戦いの終わり
俺の名はダン。帝国でたった二人の特Aクラス探検家だ。
「全く、こんな大きな魔法石を物騒な使い方するなんておっかないねぇ」
獣人の魔物から切り取った腕を持ちながら、臨界寸前の魔法石を眺めるアリッサ。
絶妙なタイミングの援軍で本当に助かったんだが、同時に疑問も湧く。
「アリッサ、何でお前が来てるんだ?」
「へ? あたしだけじゃないよ。全員来てるよ」
「はぁ? 全員……って、はぁ!? 何で来てんだよ」
「そりゃぁ、援軍だよ」
どうにも話が噛み合わない。一見隙だらけに見える俺に魔獣共が数匹襲いかかるが、軽くいなして切り捨てる。
「何だい、何か不満なのかい? かなりギリギリのところを助けてあげたと思ってるんだけれどねぇ」
「いや、感謝はしてるんだけどな」
「キサマァァァァァァァァァ! オレノウデヲカエセエェェェェ!」
腕を切り落とされた上に、全く相手にされていなかった獣人の魔物が、怒り心頭でアリッサに襲いかかる。
「腕が欲しいのかい? はいよ。受け取りな」
そう言ってアリッサは、魔物に向かって持っていた腕を投げる。
「バカガ! スナオニワタストハナァ!」
魔物がその腕を受けとろうとするのだが、その瞬間腕が細切れになる。
呆気に取られた顔でその光景を見ている魔物に、普段センセイや嬢ちゃんとかには見せることが無い嗜虐的な笑顔を見せる。
「驚いたかい?楽しんでくれたなら嬉しいねぇ」
「キ、キサマァァァァァ!」
「おやおや、大声で叫ぶほど喜んでくれて嬉しいねぇ」
「コロス! コロシテヤル!!」
獣人の魔物がそう言い、数匹の猿と蛇を伴いアリッサに襲いかかる。
「熱烈な求愛行動かい? 一時の遊び相手くらいにならなってあげても良いかねぇ」
「シネ!」
「アリッサ!」
俺はアリッサを助けに行こうとするが、目で制される。
「この躾のなってない獣は、あたしが面倒を見てあげるから、リーダーは少し休んでなよ」
そう言ってアリッサは獣人の魔物達と戦闘に突入する。
そういえばと思いもう片方の魔物を確認するが、既に姿を消していた。どうやら、どさくさに紛れて撤退したようだ。一応気配を探るとそれと思われる存在を確認できたが、追うには距離が離れている。普段ならば追いつけるだろうが、今の状態では相当深追いになってしまう。
辺りの様子を伺っても、森の民達の援軍もいるらしく、戦況は完全にひっくり返った状態になっている。
つまり、ほぼ勝ちは決まったようなもんだ。
アリッサがさっき言っていたように、そういう時に気を抜くのは良くない。
俺は勝利を確定させるべく、休憩という名の、足並みが揃わない魔獣達の掃討に動き出すのだった。
援軍が到着した後の戦いは、呆気ないものだった。
救援としてやってきたのは、森の集落からデルクの親がいる捜索団のチーム。おそらく、この獣人達が全滅した場合、次に自分襲われると予想していた犬の獣人達が約10人。そして、アリッサ達の総勢20人程だ。
リス・穴リスの獣人達の仕掛けによって混乱状態に陥った魔獣達は、態勢を整える間にやってきた援軍によって次々と仕留められていく事になった。
「森の民殿! 犬族殿! 助けに来てくれてありがとうなのだ!」
「森で共に生きる仲間の危機です。当然のことです」
「そうそう! それに、あんた達がやられたら今度は俺達かもしれないしな!」
こだわりが強いこの獣人達は、唐突にやってきた救援を跳ね退けるかと心配したが、特に何の抵抗もなく受け入れて共闘している。
その様子を、パニックになり闇雲に襲いかかってくる魔獣の首を撥ねながら見ていた俺は、だったら最初からこうすれば良かったじゃねぇかと思うのだが、このギリギリの状態を迎えたことで獣人達の価値観に変化が訪れたのだろうなと勝手に納得することにした。
こんなことを考えても結局たらればの話なので俺の自己満足以外に意味は無いからな。
そんな訳で、援軍が来て30分もしないうちに戦いは終わりを告げるのだった。
「で、森の民や獣人の援軍が来たのは分かるんだが、100歩譲ってアリッサは良いとして、何で全員来てんだよ。結界石の研究はどうしたんだよ」
今、俺は居住区内で治療活動に必要なキズいらずを、持ってきた錬金手鍋で作成し続けているセンセイに詳しい説明を求めている。
俺は若い獣人に、<付近にいる猿達と戦えそうな獣人、または一番近いところにいる森の民の集落へ人の救援をしてくれないか頼んでみろ>と、言った筈だ。
だから、援軍にデルクの親達や犬の獣人がいるのは分かる。予定通りだ。
「逆に聞くのである。なんで、大きな蛇や角猪のがいるのであるか?話では猿の魔獣と森猫と憑依する魔物が相手だという筈なのである」
あ、これ、研究に詰まって息抜きで出て来やがったとか、そういうやつだ。
センセイが、質問に答えずに別の話をするときは、ほぼ確実に都合がよくない質問をされた時だ。
「何でって言われたら、敵の新戦力だとしか答えらんねぇよ。俺らだって、蛇は昨夜、角猪は今日出くわしたんだからよ」
そうじゃなかったら、ここまで獣人達に被害は及んでいない。全くもって癪に障る敵だったぜ。
「で?なんでセンセイまでこっちにやってきたんだ?研究はどうしたんだよ?」
「我輩は今、治療のための薬を作っている最中である。それどころでは……」
