大森林で生きてきた誇りをかけて
俺の名はドラン。現在適性審査を受けている最中の、Bクラス候補探検家ですわ
「ドラン! そっちに角猪が2頭突っ込んで来るぞ! 対処しろ!」
独特の感知機能を持ち、パットンの魔法の効果が弱く獣人達の居住区の入口へと襲いかかる蛇の魔物共と、その様子を見てこちらに攻撃を仕掛けて来る猿の魔獣共をギルマスと一緒になって潰していた俺へ、隊長から緊急の指令が下る。
周りを見渡すと、少し離れた藪から頭部に二本の角を持った猪が突っ込んで来る。
パットンの魔法の効果があるので、向こうはここに何かいるということは分からず闇雲に突っ込んできている筈だが、運の悪いことにその内一頭は、隊長の援護をするべく樹上の猿共に向けて弓を射ろうとしているハーヴィーがいる場所に突っ込んで来ている。
俺は、そちらの対処を優先するべく突っ込んで来る角猪にむけて思い切り顔面に鉄棒を叩き込む。
結界内にいる俺の存在も当然認識していなかった奴は、無防備のまま全力で叩き込んだ鉄棒をその身に受ける。
骨や肉が潰れる何とも言えない感触と、ゴシャリという鈍い音から手応えは十分だった。
奴は悲鳴を上げ、その勢いのままハーヴィーへ突っ込むルートから外れて絶命する。
当然、角猪の勢いをもろに受けた俺も反動で吹っ飛ぶが、大した怪我はない。
「問題ないですぜ!」
俺は、隊長にむけて大声を出して応える。
そういえばもう一頭はどうしたんだ?
そう思った俺は当たりを見渡すと、そこらへんの木に激突して倒れていた。付近にギルマスがいたことから、多分そっちへ誘導されたのだろう。
「こういう猪突猛進な獣が多いと面倒になるのぉ」
「そうっすね。これ以上いないことを祈りたいっすわ」
「しかし、ダンはよくやるのぉ。甘えておいてなんじゃが、信じられんわい」
「あれで、本来の力より一・二割弱体化してるって言うんですから……ね!」
ハーヴィーがそう言いながらまた樹上にいる猿の魔獣を射落としていく。
確かに猛禽の獣人というだけあって、その優れた視力や動体視力は遠距離攻撃や斥候に適している。俺は、ハーヴィーが樹上の猿共の攻撃に集中できるよう、襲い掛かってきた蛇共を、持っている鉄棒でぶっ叩く。
グチャリという音を立てて飛び散る蛇の頭を横目に、遠めで見える隊長の戦況を確認する。
暴風のように襲いかかる猿、蛇、霧、猫を相手に渡り合っている。俺もあの中の一種類を相手にするならば、隊長ほどではないがそれなりの数でもある程度渡り合う自信はある。だが攻撃方法が違う数種類の敵を同時に相手して渡り合うことは出来ないと断言できる。特に、時間差で襲ってくる猿と蛇と霧状な憑依の魔物で行う連携など、今の俺一人の力だとひとたまりもない。
実力不足。
隊長と戦闘訓練を繰り返して、森の深部でも渡り合えると思っていたが、実際には隊長一人に大半を請け負ってもらい、パットンの魔法で隠れながら戦わないとまともに戦うことすらできない。
埋められない程の実力差をとことん実感する。
「入口に敵が突っ込んで来るよ!」
パットンの声に我に返った俺は、パットンの声がしたほうを見る。
そこには蛇に乗った猿の魔獣が6組と、宙を漂いながら憑依の魔物が居住区の入口に向かって物凄い速さで突っ込んで来る。どうやらパットンの魔法の効果あまりなかった個体のようだ。
「ギルマス!」
「わかっとるわい!」
俺が声をかけるより早くギルマスは動きだし、懐から何かを敵に向かって投げつける。すると、宙を漂っていた憑依の魔物の動きがおかしくなる。投げつけたのは紙人形だ。とにもかくにもあいつに取り憑かれるのはマズイ。
隊長の精神力ですら取り憑かれたら抜け出すのが困難そうだった事を見ても。ぎりぎりの状態で戦っている俺達からすれば、最優先で排除しないといけない魔物だ。
そんな魔物など意に介さないかのように入口に突っ込もうとする蛇と猿だが、そのうち2組はそれが叶わない。ハーヴィーから放たれた矢が蛇と猿の急所に深く刺さったことで倒れ込んだからだ。
