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錬金術師アーノルドの自由気ままな毎日  作者: 建山 大丸
1章 森の民と新しい工房、である
11/303

腐ったことには気づかないものである


 我輩の名はアーノルド、帝国唯一無二の錬金術師であった





 「私、おじさんの魔法を習いたい」


 サーシャ嬢はそう言って、我輩の目を真っ直ぐ見ているのである。


 錬金術を教える…であるか。


 だが、我輩自身が初心者である。

 サーシャ嬢が、何を思ってそう言ってくれたのかはわからないのであるが、我輩の答えは決まっているのである。


 「サーシャ嬢、我輩自身、人に教えられるほど錬金術に詳しいわけではないのである」

 「おじさん、すごいお薬作ったよ?」

 「あれは前に作ったことがあり、やり方も知っているからである」

 

 それすら、新しい道具に弄ばれて数多く失敗する羽目になったのである。


 「サーシャ嬢、ここには錬金術に必要な書がたくさんあるのである。これを見て勉強すれば、きっとすぐにできるようになるのである」

 「おじさんは教えてくれないの?」

 「我輩が教えるよりも、はるかに効率が良いと思うのである」


 我輩は、所詮手引き書の読める部分や挿し絵でしか勉強できなかった初心者ですらない紛いものである。

 きちんと本を見て独学で勉強した方が、はるかに効率が良いと思うのである。


 「でも、全然できなかったよ」

 「数回で構成作業まで進むのであるから、我輩より素質があるのである」

 

 いくら錬金術が、魔法を使えない人間でも使える魔法技術を目指しているとはいえ、結局は魔法なのである。

 魔力を可視化し、混ぜ棒や魔法陣などで補助していても、魔力の操作するのは自分の能力次第である。

 魔法を使うことができなかった我輩は、釜の中にある魔力を必要最低限融合させるということに数ヶ月、釜の外の魔力を操作するので、半年かかったのである。

 手引き書に書かれていることが全く理解できずに、何度も宮廷魔導師のところへ赴いたのを思い出すのである。


 「なので、きちんと書の内容を理解すれば、サーシャ嬢であればすぐに出来るようになるのである」


 我輩の言葉にサーシャ嬢は、何やら不満そうである。


 ふと、ダンを見ると、何やらニヤついているのである。

 全くもって気持ちの悪い奴である。


 改めて思うのであるが、この工房は、錬金術の研究をするのに最高である。

 我輩達人間では使用することのできない、研究に有用な魔法も数多く使われているようであるし、素晴らしい環境である。


 「そうである、サーシャ嬢」


 我輩は話を変えるべく、先程ダンと話をしていた今後の予定をサーシャ嬢に伝えるのである。


 「それで、であるな。空いている時間に、工房にある書物を読ませて頂くことはできないであろうか? 家に帰って錬金術の研究をするにあたり、魔法陣を描けるようにしないといけないのである」

 「見るのは全然良いけど……。おじさん……帰っちゃうの?」


 サーシャ嬢は予想外、という顔でこちらを見てきたのである。

 気持ちは嬉しいのであるが、さすがに用もなく他人の家に厄介になるわけにはいかないのである。


 「まだまだ帰らないのであるが、兄君が狩りに出られるようになれば、もう問題は無いであろう?」


 我輩の言葉に、サーシャ嬢は何かを言いたそうにもじもじとしているのである。


 「なにか言いたいことがあるのであるか?」

 「……あ、あの………………」

 「何であるか?」

 「…………なんでも……ない……」


 サーシャ嬢は何やら寂しそうである。

 もしかして、少しはなついてくれたのであろうか。


 そう思うと、確かに別れるのは少し寂しい気分になるかもしれないのである。


 「ダンの都合もあるし、我輩が使う予定の大釜も完成したら研究を始めるのである。そうしたらなかなか時間は取れなくなるとは思うのであるが、もしも来て良いのであれば、時々は遊びに来るのである」

