謎を残した決着
俺の名はダン。帝国でたった二人の特Aクラス探検家だ。
獣人達の勝利で戦闘が終了したあと、俺は治療を続けている居住地を離れ、もう一つの集団の元へと向かう。
「そっちの状況はどうだ?」
「ダメだねぇ。強情だよ」
俺の声を聞いたアリッサが、こちらを向いて若干諦めの入った表情で俺に答える。
その場には、何者かが縄で全身をミノムシ状にされた状態で床に転がっていて、その周りにアリッサとドラン達がいる。
「ムダダゾ。オレハ、ナニモハナサナイ」
床に転がっているのは獣人の魔物だ。今回のことについてできる限り情報を知ろうと思い聞き取りを試みているが、思うようにはいっていないらしい。
こいつら成長した憑依の魔物でも、近くに紙人形があると正気を保てないらしいので一旦影響の低い場所に置いている。
アリッサはあの後、ドラン達が合流するまでの間魔獣達の攻撃を避けつつ獣人の魔物をおちょくり続け、合流したドランとともにその場にいた魔獣達共々敵を一網打尽にしたらしい。
「全く。自分が優位の時だけ偉そうにしてる癖に、たかが腕の一本切り落とされた程度で感情を剥き出しにするとか、程度の低さが窺い知れるねぇ」
「フン! ヒトリデハカナワナイカラ、カズニタヨラナイトナラヌキサマラニ、ナニヲイワレテモナントモオモワンナァ」
「ブーメランかい?一人じゃあ怖くて戦えなくて猿やら蛇やらを引き連れて襲い掛かったのを忘れるとはねぇ」
獣人の魔物の安い挑発に、アリッサは呆れた顔を見せる。殺されることは無いだろうと高をくくっているから出来る尊大な態度をする魔物に、侮蔑の目を見せて見下げる。
「そんな簡単なことも覚えていられないなんて、悲しいオツムをしてるんだねぇ
。知識を得た獣人の育ちが悪いのか、もともとあんたがその程度なのか分からないねぇ。あぁ、何をいわれてもその幸せな頭じゃあ分からないか」
「ウガァァァァァ! キサマ! コノオレヲブジョクスルノカ!」
「ちょっと、姐さん。暴れて面倒になるんですからやめてくださいよ」
どうやらアリッサの一言が火に油を注いだようで、獣人の魔物は激昂し暴れようとするのをドランが足で押さえ付ける。
「何やってんだよアリッサ。こんなどうでもいい奴と同じレベルで争ってるから先に進まねえんだろうが」
「そうだねぇ。無駄な時間だったね」
「隊長も注意する振りをして煽らないでくださいよ。興奮しすぎて目が血走ってるじゃないですか」
なんでこのくらいの事でキレてるんだよ。もっと大物感漂わせてたじゃねぇか、一気に小物に成り下がったな。
「自発的に質問に答えてもらえないっていうなら仕方ないよなぁ」
「ゴウモンカ? ムダダゾ。オレハゼッタイニクチヲワラナイ」
俺の言葉を聞いて、魔物は何やら得意げな表情を浮かべてこちらを見る。なんだろうなぁ、さっきまでの小物感を見すぎてそういう態度を取ることが逆に憐れに思えてきた。
「なぁ、無理して大物ぶらないでも良いんだぞ?すぐキレる小物だってのはバレてるんだから」
「ナ! ナニヲイッテイル! オレハキレテナイ! イタッテレイセイダ」
その魔物の様子を見て、つい一言言いたくなった俺はふとアリッサと目が合う。アリッサは無言で頷いている。どうやら同じ気持ちのようだ。
あぁ、アリッサがつい弄る気持ちが分かるわ。可哀相なくらいに小物なんだな、こいつ。
余計なことを言いたくなる気持ちを抑え、パットンに声をかける。
さすがに獣人達に認識疎外の魔法をかけまくったせいでかなり疲れている様子だ。休ませてやりたいところだが、もうすこしだけ頑張ってもらおうと思う。
「なぁ、自白誘導みたいな魔法って出来るか?」