「ギリギリか!」
残りは4組。このままだと間に合うかどうかがギリギリだ。正直使いたくなかったが、緊急用にもらっていたある道具の効果が入った魔法石を発動させる。
すると魔物達と居住区入口の間に、薄い煙が立ち上る。魔物達は煙の中へと突っ込んでいくと、すぐに悲鳴を上げてのたうちまわり出す。相変わらず凶悪な煙幕だぜ。
「なにをやったんじゃ?」
「旦那特製の凶悪な煙幕ですわ。とりあえず風下厳禁なのと、あの煙がかなり薄くなるまであそこには近寄っちゃいけねぇです。ハーヴィー」
「了解です」
俺の言いたいことを理解したハーヴィーが、のたうちまわる魔獣共を次々に射殺していく。
俺が使ったのは、以前旦那が作ってくれた凶悪な煙幕の構成魔力を魔法石に内包されていたものだ。
障壁石や結界石を作る際に必要な人工魔法石には、純魔力以外にも構成魔力を入れることができるので、横道に逸れた旦那はいくつか試作をしていて、俺達はここへ行く前にやっていた森の調査の時に、試作品がちゃんと使えるか実験もしていたわけだ。
回復の構成魔力とかも入れた石もあったが、あまりそちらはうまく発動してくれなくて、こういう煙を出すとか、発光するとかそういうのだとしっかり発動してくれたのがわかった。
そこで、以前の煙玉だと火を使わないと使えないという弱点があると考えた旦那が、その弱点を無くすべく人工魔法石にあの時の煙幕の構成魔力を封じ込めたわけなんだが、自滅しそうだからできることなら使いたくないというのが俺達の認識だったわけだが、あって良かったと今は思う。
ほんと、使い方を練習しておいて良かった。
練習なんて面倒だ、壁役の俺には必要ないと言っていた俺に、姐さんやミレイが大森林には何があるか分からないから、全員魔法石の使い方をしっかり練習しておけと言われて嫌々やったことが役に立っている。家に戻ったら、うまい肉を焼いて感謝しようと思う。
「むぅ? 敵さんの様子がおかしいの」
「隊長のほうにほぼ全部の敵が集中して……」
そこまで言ってハーヴィーの言葉が止まる。どうしたってんだ
「何か見えたのか? ハーヴィー」
「森の民と、……犬?狼?狐?の獣人が隊長を襲ってます。魔法や弓を使いながら魔獣達と連携してます」
視線の先にいる魔物達に攻撃を加えながらハーヴィーは状況を報告する。
森の民と獣人が隊長を襲う?ハーヴィーの言葉に、パットンが合点のいったような声を出す。
「成長して力を得た魔物が取り憑いてるんだ。だからこんなにいろんな種類の生き物を纏められてるんだ」
「なるほどの。しかし、今はそんなことを言うとる場合ではないわい」
「マズイです! 隊長が囲まれました!」
敵勢のほぼ全てが隊長に向かって突っ込んでいく。襲い掛かれる数には限界があるので隊長は今のところ受けきれているようだ。だが、要所要所で黒幕と思わしき二体の魔物によって均衡は崩れかかって来ているようだ。
「ドランさん! どうしますか!」
「今ならば獣人を連れて逃げれるの」
そう。隊長に敵の勢力が集中していると言うことは、こちらは完全に手薄になっている。今ならば、重傷者を荷車に詰め込んで森の民の集落なり森の家なりに逃げ込むことが出来るはずだ。
だが、そうすると隊長を見捨てることになる。あの切り札を持っている万全の隊長だったら、あの状況でもなんとかしそうだ。むしろ、一人で大半を殲滅できるかもしれない。
だけど今は、逆に押し込まれつつある状況だ。
若い獣人が連れて来る援護を期待してぎりぎりまで抵抗する道を選んだが、このまま待ちつづけて隊長がやられたら、俺達で奴らの攻勢を防ぎきれるとは思えない。
最悪なのは、隊長が乗っ取られた場合だ。恐らく誰にも手を付けられない魔王が誕生する。
だからといって、俺達で隊長を救援に行くといっても、隊長の元にたどり着く前に、俺達が敵に飲み込まれるのがオチだ。隊長と違って薬も障壁石も今は無い。煙幕の魔法石を使おうにも、隊長のほうに煙が行ったらマズイ。憑依の魔物に煙幕は効果が無いからだ。
