特別出展の準備は大変である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
大会四日目である。
東方都市で春季に一週間行われる料理大会も折り返しに入り、盛り上がりもどんどん増えてきているのである。
そんな中、我輩はサーシャ嬢とデルク坊を伴い会場を歩いて回るのである。何かあったら困るので、アリッサ嬢も同行しているのである。
ミレイ女史は、リリー嬢の手伝いに行っているのでこの場にはいないのである。
「ホント、荷車を作っておいて良かったって思うわ」
「で、あるな。そうでなかったら我輩は特別出展に参加できなかったのである」
「あたしも明日の分だけでなくて特別出展用の食材まで使ったからねぇ」
「大会の参加者は食に対して貪欲過ぎるのである」
ダン達は昨夜話をした通りに、朝の開門と同時に辺境の集落へ食材確保へ向かったのである。
「じゃあ、最速で行ってくるからな」
「昨日のことはやっておきますんで、気にせずに楽しんでください」
「できるだけ沢山採ってきますから」
そう言って出かけて行ったので、おそらく移動は昼夜問わずに突き進んでいく強行軍の予定なのであろう。そして、できるだけ長い時間食材確保の時間を作り、また強行軍で帰るつもりなのだと思うのである。
「ダンおじさん達はいつ頃帰ってくるの?」
「多分明後日の夕方頃着くんじゃないかねぇ」
「そんなに近かったっけ?」
「こっちに来るときは、普通に歩いてきたからねぇ。リーダーとハーヴィーの速度なら、今日の夕方前には着くんじゃないかねぇ」
「それで明日は一日素材確保であるか」
「ダンおじさん達大変だね」
サーシャ嬢の言葉に、アリッサ嬢は苦笑いをするのである。
「あほみたいにこき使う誰かさんのせいでね、これくらいだと普通な感じになっちゃってるんだよね」
「酷い人間もいるのであるな」
「あ・ん・た・だ・よ・!」
「アリッサ嬢、人を何度も指差すのは失礼なのである」
我輩は、アリッサ嬢の失礼を注意してから改めて会場内を見渡すのである。
人がまるで、桶に入れた芋のようにごろごろと集まっているのである。
そんな人混みに飲み込まれないように気をつけながら、我輩は出展者達のある部分を注視しながら歩いているのである。
「しかし、我輩達の料理の相場はどれくらいなのであろうか」
「そうだよねぇ。全く見当も付かないよね」
そう、我輩達は現在大会参加者達が自分の料理につけている値段を調査しているのである。
と、いうのも昨夜、我輩が領主に特別出展の参加を表明した後の話である。
先程まで笑顔であった領主がふと真面目な表情になるのである。
「アーノルドさん、特別出展をされるのでしたら、できるだけ料理に適正な値段を付けてください」
「値段であるか?」
我輩の質問に領主は頷くのである。
「はい。特別出展はその名の通りこの大会を締めくくる特別な出展になります。この日のみを狙ってやってくる民も大勢いますし、言ってしまえばこの日が東方都市が一年で一番賑わう日になります」
「そのような日に無料で料理を配るというのは自殺行為になるということであるか?」
「そういう面もありますが、その提供した料理や使用している食材の今年一年の価値が決まるという一面もあるのです」
「りょうしゅ様、どういうことですか? おじさんは今日お料理をあげるときにお金をもらってないけど、駄目だったの?」
サーシャ嬢の質問に、領主は笑顔で答えるのである。
「今は、色々な人達が出展しているからね。こういう料理もあるんだよって知って貰うために無料で出す人も一杯いるから大丈夫だよ」
確かに、珍しい料理を出展するものは無料で料理を試食させるものも多かったのである。それで興味を持ってもらい、本命の料理を売っているものもいれば、地元の料理や食材の宣伝をしている者もいたのである。
「だけど、特別出展というのは6日間参加した沢山の人の中でも、ほんの少しの人しか参加することのできない特別なものだから、そこで無料で料理を出してしまうと、沢山の人に<あぁ、この料理や料理に使われている食材は本当にただで出せるものなんだ>って思われちゃうんだよ」
「うーん………すごい場所でお料理を出して皆に食べてもらうから、お料理を考えてくれた人やお野菜とかを作ってくれた人のために、ちゃんとお金を取ってお料理を出しましょうっていうことですか?」
「お嬢さんは賢いね、そういうことだよ」
「ありがとうございます! りょうしゅ様!」
なるほど。箔が付く分影響力が強くなるので、下手なことをすると周囲に悪影響を及ぼすということであるか。
ということは、我輩やドラン、アリッサ嬢の値段設定次第で今年の辺境の食材や食材を使用した料理の値段がある程度決まってしまうということになるのである。
それは、責任重大なのである。
と、いうことで、現在会場内で妥当な値段を調査しているところなのである。
とはいうものの、である。
「こうも値段がバラバラであると、どのくらいが丁度良いのかなど全く分からないであるな」
「そうだねぇ、宣伝のためにわざと値を下げてるところもあるし、逆に稼ぐために値を上げてるところもあるしねぇ」
