奥の手
俺の名はダン。帝国でたった二人の現役特Aクラス探検家だ。
「ナニガオキテイルンダ!?」
「分カラン! アソコヲ中心ニ混乱ガ広ガリツツアル」
先程まで優勢に戦いを展開させていた魔物達が色めきだつ。俺も何が起きているのか理解できなかったが、今ならわかる。
パットンの魔法を使って、魔獣の包囲網に誰かが突っ込んだのだ。
おいおい、無茶だろパットン!
ドランや爺さんが突っ込んで来たっていうならまだ話がわかるが、薄く感じる気配はそれよりももっと多い。
獣人達が戦闘に参加しているのは確実だ。だが、数がおかしい。俺が知ってるかぎりでは、こんな数の戦闘要員はいなかった筈だ。撤退のための陽動だとしても違和感がある。
総力戦を仕掛けたのか!? ドランか爺さんの指示なのか? 援軍の気配は感じない。だったら撤退の予定の筈だぞ?
前もって、俺の状況が厳しくなり、援軍の到着が見込めなさそうなら撤退するように指示していた筈だ。
それが何で真逆の総力戦になるんだよ!
だが、これはチャンスでもある。
思わぬ出来事で攻勢が甘くなった隙に、俺は黒幕と思われる二体の魔物に攻撃を仕掛ける。
おそらくこいつらが今回の総指揮官だ。潰せばおそらく魔獣共の統率は崩れる筈だ。
そうすれば戦況は一気に有利になる。
だが、あと少しで間合いに入るというところで猿共の邪魔が入る。2体の魔物は慌てて距離を取る。後一歩で紙人形をぶつけてやれたっていうのに邪魔な猿だな、全く。
「オオット、危ナイ危ナイ」
「マサカ、ヒカズニ、ツッコンデクルトハナァ」
「折角のプレゼントをなんだから、遠慮しないで受け取って欲しかったぜ」
「オレトシテハ、ソンナプレゼントヨリモ、オマエガホシイガナァ!」
「歪んだ愛情はお断りだね!」
獣人の魔物の放つ矢を躱し、一旦距離を取る。さっきまでなら猿や蛇の追撃がすぐに続くのだが、やはり先程までとは勝手が違うようだ。
「人間殿を助けるのだ!」
「誇りをかけた決戦の時なのだ! 怯まず戦うのだ!」
「無理はするななのだ!」
こちらへと近づいて来ているのだろう。あちこちで、獣人達の気合いの入った声がどんどんと聞こえてくる。
おいおい、折角パットンが認識疎外の魔法をかけたって、そんな大声を出してたら意味ねぇじゃねぇかよ。ドランの奴、ちゃんと魔法の説明したんだろうな。してなかったら後で説教だな。
苦笑いを浮かべられるほどに余裕が出てきた俺は、襲いかかって来る猿共を切り捨てる。敵さん、どんどん足並みが揃わなくなってきたな。ざまぁみやがれ。
「ザコドモガ、コッチニヤッテキタノカ」
「姿ガ見エナイノガ面倒ダナ」
魔物達も、時々聞こえて来る声から何が現在起きているのかを理解しはじめている。まだ、魔法の効果があるのが不幸中の幸いだ。
「人間殿! 助けに来た……な、なんでお前らが生きているのだ!」
そんなことを思っている俺の元へ一人の獣人がやってきた。既に魔法を破っている俺は獣人の姿を確認できる。あいつは確か、初めて遭遇した獣人達の一人だ。
「ソコニイルノカ。フシギナモノダナ。ソコニイルトワカレバ、ウッスラトダガ、スガタガミエル」
「ソウイウ魔法ナノダロウ」
どうやら魔物二体もこの獣人の姿を捕らえることができたようだ。そういうものだと強く認識されたら、この魔法は効果が薄い。あたりを確認しても、優秀な感知能力を持つ蛇や憑依の魔物達には、殆ど魔法の効果は無い様に見える。
「マッタクモッテ、ヨテイガイノコトバカリダ」
「ダガ、良イ憑依先モ手ニ入ルノダカラ、良イデハナイカ」
「そういうのは、捕らぬ狸の皮算用って言うんだよ!」
俺は、なぜか余裕綽綽といった表情の獣人を担ぎ上げて、魔物達の攻撃を回避する。こいつ、まさかばれてるのに気づいて無いのか!?
「何をするのだ! 人間殿! 私は奴らには見えてないのだ! 大丈夫なのだ!」
「おまえ、あいつらの話を聞いてなかったのかよ! ばれてんだよ、もう!
