東方都市である
第10章の開始です。
我輩の名はアーノルド。自由気ままに生きる錬金術師である。
東方都市
我輩達が拠点にしている大森林付近の辺境等がある帝国東部の政治と経済の中心となっている都市である。
東方都市で生活する者は3万人程度と、帝都に比べれば全然少ないのであるが、初めてこちらにやって来た者達にとっては好奇の対象となるのは間違いないのである。
「おじさん……凄い人の数だね」
「まだ慣れないのであるか?」
東方都市に入って数日。いまだに物珍しそうな表情を浮かべながら周囲を見ては、同じ事を何度も述べるサーシャ嬢に、我輩も同じく何度目かもわからない質問をするのである。
「だって、こんなに人が多いところに来たのなんて生まれて初めてなんだよ?たった数日で慣れるなんて、できないよ!」
サーシャ嬢はそう言うと、我輩の手を引っ張って広場の方へと進んで行こうとするので、我輩はそれを制止するのである。
「ちょっと待つのであるサーシャ嬢。5人で行動すると言う約束で出かけているのである」
「あ、そうだった。えへへ、楽しくなっちゃって」
「まぁ、分かるけどなぁ。今日はまた新しい食い物屋はあるかなぁ」
「デルっちは本当に食い意地が張ってるねぇ」
「ボクは姿を隠しててその場で食べれないんだからね。美味しいのを見つけたら、買って後で食べさせてね」
「分かってるってパットン」
今、この場にはサーシャ嬢とデルク坊、その付き添いとして我輩とアリッサ嬢。そしてパットンの5人がいるのである。
辺境の集落とは比べものにならないくらい人が多い東方都市である、はぐれたりトラブルに当たる可能性も激増するので、辺境の時よりも集団行動を徹底しているのである。
サーシャ嬢やデルク坊には少々窮屈な思いをさせていると思うが、これが二人を東方都市へと連れていく条件だったので我慢してもらうのである。
とは言え、二人とも何の苦もなくそれを受け入れており、二人一緒に常に誰かとくっついて行動しているのである。
ちなみに、このパットンの姿は見えないのであるが、集落で一度小動物に見えるように認識疎外の魔法をかけたことがあったのであるが、その時子供達にもみくちゃにされた経験から、自衛のために姿を消すことを選んでいるようである。
「うわぁ、今日もまたお店が増えたね」
「あと数日で大会が始まるので、それに合わせて行商などもやって来ているのであろうな」
集落の広場の何倍もある東方都市の中央広場であるが、多くの露店商と客で賑わっているのである。
よく見てみると広場だけではなく、街の出入口門へと続く大きな通りも多くの人で賑わっているのである
「おぉ? お嬢ちゃん達は今日もここへやって来たのかい?」
「こんにちわ! ここはとっても人が多くて楽しいの!」
「こんにちわ! おっちゃん、今日もあの甘い野菜を茹でたやつお願いします!」
元気良く挨拶するデルク坊が、露天の店主に銅貨を一枚渡すのである。
店主は銅貨を受けとると、鍋から取り出したばかりであろう、湯気が上がっている黄色い粒がたくさんある細長い形をした野菜をデルク坊に手渡すのである
「あいよっ! 熱いから気を付けろよ! しかし、兄ちゃんはこいつをかなり気に入ったみたいだな」
店主から茹でた野菜を受けとるとすぐさまデルク坊は口に運んでいくのである。
あの湯気の感じからしても確実に熱いと思うのだが、よく平気で食べれるものである。
ある程度食べて落ち付いたのか、先程の質問にデルク坊は満面の笑みで答えるのである。
「あまり野菜は好きじゃないんだけど、これは甘いし、粒々の食感が楽しいし、大好きだよ! …………だけどさ」
先程まで笑顔だったデルク坊が、急に沈んだ表情になるのである。何か問題事があったのであろうか?
店主も突然のことに心配そうにデルク坊を見ているのである。
「この辺りだと、夏の頃にしか食べられないってのが悲しいよっ!」
「なんだい、そんなことかい」
呆れた表情のアリッサ嬢の言葉を聞き、デルク坊はくわっと目を見開いて抗議の意を表すのである。まぁ、申し訳ないのだが、我輩もアリッサ嬢と同意見である。おそらく、サーシャ嬢も同様であろう。若干デルク坊を見る目が冷たいのである。
「そんなことじゃないよ、アリッサ姉ちゃん! 毎日だって食べたいのに、一年の内に少ししか食べられないなんて、残酷だよ!」
「まぁ、この野菜は今回の大会のために、わざわざ南部から取り寄せてるやつだからな。南部のさらに南の辺りだと、これを主食にしている場所もあるって話だぜ」
「え! 本当に!?」
店主の言葉を聞き、デルク坊は目を輝かせてこちらを見るのである。
何が言いたいかは簡単に予想できるので、デルク坊が口を開く前に機先を制するのである。
「行かないのである」
「ま、ま、まだ何も言ってねぇよ!」
「違うのであるか?」
「まぁ、違くないけどさー。この前バリーじいちゃんが可愛い子供は甘やかすもんだって言ってたんだぜ、おっちゃん」
「あの爺さんは、何を教えてるんだろうねぇ。全く。」
「普段は子供扱いすると怒るのに、都合の良いときだけ子供を出すのはどうかと思うのである」
「へっへっへーんだ」
デルク坊はいたずら小僧のような笑顔を浮かべてそう言うのである。こうして見ていると確かにかわいい子供であるが、実年齢は誰よりも上なのである。
「ま、いっか。おっちゃん、もう一つ頂戴」
そんなデルク坊は、いつのまにか先程の野菜を食べ終えていたらしく、店主に二本目の注文をするのであった。
店主から野菜を受けとると、デルク坊は満面の笑みでそれを食べていくのである。
「やっぱ甘くてすっっっごくうっめーなぁー。おっちゃん! 明日も来るからね!」
「おう、待ってるぜ!」
そう言って露店を離れるデルク坊と共に、我輩達は広場内を散策するのであった。
ちなみに、この時のデルク坊の心からの笑顔を見て、興味を惹かれた子供達を中心に客が殺到し、この日、この露店の最高売上を更新したのであった。
そのため、翌日からデルク坊は銅貨一枚で2本お気に入りの野菜をもらえるようになり、とても満足そうであったのである。
そのような感じで、東方都市に入ってから日課のように行っている朝の散策を終え、昼を食べに宿へと戻る我輩達であるが、進む先に人だかりができているのである。どうやら、我輩達が戻ろうとしている宿が現場のようである。
「何かあったのであろうか」
「面倒事かねぇ。二人は、あたし達の間にいるんだよ」
二人はアリッサ嬢の言葉に頷くと、我輩とアリッサ嬢の間にやって来るのである。
そのままアリッサ嬢を先頭に。我輩達は宿へと戻るべく歩を進めるのであるが、人だかりを少し進むとアリッサ嬢の動きが止まるのである。
「どうしたのであるか」
「豪華な馬車があるねぇ。貴族様のっぽいね」
「貴族が平民の宿に用があるのであるか?」
「そんなの知らないよ」
「あれ? あれはミレイねえちゃんじゃないの?」
どうしたものかと思っている我輩達に、デルク坊はそう言って指を指すのである。
確かに指し示す辺りを見ると、確かにミレイ女史が、馬車の御者と思われる人物と会話をしているのが見えるのである。
なので、我輩達はミレイ女史に話を聞きに行くことにするのであった。




