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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
6章 料理大会と錬金術師の過去、である
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リリー嬢の気持ちである


 我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。






 「久しぶりね、センセイ。元気そうで良かったわ」

 「リリー嬢も息災そうで何よりである」

 「ふふっ。ありがとう」


 リリー嬢は、微笑みを浮かべてこちらにやってくるのである。

 約二年ぶりの対面であるが以前と変わらず、いや、以前よりもいくらか若々しい感じを漂わせているのである。やはり、生活が充実すると表情なども変化するものなのであろう。


 「室長! お久しぶりです」

 「うふふ、久しぶりねミレイ。センセイ達の相手は大変でしょう?」

 「そんなことはありません。毎日が刺激的でとても楽しいです」

 「そんなふうに思えるなら、貴女をセンセイのところに出向させて正解だったわね」


 嬉しそうにリリー嬢の方に歩み寄るミレイ女史に、リリー嬢は優しげな笑みを浮かべながら彼女を抱擁するのである。なんだかんだと言ってもまだミレイ女史は若いのである。仲の良い姉に再開したような表情でリリー嬢に抱きしめられるままになっているのである。


 「リリー、前よりも若くなったかい?」

 「そういう貴女は少し母親のようになったのかしら? 苦労が滲んでいるわよ」

 「仕方ないじゃないのさ。あんたがいなくなった分、しわ寄せが全部あたしにきてるからねぇ。ミレちゃんが来てくれなかったらあたしはきっと今頃婆ちゃんだよ」


 そんなアリッサ嬢の恨み言をリリー嬢は、楽しそうに聞いているのである。


 「ふふふ、そういうところ変わってないわね。さっきのは冗談よ。貴女、凄く生き生きとした顔をしているわよ」

 「冗談な事くらい顔を見れば分かるわね。あははははっ。なんだかんだであんたも変わんないねぇ」


 リリー嬢とアリッサ嬢はチームでたった二人の女性と言うこともあり、行動を共にすることも多くとても仲が良かったのである。

 先程のも、そういう二人だからこそできるやり取りというものなのであろうな。と我輩は思うのである。


 「お前、大会に出るっていうけど、仕事はどうしたんだよ」

 「ほぼ毎日休み無しで仕事をしていたからなのかしら。大会に出たいから休暇が欲しいと言ったら、所長含め職員皆に強制的に送り出されたわ」

 「へぇ、優しいんだな。お前のところの職員は」


 そんなダンの言葉に、ミレイ女史が困ったような表情をリリー嬢の腕の間から覗かせながら返事をするのである。


 「違いますよ、隊長。一代候爵である室長が全く休まないから、研究室の職員も休みを取りづらいんですよ。今回室長がそういう提案をしたことは全員にとって渡りに舟だったんだと思います」


 その言葉に、今度はリリー嬢が困ったような表情を浮かべるのである。


 「気にしないで休みをとって良いって言っていたのだけれどね」

 「下級貴族や平民には敷居が高すぎますよ」

 「まぁ、センセイみたいな厚かましい奴が職員じゃなくて良かったなって言う話だな」

 「なぜ、そこで我輩の名前が出てくるのかわからないのである」


 そんな感じで和やかに時間が過ぎていったのであるが、その時間も一瞬で凍りつくのである。


 「皆様お揃いになりましたし、リリー様がお作りになりました菓子をぜひお召し上がりながらご歓談ください」


 領主の心からの好意から発せられた言葉であったが、我輩達にとっては現実に引き戻された瞬間であったのである。


 「あら、そうね。皆全然食べていないじゃない。昨日、皆を迎えに行くと領主様がおっしゃったので、腕によりをかけて作ったのよ?」

 「腕によりをかけたのか」

 「久しぶりに会うから、今まで溜まっていた会いたかったって言う気持ちも一杯込めたわよ」


 可愛らしい笑顔を浮かべるリリー嬢と比例するように、我輩達の心はどんどんと追いやられていくのである。

 特に、自分の嫌な予感に対して心当たりがありすぎるのであろうダンとアリッサ嬢は、顔がどんどん青ざめていくのである。


 「い、いただきます!」


 席に戻っていたミレイ女史が、覚悟を決めて菓子を切り取り口に運ぶのである。

 自然と我輩達三人はミレイ女史の挙動に注目が行ってしまうのである。


 「美味しい……美味しいです!」

 「何で泣きそうになってるのよ」

 「室長、私、室長の分まで頑張ります!」

 「急にどうしたのよミレイ。よくわからないけどこれからも頑張るのよ」

 


