい、暴走を起こしているのである。

 そこで、とりあえず反発の起こしにくい別の構成魔力を使用した物の作製を試みたのであるが、結果は失敗。

 結論として、我輩は現在一つの効果分の構成魔力しか制御できないという事になるのである。


 初心者に反応速度が早すぎるという状況、なかなかに大変なことなのである。


 というわけで、兄君には申し訳ないのであるが、一昨日、昨日といつも通りの苦い薬を飲んでもらっているのである。


 申し訳ない限りなのである。


 「どうにかして苦みを抑えることはできないのであろうか。あまり成果が上がらないと許可を撤回されそうである」


 そのようなことはないとは思いつつ、ふとそんな独り言が口からこぼれた我輩は気を取り直し、ずっと苦みを抑えることを考え、その日の調合を終わらせたのであった。






 「あれ? 今日の薬そんなに苦くない……」


 そうして出来上がった薬を、我輩はいつも通りに兄君のもとへともっていくのである。

 薬を渡された兄君は、いつ通り少しずつ躊躇いがちに薬を飲むのであったが、一口飲んでからそう言うと、一気に飲み干したのである。


 「慣れたんじゃないのか」

 「ちげぇよ! 全然味が違うし。」


 ダンの言葉に口を尖らせて兄君は反論するのである。

 その様子から、彼が言っていることはどうも本当のことのようである。


 「おっちゃん、こんなに苦くなく作れるなら最初から作ってくれよ」

 「いや、我輩はいつもと変わらず作って…………」


 そこまで言って、我輩は言葉を止めるのである。


 果たして本当にいつも通りであったであろうか?


 我輩はそう思うと、今回の道具作製を思い返していくのである。


 考え事をしながら作業をしていたのであるが、品質や制御や操作に支障がない程度であった。

 いや、むしろ考え事に集中していたのである。

 とはいっても、普段のように横道にそれるような考え事ではないのである。


 そう


 考えていたことは、どうにかして【苦くない解毒薬】はできないか、ということである。


 そこで、我輩は一つの仮説を建てるために、サーシャ嬢が錬金術に挑んだ時の事を思い出すのである。


 確か、サーシャ嬢が初めて解毒薬を作った際は【解毒の薬】ではなく【お兄ちゃんを助ける薬】の構成魔力をイメージしていたはずである。

 それが何になったのかは、構築が成功していないので分からないのであるが、兄君に何かしらの好影響を及ぼす【何かの薬】になっていたはずなのである。


 我輩は、【飲み薬は苦いものである】という考えがあるのである。

 仮に、そのせいで苦味が強化されているのであれば…………。


 仮説と言うよりにはお粗末すぎるのであるが、打つ手が無い今、やってみても無駄ではないのである。


 「兄君、サーシャ嬢! 感謝するのである!」

 「へ? 私?」


 兄君に連れ添っていたサーシャ嬢は、急に自分が呼ばれたから驚いている様子であるが、今そんな事はどうでも良いのである。


 「そうである。サーシャ嬢のおかけで副作用を抑えることができるかもしれないのである。2号、工房に向かうのである」


 我輩はサーシャ嬢同様に、兄君を看ていたダン、もとい実験役2号に声をかけるのである。


 早く実験を開始したいのである。


 「俺は2号じゃ…………おい、センセイ! ちょ…………押すなよ!」

 「細かいことはどうでも良いのである! 早く行くのである」

 「わかった! わかったから!」


 こうして、ダンの尊い犠牲の結果、質が高い素材を使用した場合、作業中に副作用が抑えられた物を作成するイメージを持つことによって、ある程度副作用が抑えられることがわかったのであった。

 ただ、その分構成魔力の制御が難しくなる上、副作用をゼロにすることは無理だったのであるが。






 「これが早くわかってたら…………俺たちの薬だって…………副作用が弱く済んだじゃねぇかよ…………」

 「分からなかったのだから仕方がないのである」

 「じゃあ、これからやれよ……」

 「作業が大変になるので、出来るだけ効率よく作業を行いたいのである」

 「めんどくせぇってだけだろ…………」


 ダンはかろうじてそう毒ずくと、机に突っ伏すのである。


 大袈裟なのである。


 「おじちゃん、大丈夫? 魔法かける?」


 そんなダンを、サーシャ嬢は心配して声をかけるのである。


 実に優しいのである。


 なぜこのようなことになっているかというと、度重なる実験により解毒薬を何回も飲んだ結果なのである。

 味が分からないとぼやいていたので、おそらく苦味によって舌がバカになっているのかもしれないのである。

 まぁ、そのうち元に戻るので、大したことはないのである。


 「それは、いいから……この、人の事を考えられない…………おっさんを怒ってくれ…………」

 「よく分からないけど、おじさん、人には優しくしないとダメだよ?」


 サーシャ嬢は状況がよくわかってはいないものであるが、ダンの状態を見て、言われるがまま我輩を注意するのである。


 「意外であるな。我輩が優しい事は、サーシャ嬢がよく知っているはずなのである」

 「うん! おじさんが優しいのはよく知ってるよ! …………あれ? ……あれ?」


 我輩の言葉に元気よく返事したサーシャ嬢は、何で我輩を注意したのかわからなくなって混乱してしまったようである。


 なかなか可愛いものである。


 「小さな子供で遊ぶなよ…………」

 「我輩はなにも悪くないのである。ダンが余計なことをしたせいである」






 こうして、副作用が弱い物の作り方がわかったのであった。


 やはり、錬金術の研究は楽しいのである。



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