 「…………うん…………」


 劣化魔法鉄の釜なので、全ての作業でものすごく手間がかかりそうなのである。

 だが、空いている時間があれば、書でも読ませてもらいに行こうとは思うのである。


 我輩の言葉を聞き、いくらか明るくなったサーシャ嬢ではあるが、まだ暗い表情なのである。


 どうしたらいいものであろうか。


 「嬢ちゃん、嬢ちゃん」


 と、話を聞いていたダンが、サーシャ嬢を手招きするのである。


 首をかしげながらダンのもとにいったサーシャ嬢に、ダンは何やら耳打ちしているのである。

 最初は力なく聞いていたサーシャ嬢であったが、次第に明るい顔になっていくのである。

 きっとサーシャ嬢にとっていい話なのであろう。

 それは良かったのであるか、人がいる前で内緒話はあまり感じが良くないと思うのである。


 「まぁ、ボウズも賛成しないとダメだけど、きっと反対はしないと思うぜ」

 「うん、お兄ちゃんにも聞いてみる!」

 「今日はボウズも寝てるから、明日聞いてみな」

 「うん、わかった! おじちゃん、アーノルドのおじさんのお話しして!」

 「ああ、わかったよ。少ししたら行くからベッドで待ってな」

 「うん! アーノルドのおじさん、おやすみ!」


 先程の落ち込みようが嘘のように、元気な声でサーシャ嬢は部屋に戻っていったのである。


 「何を言ったのであるか?」

 「さぁねえ、……ところでセンセイ?」

 「なんであるか?」

 「ほんと、面倒な性格だよな。じゃ、俺も行くわ。おやすみ」


 ダンは笑ってそう言い、サーシャ嬢の後を追っていったのである。






 現在は深夜である。


 我輩は工房へ赴き、初心者用の手引き書を見ながら魔法陣を描く練習をしているのである。

 幾つもの魔法術式が入っている複雑な魔法陣なので、書き方が少しでもおかしいと機能しないのである。


 研究所時代、まだダンたちと出会う前は、よく顔を合わせる宮廷魔導師に書いてもらったのだが、その度に魔法陣を写させてくれと煩かったのである。

 そういえば、最初の頃は我輩をまるで不審者のように見ていた宮廷魔導師は、錬金術の理念を熱く語ったらいつの頃からか友好的になったような気がするのであるな。

 魔力操作の時も、とても協力的であったので、その礼に魔法陣を写させたのであったな。

 ダン達と出会って何年かしたら姿を見なくなってしまったのであるが、彼は元気であろうか。


 「む……また失敗である。」


 一度魔法陣を描き終え、発動のための言葉を言ったのであるが、なんの反応もないのである。


 「今回はどこが違ったので……あぁ、ここの模様の書き方が逆である」


 他にも数ヵ所間違った点を探しだし、また新たに修正したものを、始めから書いていくのである。


 「ダンの言う通り、面倒な性格なのかもしれないのである」

 