「嬢ちゃん達が魔法で治療してるし、持ってきた物資にも沢山あるんだから、今更キズいらず作る必要なんかねぇじゃねえか」
「予備は必要である」
「もう有り余ってるって話をしてんだよ」
そう、戦闘が終わった今、嬢ちゃん達森の民は居住区に残っていた重症者達の治療を行っている。その様子を見たクリスが感極まって失神するという小さいアクシデントもあったが、現在治療は滞りなく進んでいる。
「大丈夫? 痛かったよね? もう大丈夫だからね」
「あぁ……、美しい森の民殿……感謝しますのだ」
「美しい?えへへ、ありがとう!」
「あの、お名前を……」
「私は、サーシャだよ。森の民で、れんきんじゅつしなんだよ!」
「サーシャ殿……この恩、一生忘れませんのだ」
「困ったときはお互い様だよっ」
そういって、治療を終えて別の獣人の元へと走り去る嬢ちゃんを、青年の獣人が熱い視線で眺めている。嬢ちゃんの治療を受けた連中はだいたいそんな感じなんだが、もしかして、こいつらの好みのど真ん中なのか?嬢ちゃんは。
「はい! これで大丈夫だと思うけど、治るまで痛いから我慢するんだぜ!」
「はいなのだ……ありがとうございますなのだ」
「気にすんなって! 俺達は森で生きる仲間だろ? それよりゴメンな、森の民なのに回復の魔法が使えなくて」
「いえ、そんなことはありませんなのだ! こうやって私の痛みを紛らわせるために、手を握ってくださってるだけで十分なのだ」
「こうしてると良いって、アリッサ姉ちゃんが言ってたんだぜ」
そう言って、ニカリと笑うデルクに獣人の女は完全にやられている様だ。
人間や森の民の女達にはペットのように扱われてるが、獣人達はちょっと感じが違うな。背格好が一番近いからそういう対象として見られやすいのか?
「デルク坊のように、キズいらずで治療をするものもいるし、失った体力を補充するために体力回復薬も都度用意した方がいいのである」
「取ってつけたような言い訳だなぁ。で、結局なんでセンセイ達がこっちに来ることになったんだ?」
結局のところその答えは貰えず仕舞いなので、駄目元で再度センセイに質問をする。
「サーシャちゃんの叔父様が、獣人さんを伴って家にやって来たんですよ」
ちょうど治療のための薬を取りに来たミレイが俺達の話を聞いていた様で、センセイの代わりに答える。
どうやら獣人達から現状の報告を受けた森の民達は、かなりの緊急事態だと知り、すぐに援軍に向かうことを決定したらしい。
そして、状況が変わっているということを森の家にいるセンセイ達に報告しないといけないという事になり、獣人を伴い家へと向かったらしい。
「……と、言うことのです」
「分かったのである。皆、準備をするのである」
「良いの? 私達も助けに行けるの?」
「よっしゃぁ! 腕が鳴るぜ!」
センセイの返事にすぐさま反応して、準備をしに行こうとする嬢ちゃんとデルクをアリッサとミレイが制止したらしい。
「分かってるのかい? 遊びじゃないんだよ?」
「大森林の深部の戦いに参加するだけの力は私たちには無いので、ここで待つことにした筈です」
二人の制止に二人は
「だって、私達だって森に住んでるんだよ? 森の仲間が困っていたら助けに行かないとなんだよ」
「そうだぜ、兄ちゃん達だけで大変なら俺達だってやれることがあるならやらないとなんだよ」
と言って、二人の制止を振り切って2階へと上がって行ってしまったらしい。
「さっきのは、森で生きる者の流儀なのであるか?」
「そうですね。“困難は出来るだけ自分たちで解決してもらうが、助力を願われたらできる限り支え合う“という意識は持っていますね」
「ただ、必要以上の要請や要請以上の支援は、お互いの甘えに繋がるので基本的には自制しているんですよ」
「だから、助けを求められた森の民や獣人達は人的支援を行わなかったのであるか」
「そうですね、彼らが求めていたのは薬や道具だったので」
捜索団員の言葉を聞いた後、センセイはアリッサ達に
「ということである。森に住むものとして、やることをやるのである」
「センセイは、他にやらないといけないことがあるんじゃないのかい?」
「それも、バリー老が無事に戻ってこそである。今はそれどころでは無いのである」
「まぁ、心配のあまりリーダー達へ渡す障壁石を作りすぎて、補助剤が無くなっちゃって研究が全然先に進まないしねぇ」
「それはそれで困っているのであるが、目下の人命の方が今は優先である」
ニヤニヤ笑うアリッサの言葉にセンセイは苦虫を潰したような表情で答えたらしい。見てみたかったもんだ。
「そういう訳でこっちに皆で来たんですよ」
「やっぱり意味がわかんねぇなぁ」
「それだけ皆が心配だったって事ですよ」
「まぁ、そうか。ありがとうな」
「照れてるんですか?」
「うっせぇ」
俺の言葉に、微笑ましく子供を見るような表情を浮かべてミレイは薬をもって治療へと戻っていく。
「まぁ、そういうことである」
「とたんに嘘っぽくなるなぁ」
「扱いが違うのであるな。遺憾である」
「まぁ、お互い様だな」
一応自分の中で納得の行く答えが聞けたので、俺は居住区を離れる。
さて、もう一つの方の様子を見に行ってみようか。