「ドランさん!」
ハーヴィーが、隊長を援護しようと攻撃を加えているが、後ろにいる奴らを射止めるくらいしかできないので大した影響を与えることができていない。
これ以上は無理だ。撤退するしかない。隊長も恐らくそう思っているから、徐々に追い詰められている状態でも、あの場所に留まっているのだと思う。
そう思い、撤退準備を進めるようにギルマスとハーヴィーに告げようとしたときだ。
「何をしているのだ! あの人間殿を助けるのだ! 大きな人間殿!」
声をするほうを見ると、粗末な武装をした獣人達がその場に立っていた。
見ると、女性や子供の姿もある。
「いや、撤退を……」
「人間殿! 我々を見くびるななのだ!」
「そうなのだ! 元々無関係なのに、命をかけて戦っている人間殿を囮にして逃げるなど出来るわけが無いのだ!」
「そうだそうだ!」
獣人達の若干怒り混じりの声に俺達は驚きの表情を浮かべる。
「確かに我等は弱いのだ。だが、誇りある獣人として、先祖代々大森林の生存競争を戦い、ここまで生き抜いてきたのだ」
「争いに負け、多くの仲間を見殺しにして逃げることも数多くあったのだ。だけど、自分たちの命運は、自分たちで拓いてきたのだ!」
「このまま人間殿達に任せ、我等だけ逃げてしまっては、我々はこの大森林で生きる価値などないのだ!」
「これは、私たちが大森林で生きるための誇りをかけた決戦なのだ!」
口々にそう語る獣人達の表情は戦意に溢れている。昨日までボロボロだった連中だとは思えない。
「まぁ、獣人達の気持ちもわかるかなぁ。厳しい大森林を己の力で生き抜くって、それだけで誇れることなんだよ」
ゆっくりとパットンが俺のところへ飛んでくる。
「本人達が種族の誇りをかけて戦うって決めちゃったんだから、やらせてあげようよ」
「じゃな。いずれにせよ、このままじゃと撤退を言ったところで誰も言うことなど聞かんじゃろ」
「僕たちが最大限フォローして、極力被害を食い止めればいいんですよ」
諦め混じりの顔で、ギルマスとハーヴィーもパットンの言葉に同意する。
それが難しいから、その流れを排除したって言うのによぉ。
まぁ、戦争をしている本人たちがやるっていうなら、傭兵はそれに従うってだけか。俺も腹をくくる。
「おっしゃ! 全員で隊長を援護しに行くぞ!」
俺の声に、獣人達から威勢のいい声が上がる。
「だがいいか! お前達の役割は敵の討伐じゃねぇ、撹乱だ! 不満かもしれないが、向き不向きってもんがあるんだ! 生き残りをかけて戦うっていうなら、使える味方は有効に使え!」
俺の声を獣人達が静かに聞く。納得もしていない連中もいるが、ほとんどの獣人は頷いている。
「パットンに認識疎外の魔法をかけてもらった奴から順に戦うんだ! 相手が混乱すればするほど俺達に戦況は傾く筈だ!」
「やれやれ、錬金術師アーノルドといい、ダンといい、君達はボクを酷使するのが好きなのかい?」
「今度辺境の集落へ行ったら、俺が今まで食った中で一番極上の肉を焼いてやるから頼むわ」
「うーん……アリッサの菓子と、ミレイの入れてくれるお茶も欲しいなぁ」
「分かった。帰ったら頼んでやるよ」
「ふふふ。じゃあ、頑張ろうかな」
「さすがはパットン様、頼りになりますわ」
「ふふん、もっと尊敬していいんだよ」
パットンは笑って宙へと舞い上がっていく。結局パットンに頼り切りだが、それが現時点での俺の限界なんだろう。だが、俺のつまらねえ意地より、獣人の誇りや命のほうが大事だ。
「最後だが、魔法が切れたら無理するな! 絶対行き残れよ! 死んだらぶっ殺すからな!」
「死んだ上にさらに殺されるのは勘弁なのだ!」
「あははは、おじちゃん面白いのだ!」
獣人達の戦意は十分だ。後は、無事生き残るだけだ。
「行くぜおまえら! 生き残りをかけた決戦だ!」
今は実力が足りなくとも、何もできないわけじゃない。やれることを精一杯やるだけだぜ!
獣人達の応じる声とともに、俺達は隊長を援護すべく敵の一角へと一丸に突っ込んでいくのだった。




