久しぶりの再会である
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
東方都市に入り数日、我輩達は日課の広場散策を終えて宿に戻るのであったが、そこには貴族の馬車が来ていたのである。馬車を運転していたと思われる御者と、ミレイ女史が会話をしているようであったので、我輩達はミレイ女史に話を聞くべく歩き出すのであった。
「ミレイ女史、一体何があったのであるか?」
「アーノルド様、ちょうど良いところに帰ってこられました」
声をかける我輩の存在に気づいたミレイ女史は、少し安堵の様子を見せてこちらを向くのである。
「ちょうど良いって、何かあったのかい?」
「あぁ、それは……」
「一代候爵様御一行をお迎えに参上した次第でございます」
アリッサ嬢がそういうと、先程までミレイ女史と話していた御者の男がこちらに振り向き返事を返すのである。
その男は、秋に辺境の集落へやって来た領主の御者を勤めていた者であった。やはり、前回会った時同様の身綺麗な格好をしていたのであるが、気付かなかったのである。
「アリッサさんや隊長は現役の探検家ですので、宿の方が落ち着くと思うのでお気になさらずと言ったのですが…………」
「そういうわけにも参りません。探検家とはいえ、一代候爵様でございます。自分よりも位の高い貴族を市井の宿に泊めるというのは、貴族としてあるまじき行為でございます」
「と、言う事で話が平行線になってしまいまして、お二人のうちどちらかが戻られるのを待っていたのです」
「なるほどねぇ。で、リーダーは?」
アリッサ嬢の言葉に、ミレイ女史は困ったような表情を見せるのである。
「余りにも暇なので仕事をしてくると言って、皆さんが散策に出た後、ドランとハーヴィーを連れてギルドへ」
「あぁ、やりそうだねぇ。で、ミレちゃんが留守番をしてたのね」
「はい。少々作りたい物もありましたので、宿で研究をしておりました」
この冬の間にミレイ女史もサーシャ嬢もだいぶ腕が上がり、最近は手鍋での錬金術もこなせるようになってきたのである。
ただ、二人ともまだ魔法白金製手鍋での作業は難しいようなので、倉庫を物色してちょうど良いものは無いか探した結果、完品魔法銀製の手鍋の構成魔力が保存されていた容器を発見したので、中身を再構成し二人で使用しているのである。
「そこにちょうどあんたがやって来たと」
「はい。そういうことになります」
そう言って、御者は改めて我輩達に領主の元へ来て欲しいと言うことを告げるのである。
「でもねぇ。ミレちゃんの言った通り、あたし達は元々が貴族と無関係の平民のでだからねぇ。貴族様のお屋敷で過ごすよりも、こういった宿で過ごす方が気楽で落ち着くんだよね」
「ですが、集落にはあれだけ立派な屋敷を構えていらっしゃいますが」
「あれは、集落の連中があたし達に一言もいわずに勝手に建てたやつだからねぇ」
「まぁ、我輩は工房が広くなったので何も文句は無いのである」
「センセイはそうだろうねぇ。他人の功績で、いきなり豪邸を建てられた平民の身にもなってご覧よ、全く」
アリッサ嬢は、こちらを見てあきれ顔である。まぁ、確かに集落に戻ってみたら家が様変わりしたのは驚きであったのである。
「お散歩できなくなるの?」
「そんなことはありませんよ。この宿よりは少々広場に行くのに時間はかかるようになってしまいますが、歩いて行ける範囲内に屋敷を構えております。外出の際に一言門番に言っていただければご自由に出歩かれて大丈夫です」
「そっかぁ。じゃあ私はみんなの言う通りにする」
「後、皆様が今こちらにいらっしゃるということで、滞在中に楽しんでいただけるように珍しい料理も多数用意しております」
「え!? 本当? ねぇ、行ってみようぜ!」
どうやら、御者は的を射るならばまず馬からと言わんばかりに、サーシャ嬢とデルク坊に標的を絞ったようである。
サーシャ嬢には効果が低かったようだが、デルク坊には効果がてきめんである。完全にデルク坊は領主の屋敷に行く気になってしまったのである。
「ミレイ様には先程言いましたが、屋敷に滞在中は書庫をご自由にお使い下さっても問題ございません。東方の文化や歴史をまとめた資料なども多数ございます。また、皇帝陛下から過去に頂いた古代精霊語の文献もございます。翻訳済みの文献なのですが、できましたら誤訳などが無いか確認していただきたいのですが」
「アリッサ嬢、世話になった方が良いであるな」
悔しいのであるが、ここの領主は我輩達の好みを把握しているのである。この地方にある古代精霊語の文献が閲覧できるのというのはものすごい惹かれるのである。
「そうは言ってもねぇ」
「あと、一代候爵様の屋敷に滞在された奥様が、湯浴み場ですか? あれを大層お気に召されたようで、こちらに戻ってすぐに屋敷に湯浴み場を建設されまして」
「決まりだね。皆、荷物を纏めるよ」
「そうですね。湯浴み場があるならば仕方ないですね」
先程の腰の重さはどこへやら、颯爽とアリッサ嬢とミレイ女史は移動準備を進めるべく行動を開始するのである。
「あ、屋敷に行く前にギルドに寄って行ってもらえるかい? 言伝をしておきたいからね」
「承りました」
そう言って恭しく頭を下げる御者を見ながら、我輩は、なんだかんだ言っても領主だけあって有能なのだなと思いながら、自分の準備をするべくサーシャ嬢とデルク坊と共に宿に入るのであった。