「隠し事が出来なくなるってことだよね。まぁ、出来るよ。こいつに聞くかは分からないよ」
「頼んでも良いか?」
「しょうがないなぁ」
そういうとパットンは魔物の元へと飛んでいく。やはり大分疲れているらしく、すこしふらついて飛んでいるように見える。
こっちに来てから結局頼りきりだからな。ちゃんと労ってやろうと改めて俺は思う。
「ナンダァ? テメ……!?」
「やっぱりかけづらいなぁ。嫌だけど、もっと力を上げようかな」
「グ……ヤメ……ウググ……」
「生物の意識を自分色に染めるのが君達の性質だからね。逆に染められる気分はどうだい?」
パットンの言葉に、魔物はどうやら得難い恐怖を覚えたようで必死の抵抗を試みている。だが、抵抗虚しく意識は濁りつつある。
このままなら情報を聞き出すことは出来るかもしれない名と思ったときそれは起こった。
「!! 皆さん危ない!」
何かに気づいたハーヴィーがそう声を上げ、魔法に集中していたパットンを掴んでその場から遠ざける。俺達もハーヴィーの声に反応し後ろに一飛びする。間を置かず、何かが俺達のいた場所を通り地面に刺さる。見てみるとそれは矢だった。
「ウギャアアァァァァァ!」
突然魔物が大声をあげる。見ると奴の胸に矢が深々と突き刺さっていた。
「どこから攻撃して来たんじゃ?」
「わかんねぇ。全く気配を感じなかった」
「何じゃと?」
俺の言葉に爺さんは驚きを隠せないでいる。俺もここ最近、気配を感じられない場所から攻撃されることなんか無かったので、いくらか驚いている。
「ハーヴィー? どうしたんだい?」
アリッサの声を聞きハーヴィーのほうを見ると、先程攻撃されたと思う場所をじっと見ている。驚きと若干の怒り、そして失望の表情が混ざっているようだ。
「まさか……そんな……」
「どうした? 何があった?」
俺の言葉に、ハーヴィーは震える声で
「おそらく………猛禽の獣人が………………………いました」
そう答えたのだった。
「間違いないのか?」
「僕が姿を捉えたのはいなくなるまでの数秒なので、絶対とは言い切れません。ただ、見えた特徴から鳥系の獣人なのは間違いありません。そして相手と目が合ったとき、あちらも僕を見て驚いたような表情を見せたので、おそらくそういうことなのだろうと思います。」
そう言っているハーヴィーの顔色は白い。やっと会えた自分の源流と思わしき獣人が、今回の首謀者側にいるという事実が信じられないのだろう。
「何かあるねぇ」
そう言うと、アリッサは獣人の魔物から矢を引き抜き、付けてあった筒を調べ出す。
「罠があるって感じはしないねぇ」
「中に魔力の反応も無いよ」
「じゃあ、開けてみようか」
アリッサはそういうと、筒の中を開けて中身を確認する。そこには数枚の紙に何かがあった。
「何か書いて…………あたし達の文字?」
「なんて書いてあるんだ?」
「うーん……あたし達の文字だから読める部分もあるけど、字体が古くて読めない部分が多過ぎるね」
「ということは、家に戻ってからじゃないとはっきりとしたことは分からないってところか」
「一応分かる部分で言えば、“負けを認める“って言うことくらいかねぇ」
今回の負けは認めるが、あわよくば俺達を倒したうえで余計な情報は知られたくないからこいつは始末すると言ったところか。
「案外森の中というのは物騒なものなのじゃの」
「奴ら、大森林を征服しようとでもしてるのか?」
「わからんがの、ただ事ではなくなってきたのは確かじゃの。森の民達に話を聞きたいところじゃの」
「まぁ、そうだな」
俺達は魔物の死骸を始末し、センセイ達と合流するべく居住区へと戻るのだった。