 我輩はそう呟いて、先程のことを思い出すのである。


 サーシャ嬢から錬金術を教えてほしいと言われ、これは好都合、と思わなかったといえば嘘になるのである。


 我輩も出来ることであるならば、この場所で研究をしたいと思っているのである。


 しかし、それは違うと我輩は思っているのである。


 この工房は、サーシャ嬢達の所有であり、我輩のものではないのである。

 我輩が、ここで研究をしたいので工房を貸してほしいと訴えたら、きっとあの二人は快く貸してくれる気がするのである。


 だが、それではまるで、工房が目的でサーシャ嬢に力を貸したようである。

 我輩は、兄君を助けるために全力であったサーシャ嬢の願いであるから、錬金術師として力を貸したのである。

 そこに見返りを求めるのは、我輩が、陛下が求めた錬金術の理念とは異なるのであるから。


 「ここに、誰も住んでいなかったら、捨てられた工房であったら…と思うのも……未練であるな」


 我輩はそうこぼし、また、魔法陣の模写作業に移るのであった。




 「おじさん、おはよう! 朝だよ!」

 「…………おはようである………あぁ…眠ってしまったのである」


 どうやら、書きかけの魔法陣の上で眠ってしまっていたようである。

 おかげでまた、始めからやり直しなのである。


 サーシャ嬢は、今日もとても元気である。

 子供は元気なのが1番だと我輩は思うのである。


 「おじさんは、やっぱりすごい人だったんたね!」

 「急にどうしたであるか?」


 興奮してるサーシャ嬢が、昨夜聞いた話を我輩に話してきたのである。

 話を聞けば聞くほど誰のことを話しているのかわからなくなっていくのである。


 「サーシャ嬢、それは一体誰のことを話しているのであるか?」

 「おじさんのことだよ! おじちゃんからいっぱいお話聞いたんだから!」

 「おぅ、おはよう。朝から元気だな、嬢ちゃん」


 ダンも、工房にやってきたのである。


 「おはよう! おじちゃん!」


 サーシャ嬢はダンの方に駆け寄っていくのである。

 一晩でだいぶ懐いたのであるな。


 「昨日のお話すっごく楽しかったよ!」

 「お、そうか? じゃあ今度は、大蜥蜴に困っていた村を助けた時の話をしてやるよ」

 「ありがとう! 楽しみだなぁ~♪」


 ダンの言葉に、サーシャ嬢はくるくる回って、全身で喜びを表現しているのである。


 「ダンよ。我輩の話と言いつつ、創作話をするのは良くないのである」


 我輩は、大蜥蜴に困っていた村を助けた覚えはないのである。


 「あぁ、センセイはそのつもりは無いんだろうなぁ。だけどな、結果そうなるってことなんざ、山ほどあるんだよ」

 「よくわからないのであるな」


 いつの間にか人を助けているのであれば、それはそれで嬉しいことなのであるが、なんとも痒いところに手が届かないような感覚である。


 「まぁ、センセイが思っているよりも、センセイは色んな人を助けてるってことだよ」

 「そんなものであるか」


 ダンの言葉をとりあえず受け入れる我輩に、


 「だからセンセイは、余計なところで時間をかけてちゃダメなんだぜ」


 そう言って、ダンは笑うのであった。


 「ねぇ、おじさん」

 「サーシャ嬢、どうしたのであるか?」


 すると次はサーシャ嬢が、昨日のようにこちらをじっと見ているのである。

 まだ、諦めがつかないのであろうか。

 しかし、我輩も勉強しなければならない立場なので、何度言われても人に錬金術を教える事などできないのである。


 だが、サーシャ嬢の口から出た言葉は、我輩の予想していなかったものであった。


 「私ね、おじさんと一緒にれんきんじゅつのお勉強したい!」

 「は? 一緒に? で、あるか?」


 少々呆気にとられた我輩など関係ないかのように、サーシャ嬢は、話を進めていくのである。


 「そう! 一緒にだよ! 一緒にお勉強したら、わからないところあっても、一緒に考えられるよ!」

 「そうかもしれないのであるが、我輩は……」

 「おじさんもお勉強しなきゃいけないんでしょ? 一人でやるより一緒にやった方が楽しいよ!」

 「それはそうなのであるが……」


 昨日と違って半ば強引に話を進めようとするサーシャ嬢に、我輩は戸惑うのである。


 一体何があったのであろうか?


 と、考えたその時、昨日のダンの行動を思い出したのである。

 

 ダンの入れ知恵であるか!


 我輩はダンの姿を探すが、先程まで近くにいたのに、今はどこにも姿が見当たらないのである。

 

 「おじさん、お話をちゃんと聞いて?」

 「あ、あぁ。すまなかったのである」


 ダンを探して、話に集中ていなかった我輩を、サーシャ嬢が口を尖らせて注意するのである。


 そうである、いま、サーシャ嬢は真剣に話をしているのである。

 ちゃんと向き合わないと失礼なのである。


 「おじさんは、れんきんじゅつを皆のお願いを叶えるためだって言ったの」

 「そうであるな」


 助けを求める全ての者の思いを叶える力として、錬金術は行使されるものなのである。


 これは、我輩と陛下が定めた錬金術の理念である。


 「私ね、皆のお願いを叶えようって頑張ってる、おじさんのお手伝いがしたいって思ったの。だから、おじさんにれんきんじゅつ習えば、お手伝いできるって思ったの」

 「そうであったか」


 一言で返してしまったのであるが、そんな風に思ってくれるサーシャ嬢の気持ちがとても嬉しかったのである。


 「でもね、おじさんにお勉強中だから教えられないって言われちゃって、帰っちゃうって言われちゃって、私、お手伝いできなくなっちゃうって……」


 我輩は、そんなサーシャ嬢の気持ちを突っぱねてしまったのである。

 仕方のなかったこととはいえ、罪悪感を感じるのである。


 「私一人でもできるって言われたけど、きっとできない。本に書いてあったこと、難しくてよくわからなかったもん。きっと一人だとお勉強嫌になっちゃう」


 そうであったな、サーシャ嬢はまだ子供なのである。

 大人の基準でものを考えてしまったのである。

 本を読んで独学で、といっても文章の理解ができなければどうしようもないのである。


 「どうしたら良いんだろうって思ってたら、おじちゃんが<センセイは、本当はここでお勉強したいんだけど、素直じゃないからお願いできないんだよ>って言ってたの」

 