 そう言って抱き着くミレイ女史の頭を、困った顔をしながらリリー嬢は撫でるのであった。

 まぁ、確かにミレイ女史はリリー嬢に対して何かをしたと言うわけでもないのであるので、リリー嬢の作った菓子の味が壊滅的になるということは無いはずなのである。

 それよりも、ミレイ女史が菓子を食べた後の反応が気になるのである。

 “美味しかった“は分かるのである。普通に食べられるのであるならばリリー嬢の菓子はとても美味である。

 しかし、“室長の分まで頑張る“というのは何なのであろうか。まるで、菓子を食べたことでリリー嬢の気持ちを知ったかのようである。


 そこで、我輩はパットンの言葉を思い出すのである。


 確か、パットンはリリー嬢の作る菓子にはリリー嬢の原初の魔法がかかっているという話である。端的に言ってしまうと、無意識下での意思の魔法である。

 そして、リリー嬢は我輩達に作った菓子は気持ちを一杯込めた一品である。

 もしかしたら、絵画や書などを見て作者の気持ちが伝わるように、菓子を通じてリリー嬢の気持ちが伝わっているのかもしれないのである。

 それがミレイ女史には、伝わったのかも知れないということである。


 我輩は目の前にある菓子を見るのである。

 そう思うと、先程まで恐怖の対象であった菓子も、食べてみたいという興味が沸くものである。


 味が壊滅的であったとしても、死ぬことは無いのである。であるなら、我輩の考えが正しいのか調べて見るのである。


 「リリー嬢、ありがたく頂くのである」

 「……そうだねぇ、せっかくリリーが作ってくれたんだ。こうやってにらめっこしてるのも勿体ないよね」

 「二人のは新作だから、口に合うと良いんだけれど」

 「リリー嬢の菓子は絶品なので、きっと美味しいのである」

 「ふふ、ありがとう。センセイ」


 我輩がそういうと、とても嬉しそうな顔をリリー嬢は浮かべるのである。その笑顔を見ると、今まで疑っていたのが申し訳なくなるのである。

 まぁ、それで悶絶する嵌めになったことも多数あるのであるが。


 我輩とアリッサ嬢は菓子を切り取ると、口に運ぶのである。


 「どうかしら?」


 若干不安そうにリリー嬢は質問するのである。本当に新作であったのだろう。我輩とアリッサ嬢の反応をいつもよりも気にしているようである。


 「美味しいよ……あんたの気持ちが伝わるくらい……美味しいね」

 「そう、ありがとう。って、アリッサ。何で泣いているのよ」

 「……何でだろうね。ミレイがあんたの分まで頑張るって言った気持ちが分かる気がするよ。料理って、こんなに素晴らしいものなんだって改めて思うよ」


 アリッサ嬢も、そしてミレイ女史も我輩と同じような気持ちであったのだろう。いや、もしかしたら違うのかもしれないのである。我輩には、この味を伝えることができないのである。


 美味しい、確かに美味しいのである。だが、同時に寂しく、哀しい味なのである。

自分で決めたことだけれど、大切な何かに置いていかれる。別の道へ進む、その事への寂しさ。それを我輩は菓子から感じるのである。


 「センセイ?」

 「美味である……という言葉では言い表せない。そんな味である。我輩の言葉ではこの味を適切に表現することはできないのである」


 あまりの反応の無さに、心配そうにこちらを見るリリー嬢に対して我輩はそう答えるので精一杯であった。

おそらく我輩の思った通り、この菓子には一人一人に対するリリー嬢の想いが込められているのであろう。

 他のものにどんな想いが込められているのかはわからないのである。だが、その想いを受け取り、ミレイ女史はリリー嬢に抱き着き、アリッサ嬢は涙を流したのである。


 「絵画や書などでは、制作者の想いが見るものの魂を揺さぶるという事があると聞きますが、皆様にとってはリリー様の料理というのは同様な物であるのですね」

 「それだけ深い想いを込めてリリー様は皆様にお菓子をお作りになったのですね」


 我輩達の様子を見ていた領主と夫人も、笑顔を浮かべながらうんうんと頷くのである。

 そんな何とも和やかな空気の中、我輩達は菓子を食べながら会話を楽しんでいたのだが、何かを忘れているような気がするのである。


 「そういえば、リーダーの反応が無いねぇ」

 「そういえばそうであるな」

 「お菓子に夢中になっていていました」

 「私も、みんなの反応が楽しくて意識していなかったわね」


 リリー嬢の言葉に、領主と夫人も頷くのである。

 なので、我輩達は一斉にダンの方を見るのである。


 「……どうしたのかしら?」


 リリー嬢が不安そうにダンを見て呟くのである。ダンは、白目を向いて完全にグロッキー状態であったのである。

 おそらく、この数ヶ月あった恨みつらみの想い全てをこの菓子に込めたのであろうな。

 そんなダンの様子を見て我輩達は戦慄すると同時に、とばっちりが来ないようにこの場を切り抜けるべく行動を開始するのである。

 ダンの反応にリリー嬢が気を悪くすると、そのイライラをぶつけた菓子を我輩達のみならず、今度は領主達までもが食す事になるのである。今ここで大問題を起こすのは我輩でもさすがにまずいと分かるのである。

 

 「おそらく……あまりの美味故に昇天してしまったのではないであろうか」

 「き、きっとそうですよ!」

 「まぁ……そういうことなんだろうねぇ……」

 「それほどの味なのですか……一口」

 「領主、それはやめるのである」

 「そ、そうですよ! 隊長? お菓子が減ってないですよ。食べてください」

 「……!! グボッ! ガガッ!!」

 「そんなに美味しいかい、良かったねぇ」

 「本当にそうなのですか? ダンさん、痙攣してますけれど……」

 「大丈夫である。身体が震えるほど全身で美味しさを表現しているのである」


 我輩達は、全身で菓子を食べることを拒否するダンに、無理矢理菓子を詰め込むことで二次災害を食い止めるのであった。


 ダンよ。貴様の犠牲は無駄にしないのである。






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