「やぁ、しばらく厄介になるけど良いのかい?」
「何をおっしゃいますか。むしろ、お迎えにも上がらずに申し訳ございませんでした」
「いや、そういう堅苦しいのが苦手だから、失礼かなと思ったけど直前まで挨拶行くの控えてたんだよ。こっちこそ何か気を使わせたみたいですまないな」
「いえいえ、一代候爵様御一行をお迎えすることができて嬉しいですわ」
ソファに腰掛けた領主と夫人が、同じく腰掛けているダンとアリッサと談笑を交わしているのである。
現在我輩達は領主の屋敷にある応接間で領主達と話しているところである。
ここには先程の四人のほかには我輩とミレイ女史の二人がいるのみで、他の者達は御者をやっていた執事に屋敷の中を案内されている最中である。
「ダンとアリッサは貴族なので当然として、ミレイ女史も伯爵令嬢としてこの場にいるのはまぁ、分かるのである。しかし、何故我輩がここにいるのであろうか」
我輩からふと出た言葉に、三人から各々返答が来るのである。
「それは、センセイがこの一行の責任者だからだろうが」
「ある意味でいえば凄いよね。一代候爵二人と一代男爵予定者と、伯爵令嬢を従えた平民なんだからね。でも、センセイだから何でもありだと思うよ。あたしは」
「アーノルド様は前皇帝陛下相談役という肩書がございますから、何もおかしくはないのですよ」
「それは、我輩の知らないところで勝手に起きた話なのである」
我輩達のやり取りを、領主と夫人は楽しそうに見ているのである。
「辺境でも見ておりましたが、本当に楽しそうな関係ですな」
「貴族のような面倒なやり取りがなくて、見ていて気持ちが良いですね」
「だったら、我輩達は気にしないのである。領主達もそうすれば良いのである」
「センセイ、あたし達のような平民上がりの連中にはわからない苦労があるんだよ。勝手なことを言わないの」
「まぁ、俺達もあまり恭しくされても困るしなぁ。……一代候爵としての頼みだが、自分が楽にできるように接してもらえるか? その方がこちらも気が休まる」
「あぁ、なるほどねぇ。だったら、ついでにあたし達、特にドランだけど目に余るような失礼な態度があったら教えてもらえないかい? 先々帝都にいかなきゃだからね」
二人の言葉に、領主と夫人は大きく頷くのである。
「ではお言葉に甘えて。帝都に行くのは、ドラン君の受爵式典などがあるからですね? 平民上がりなので、多めには見てもらえると思いますがわかりました。もしも目に余る感じでしたら注意いたします」
「すまないな。領主様にそんなこと頼んじまってさ」
「受けたところであれですが、私は業務があるので実際は妻か執事に担当してもらう事になると思います」
「執事って、今ドラン達を案内している?」
「そうですね。彼は私の教育係も勤めていましたので、貴族の礼儀なども一通り学んでます」
「そりゃ心強いな」
そのような感じで暫く気楽な感じで会話をしていると、応接間のドアをノックする音がするのである。領主が応じると、カートを引いた侍従が中に入ってくるのである。
「お客様がお作りになったお菓子を用意いたしました」
そういうと、侍従は一人一人確認して菓子を置いていくのである。
「俺達の他にも客が来ていたのか?」
ダンの質問に、領主は笑顔で頷くのである。
「はい。帝都から、今回の料理大会に参加したいと言うことで昨日からこちらに滞在しているんですよ」
「菓子ってことは、その人は菓子作りが得意なのであるか?」
「そうですね。昨日食べさせていただきましたが、とても美味しかったですよ」
「へぇ、そうなんだ。そいつは楽しみだねぇ」
そう言って、菓子に手を伸ばそうとしたダンとアリッサ嬢だが、次の会話でその手が止まるのである。
「領主様の屋敷に滞在されているという事は、お客様は貴族か同様の人物ということですか?」
「そうですよ。皆様がよく知っておられる方で、ご本人もとても会いたがっておりましたよ」
「へ? あたし達がよく知ってる?」
「貴族……?」
「このお菓子も、皆様を歓迎するために一人一人きちんと分けてお作りになっておられました」
侍従の言葉を聞き、我輩含めたメンバー全員がおそらく同じ事を予想しだしたようで、目の前の菓子を手に付けることが出来なくなっているのである。
「? どうされました? とても美味しいですよ」
「そうですよ? お召し上がりにならないのですか?」
二人はそれは美味しそうに自分たちの前におかれた菓子を食べるのである。
そう。本当に美味しいのであろう。二人の菓子は。
領主達もいる手前、歓迎のために客人が提供してくれた菓子に手を付けねばならないのは分かるのであるが、どうにかして遠慮することは出来ないであろうか。
そう思ったときである。
「領主様、本日の菓子はお気に召しましたか?」
「おお、今日もとても素晴らしい菓子をありがとうございます」
「そう言ってくださると作った甲斐があります」
菓子の制作者が部屋へとやって来たようである。領主と会話を交わすその声を聞いて、我輩達は疑惑が確信に変わるのである。
「久しぶりね皆。特にセンセイは二年くらいぶりかしら」
そこにいたのは、帝都の魔法研究所で魔法陣研究室長として働いているはずのリリー嬢だったのである。