 ダンの奴め、余計なことを。

 今日の食事に解毒薬を混ぜてやるのである。


 「だから、お兄ちゃん助けてくれたお礼に、ここ使っていいよ。って言うって、おじちゃんに言ったの。そうしたら、<お礼が欲しくて嬢ちゃんを助けたわけじゃないから、センセイは断るよ>って」


 それはまさにその通りである。

 長い付き合いである、さすがに我輩のことをわかっているのである。


 「だから困っちゃったんだけど、<嬢ちゃんが、センセイと何を一緒にしてあげられるか考えてごらん>って言ってくれたの」

 「………」

 「それで、私、一緒にお勉強がしたいって思ったの。一緒にお勉強したら、おじさんもここでお勉強できるし、私も一人じゃないから、難しくてもきっと頑張れると思ったの」

 「なるほどである」


 教えてもらうのではなく、共に勉強する。

 確かにこれならば我輩が断る理由はないのである。

 言葉遊びのようであるが、我輩にとってこれは重要なことなのである。


 「それにね」

 「なんであるか?」

 

 他にも何かあるのであろうか


 「おじさん、お勉強ずっとできなくて悲しかったんでしょ?」

 「!!」


 予想外の言葉である。


 「お休みする時に、おじちゃんにおじさんが悲しい顔してたこと言ったの。そうしたら<センセイは、偉い人との約束を守ったから、別の人にお勉強する場所を取り上げられちゃったんだよ>って教えてくれたの」


 本当に余計なことを話す男である。

 そんな大人の事情など子供に話すことではないのである。


 「だからね、おじさん。お礼とかじゃないの。困っている人のお願いを叶えるためのお勉強が、ここでいっぱいできるなら、ちゃんとここでして欲しいの」


 話すサーシャ嬢の目に熱がこもっているのである。

 強い意思を感じるのである。


 「おじさんの家に帰っても、ここよりお勉強ちゃんとできないっておじちゃんから聞いたの。それは、ダメだよ。ちゃんとお勉強できるところがあるなら、お勉強したいですってお願いしなきゃダメだよ」

 「………」

 「おじちゃんも、心配してたよ。おじさん、前に進めなくなってるって」


 ………確かにそうである。


 ここより環境が整った場所などないのである。

 見返りなどではなく、純粋な気持ちで勉強させてほしい、場所を貸してほしいとなぜ言えなかったのであろう。

 仮に魔法陣が描けるようになり、自宅で研究ができたとして、それで我輩は満足したのであろうか?


 きっとしないのである。


 妥協せざるを得ない以前なら未だしも、今はより良い研究環境を知ってしまったのである。

 知ってしまったのに、諦めて切り替えて研究などできるはずもないのである。


 だったらなぜ、最初から諦めていたのであろうか?


 「おじさんは、れんきんじゅつしなんだよ。れんきんじゅつしだった人じゃないんだよ」


 サーシャ嬢のその言葉を聞いたとき、我輩の全身に衝撃が走るのである。


 そう、結局はそうなのである。

 自分で、自分はもう錬金術師ではないと、引いてしまったのである。


 我輩は、研究所を取り上げられた時点で既にそこまで腐ってしまっていたのである。

 錬金術を極めようとしていた熱意を失うほどに腐ってしまったのである。


 だから、より良い環境が目の前にあるのに、妥協した環境の中で、研究をする振りをして文句を言って日々を送ろうとしていたのである。


 だから、ダンは我輩が戻るといった時に変わったな、と言ったのである。


 我輩は、何をしているのであろうか。

 陛下との約束はそんなものであったのか?


 「サーシャ嬢お願いがあるのである」

 「うん」


 違うのである。

 我輩は、錬金術師なのである。


 「ここで、錬金術の研究がしたいのである。この工房を使わせていただけないであろうか」

 「いいけど、私もお願いがあるの」


 陛下の、自分の理念を貫く錬金術師なのである。


 「なんであるか?」

 「私、おじさんと一緒にれんきんじゅつのお勉強がしたい」


 だから、我輩は帝国唯一無二の錬金術師として、錬金術を極めるために生きるのである。


 「分かったのである。サーシャ嬢、これからよろしくお願いするのである」


 新しく錬金術の道に足を踏み入れる少女と共に。

 






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