「じゃあさ、思いきってすっげぇ値段をあげてみたらいいじゃん? 一気に金持ちになるじゃんか」
デルク坊がなかなか突拍子もないことを言い出すのである。まぁ、そういう気持ちになるのもわからなくはないのであるが。
「特別出展で、物凄い値段を上げて全く売れなかった場合や不評だった場合は、結局はそれだけの価値が無いんだなということにもなってしまうのである」
「絶対の価値が決まるって訳じゃないけどね。商人とかも来てるから、参考にされるからね。ある程度きちんとしてないと足元を見られやすいんだろうねぇ」
「へぇ……ふぅん……」
アリッサ嬢の返事に曖昧に答えながらデルク坊はキョロキョロとあちこちを見ているのである。
「お兄ちゃん、分かってないでしょ」
「お前は分かるのかよ」
「うーん……分からない」
「人のこと言えねぇじゃんか」
「えへへ……ごめんね」
「ったく……あ、あれうまそう」
まぁ、こういう経済活動をしていない森の民で、なおかつ子供であるデルク坊やサーシャ嬢には理解するのが難しいというのは当然の話である。
我輩もダンやアリッサ嬢に、<もっと、物の価値を考えた方がいい>と、よく言われる程度にはそういうものに疎いので人のことは言えないのである。
「だったらさぁ、こういうのに詳しい人に聞けば良いんじゃねぇの?」
「なるほど。全く考えてなかったのである」
「ああ、そうだねぇ」
デルク坊が今度は至極真っ当な意見を言ってくるのである。
確かに値付けの経験が全くない我輩達がいろいろ頑張るよりもそういう事の専門家に頼んだ方が良いのである。
領主から適正な値段をつけろと言われた時点で、自分でつけるものだと勝手に思い込んでいたである。
「だったら、商業ギルドかねぇ」
「いきなり行って大丈夫であろうか」
「どうだろうねぇ。あっちもギルドの信用もあるから、適当な値付けはしないと思うけどね」
「領主を通じて頼んでみるのであるか」
「ドランもいるので明後日にするのであるか」
「直前かい?迷惑な話だねぇ」
とりあえず、結論は出たのである。結局は人任せというなんとも情けない結果になってしまったが、このままどうしようと悩むよりはマシである。
「おじさん達の用事は終わったの?」
「終わったのであるな」
「パットンが、お菓子の部門にずっと行きたがってたから連れていってほしいの!」
サーシャ嬢の提案に、姿を消した状態のパットンが反応するのである。
「それだとまるで、ボクだけが行きたがってるみたいじゃないか」
「えぇ~? 違うの?」
「サーシャ、ボクには隠し事はできないんだよ?」
「あ! そうだった!」
パットンの言葉に、しまったという感じでサーシャ嬢はおどけるのである。
その様子を我輩達はほほえましく眺めるのである。
「サーちゃんもすっかりいたずらっ子になったねぇ」
「アリッサ嬢達の悪影響であるな」
「人のせいにするのは良くないと思うよ、センセイ」
我輩がいつ、そんなことをしたというのであろうか。絶対にアリッサ嬢やダンの影響である。
そのような会話をしているうちに、いつのまにかデルク坊も混ざった状態で言い合いをしている三人を見るのである。
パットンの姿が見えないために、二人とも時々見えない何かに向けて会話をしているように見えてしまいそうである。
なので、あまり大きな声で会話をしないように注意をしなくてはいけないなと思いながら、我輩は菓子料理部門区画にむけて進んでいくのであった。
「商業ギルドの紹介ですか?」
「そうである。値付けはやはり自分達では出来なさそうなので、専門家に頼もうと思ったのである」
菓子料理部門を満足するまで大会終了時間まで堪能した我輩達は、出展を終えたリリー嬢達とともに領主の屋敷へと戻ったのである。
本日もリリー嬢の出展は大盛況で、菓子料理部門の中でも指折りの人気を誇っていたのである。
そんな彼女たちと屋敷で食事を終えると、そこに領主が仕事終えて帰ってきたので、先程の事を頼むべく話をするのである。
「その件でしたら、既にドランさんから話を頂いておりまして、彼に紹介状を渡しておりますよ。おそらく外出する前にギルドに紹介状を渡しているはずなので、明日には担当者がこちらに来ると思いますが、聞いてないですか?」
それは初耳である。アリッサ嬢も同様で、寝耳に水の話に驚いている様である。
「センセイ、聞いてないよね」
「聞いていないのである」
そこで、話を聞いていたミレイ女史が何か思い当たるところがあったのか、こちらに話しかけてくるのである。
「もしかして、ドランさんが出掛けに言っていた<昨日の事はやっておきますんで、気にせずに楽しんでください>って言うのは、ひょっとしてその事なんじゃないでしょうか?」
言われてみると、そんな気もするのである。
「……あぁ、そう考えると、そう取れなくもないねぇ」
「紛らわしいのであるな」
「まぁ、先に手を回してくれたということで」
「まぁそうだね。一つ気が楽になったから良かったよ」
「そうであるな」
こうして、特別出展における大きな問題も解決することになったのである。
材料の問題も、値段の問題も結局は他人任せなのであった。




