襲撃、そして俺の血
俺の名はダン。帝国で二人しかいない現役特Aクラスの探検家だ。
ささやかな贅沢を満喫させることで、獣人達の弱った気持ちを少しばかり回復させることが出来た俺達だったが、状況はやはり芳しくはない。
翌日の狩りの成果はまったく上がらなかったからだ。理由は、魔獣共が事あるごとに狩りの邪魔をしてきたからだ。
日も落ち始める時間になったので、昨日と違い成果の無いまま狩りを狩猟することになり、現在状況を聞いている最中だ。
「あいつら、俺達を直接叩かなくなった代わりに、とことん狩りの邪魔をしてきやがりますわ。ウザいったらありゃあしねぇ」
「知能が高いんでしょうね。どうされるのが嫌なのかっていうのをある程度理解してますよね」
どうやら、獲物を発見して狩りを開始するというタイミングで物音を立てて獲物を逃がしたり、ようやく獲物を獲ったと思ったら横から掻っ攫われたりという嫌がらせを延々とされていたようだ。
「しかも、うまく隠れてやがるからどこにいるかも全く分からないんですわ」
「どうやら配下にしているらしい森猫達を僕らに時々差し向けて、観察みたいな事もしているみたいなんですよね」
「それは、我等もやられたのだ。それをされて以来、戦況が一気に苦しくなったのだ」
今日、この場所には昨日やって来た若い獣人とは違うリス族の獣人がいる。あいつには、一つ大事な頼み事をしているので今日ここへやってくることは無い。
今ここにいるのは戦闘役を束ねている、鮮やかな栗色の体毛の持ち主な獣人だ。ここの獣人は、働き盛りになるにつれて体毛の色が濃く鮮やかになり、絶頂期を過ぎると白く変化していくらしい。つまり、今いる獣人はまさに脂が乗っている時ということになる。
「つまり、今連中が比較的おとなしいのは、イレギュラーな存在の俺達を調べるためか」
「嫌らしい相手ですね」
ハーヴィーの言葉に爺さんが頷く。予想以上に、ここの状況が悪いことから審査どうこういっていられないと判断し、積極的に参加する気になったようだ。まぁ、助かるから良いんだけどな。
「襲撃ではなく食料の確保を阻みにくるあたり、集落の状況をある程度は把握してるのじゃろうな」
「でも、ボク達が来たから敵の計算も狂ってきたっていうわけだね」
「そうなるな」
ハーヴィーの言葉に俺は頷く。
そう、食料確保自体は実はうまくいったのだ。肉の確保こそはできなかったものの、パットンとともに食料の採取に行ったチームは、パットンの魔法のおかげで何の問題もなく食料を確保することが出来たのだ。
おかげで、近い未来に起こる可能性のあった食料不足は何とか回避できている。
「だけど、あいつら予想以上に賢いから、何かしらの違和感を感じて手を打って来る可能性もあるな」
「状況は厳しいままというのは変わらないっていうことですね」
「だけど我々からすれば、今までよりも生き残る希望が持てるようになったのだ。人間殿、本当に感謝しているのだ」
それほど大した事も出来ていないのだが、獣人の戦士からまっすぐな感謝を述べられ、くすぐったいような気分になるのだが、それもすぐに消えることになる。
「隊長?」
急に神妙な顔つきになる俺を見て、ドランが置いてあった武器を手に取り尋ねてくる。
「集落に奴らが侵入して来たようだ。数は………20くらいか。だが…………」
「どうしました?」
「何か、変な気配も混ざってやがる。何だ?」
魔獣の気配に混ざって、よくわからない気配も感じる。
嫌な予感がして、集落の中に入り警戒をしようと動きだそうとしたがそれは少し遅かった。
集落のあちこちで悲鳴が上がったのだ。
俺達が居住区のある辺りへ向かうと、状況は最悪だった。
「助けてなのだ! 嫌なのだぁぁ!」
「うわああぁぁ! 飲み込まれるのだ!」
「足が! 足があぁぁぁ!」
「早く女と子供だけでも人間殿のところまで逃がすのだ! そうすれば……ぎゃあぁぁぁ!」
今まで安全だった穴リスの居住区を襲っているのは蛇の魔物だった。口を広げると獣人達を丸呑みできる程の大きさで、既に何人かやられてしまっているようだ。
偽物の入口を何個も作り侵入を今まで阻んできたのだが、蛇の持つ感知機能によりそれらは見事に突破されてしまったようだ。