「何故なのだ! あの魔物殿の魔法は優秀だと言っていたのだ!」
「隠れてる最中に大声あげてたら、居場所がばれるだろうが!」
「あぁ! たしかにそうなのだ!」
よく今まで生き残ってこられたな、こいつら。
それはそうと、聞いておきたい事があるから余裕がある間に聞いておく。
「なんでお前ら、戦ってんだよ。逃がすために戦ってたのに意味ねぇだろうが」
「人間殿一人を囮として逃げるなど、今まで森で生きてきた我が種族の誇りが許さないのだ」
「なんだ、そりゃ」
「似たようなことを大きな人間殿にも言われたのだ。これは、森の中で生きてきた者にしか分からない事なのだ。人間殿!」
「わかってるって!」
大森林での生存競争のルールと言われちまったら、部外者としては受け入れるしか無いのか。まぁ、言わんとしていることはわかる。
そう思いながら、背後から襲いかかる蛇と猿を振り向きざまに切り捨て、その場をすぐに離れる。魔物が放った水弾が俺がいた場所に命中する。
「わかった。じゃあ、死ぬなよ」
「分かってるのだ。死んだら大きな人間殿に殺されるのだ」
「ははっ! なんだそりゃ」
手持ちの矢が無くなったらしく、代わりに飛んでくる投石や大きめの枝を避けながら、ドランらしい物言いだと俺は笑う。
「そういえば、さっきあいつらが生きてるだの何だの……」
「そうなのだ! おまえらは何で生きているのだ! 父と兄や仲間が命を懸けておまえらを倒した筈なのだ!」
俺の言葉でそれを思い出したらしく、獣人は担がれている状態から逃れ下りると魔物達にそれを問いただす。何のことか分からないといった表情をしていた魔物達だが、森の民のほうが何やら思い当たることがあったようで、合点のいった表情を見せる。
「……アァ。出来ノ悪イ子供達ノ事ヲ言ッテイルノカ」
「アァ、アイツラカ。マサカ、コイツラニヤラレルホドノ、デキソコナイダトハオモワナカッタヨナァ。ハハハハハハハハ」
「マァ、オカゲデアノ厄介ナ道具ノ事ガ分カッタノデ、最低限ノ役目ハ果タシタノカ。ククククク」
どうやら、以前獣人達が遭遇した人型の魔物はこいつらの分裂体だったようだ。
しかし、自分の分裂体なのに酷い物言いなもんだ。
「後一人いた筈なのだ! あいつも生きているのか? なのだ!」
笑っていた魔物達だが、獣人の言葉を聞き嘲笑うかのように答える。
「当然ダロウ。アノ御方ガ、貴様ラ程度ノ下等生物に殺サレルワケガ無イダロウガ」
どうやら、後一人さらに上位種と思われる存在がいるらしい。しかし姿は見えないし気配も感じない。今はいないという事なのだろうか?
「だったら何でいないのだ!」
「クククク……。貴様ラ程度ノ下等ナ存在ナド、我等ダケデ十分ダトイウコトヨ」
「モットモ、ソコノニンゲンドモガコナカッタラ、テシタダケデ、ジュウブンダッタガナァ。ハハハハハ!」
むかつく野郎共だな、糞が。
そんな俺の表情を見て、さらに愉悦に浸った表情を見せる魔物共。
「シカシ、残念ナガラ旗色ガ悪イナ」
「ソウダナ、ニンゲンガマサカ、ココマデヤルトハオモワナカッタナ」
「おいおい、逃げる気かよ」
俺の挑発に、獣人の魔物はニヤニヤと余裕の笑いを浮かべる。
「マサカ、ニゲルワケガ、ナイダロウ」
そういうと、懐から何かを取り出す。手で隠れるほどの石のようだ。
「なんだそりゃ?」
「オ前ナラ、分カルダロウ?」
そういうと、森の民の魔物は徐に石に向かって手をかざす。すると石は少しずつ光り輝き出す。
魔法石! 暴走させる気か!
こちらが勝負を懸けて総力戦を仕掛けたことを理解したあいつらは、俺達を一網打尽にするべく、戦場の中心地で魔法石を暴走・爆発させるつもりらしい。
手下の魔獣や魔物もろとも吹き飛ばすつもりとか、正気かよ!
「ハハハハ、オクノテトイウノハ、サイゴマデトッテオクモノナノダ」
「下ラナイコトデ、奥ノ手ヲ使ッテシマッタ貴様トハ違ッテナ。使エナイノダロウ?貴様ノ奥ノ手ハ」
この夜襲も観察してやがったのか! その上でこいつら今まで俺の様子を伺ってやがったな!
その上で俺の状況を推察し、勝利を確信して奥の手を出してきたってわけか!
「させるかよ!」
あそこには獣人達だけじゃない、ドラン達もいる。やらせるかよ!
魔法石の暴走を阻止するべく魔物に向かおうとするが、猿や蛇共が襲い掛かり進路を塞ぐ。
「ワカッテイルゾ!今ノオ前デハソノ量ノ壁ヲ抜ケル事ハ出来マイ」
「ザンネンダッタナァ。ハハハハハ!」
魔物達の高笑いが鳴り響く。こうしている間にも魔法石に魔力がどんどん貯まっていく。障壁石を投げても猿共に防がれる。獣人に向かってもらうにも迎撃されて終わる。
「どうするのだ!人間殿!」
「くっそ! 散らばって被害を最小限にするしかねぇ!」
「分かったのだ!」
獣人が、状況を説明するべく主戦場へと戻っていく。
だが、時間はあまりない。正直どこまで効果があるか分からない。
俺はどうにか進もうとするが、襲いかかる敵の攻勢に苦戦する。
完全に足止めを目的に動いてやがる。
「ハハハ!ガンバッタガ、ココマデノヨウダナ!」
魔法石に内包出来る魔力が臨界に差し掛かる。
だが
「ハハハハ……ギャアァァァァァァァ」
「何ダ! 何ガ起キタ!」
臨界を迎えようとしていた魔法石は、獣人の腕ごと消失することになった。
まさに突然の出来事で、二匹の魔物もパニックを起こしている。
「勝利を確信したとき、一番気を緩めちゃいけないって親に習ったことは無いのかい?」
魔物達から少し離れた場所で、切り取った腕を持った何者かが魔物達を小馬鹿にするように言い放つ。
「リーダー、本調子じゃないねぇ。後少しで依頼失敗になる所だったじゃないのさ。あたし達のチームは依頼達成率100パーセントが売りなんだから、ちゃんとしなよ」
「馬鹿野郎。それにこだわってんのはお前だけだ。アリッサ」
「ははは、違いないねぇ。まぁ、お待たせ」
「悪い。助かった。」
俺はようやく来た援軍。最も信頼できる仲間であるアリッサに笑いながらそう言うのだった。