思いもよらぬ敵の急襲で、パニックを起こした穴から出てきた獣人達を、猿の魔獣や蛇の魔物達が次々にい襲い掛かっていく。
戦えるものは懸命にどうにかしようと思っているのだが、もともと戦闘能力が低い上に得意ではない地上での戦闘、さらに完全に油断していたので武器すら持っていない状況で魔物達と相対することになり時間稼ぎすらままなっていない状況だ。
その様子をじっと数匹の猿の魔獣共が眺めている。まるで観察をするかのように。
「くそ! パットン! 認識疎外の魔法を……」
「駄目だよ! ボクの魔法は頭の悪い魔物には効きづらいんだ! それに、既に認識されちゃってるから更に効果が悪いよ!」
「隊長、蛇を頼みます! 僕達はやつらの牽制と居住区から出てきた獣人達の護衛をします!」
「儂も手伝うわい! あの数の相手なぞ二人だけでは無理じゃ!」
「クリス姉! 離れるなよ!」
「うん!」
現在1番の脅威は猿の魔獣よりも蛇の魔物だ。とりあえず蛇さえなんとかすれば、猿共ならパットンの魔法が効果を発揮するはずだ。俺は蛇共の塊に向かって走り出す。
「坊や! 早く逃げるのだ!」
「おかぁさぁぁん! いやなのだぁぁぁ!」
蛇の牙を木材の一部を使い必死に守りながら、動けずにいる親子を発見する。必死で子供を守る母親だが、子供は小さくて母親から離れることが出来ない。足元には、別の獣人が倒れている。父親か?
俺は、蛇の頭を真っ二つにかち割る。いきなり現れた俺に驚いた様子の母親だったが、一言礼を言い子供を連れて避難の列に加わっていく。
周りを見渡すと似たような状況に陥っている獣人がたくさんいる。このままだと被害が増大するばかりだ。
時間をかけすぎると被害が増大するばかりだ。ここは、形にこだわってる場合じゃねぇ。
俺は、集中を開始する。最後に呼び起こしたのはあの時か。問題なくできるはずだ
俺はそう思い、約一年ぶりの全力戦闘を行うために、俺の中に眠っている血の力を呼び起こす。
俺の持っている血、つまり帝国皇帝の一族は特別な血脈の持ち主で、歴代皇帝はその血の力の一部を強引に呼び起こす事の出来る術を持っている。そして、それらを有しているからこそ帝国建国から今まで皇帝で居続けられたといって良いだろう。先代皇帝の腹違いの弟である俺は、その術を兄である皇帝からもそれを教えてもらっている。甥である現皇帝にその術を教えるため、そして、兄のたった一人の親友であるセンセイを守るためだ。
その特別な血の力を使おうというわけだ。
ただ、この力を使うのに問題が二つ。一度使うと最低でも数ヶ月はこの力を引き出すことが出来なくなるという事だ。もう一つは、制限時間が過ぎると再び血の力を引き出せるようになるまでの間、俺の力が1割ほど低下することだ。
集中を続けていくと、ふつふつと体中の血が沸き立つように燃え上がると同時に、全身に力が漲ってくる。
ふと辺りを見ると、パニックを起こした獣人を襲っていた蛇共、玩具で遊ぶように弱っている獣人を弄ぶ猿共、そして、逃げていた獣人や、必死で時間稼ぎをしていたドラン達までもが俺を見ている。どうやら俺を中心に空気が変化したのを全員感じ取ったようだ。
呼び起こした血の力は長時間の潜伏期間を必要とする癖に、引き出せる時間は長くて10分程度とさほど長くない。今回は潜伏期間が一年弱。保って4・5分だろう。
くそったれな蛇や猿共め、圧倒的上位種の血の力を見せてやる。
俺は、そう思いながら蛇共を殲滅すべく動き出した。
以前、ウォレスと戦ったときに行った全力戦闘、そして俺の説明した身体能力は俺の人間として引き出すことのできる限界能力だ。
今の俺の能力はその時の比ではない。一気に蛇共の群れに突っ込んでいくと次々に殲滅していく。武器などは一切使わない。武器が持たないからだ。目に映る蛇共をその言葉通り、手当たり次第ちぎっては投げ、引き裂き、潰していく。
「あ……あ……」
助けた獣人が、俺の姿を見て完全に腰を抜かしている。このままここにいられると蛇の殲滅の邪魔になると思った俺は、その獣人の首根っこを捕まえると、ドランの方にむけて放り投げる。死なない程度に手加減はして投げているから、キズいらずかクリスの魔法でどうにかなるだろう。
その様子を見ていた獣人達が、我先に俺から離れてドラン達の方へと走り逃げていく。
そうだ。無事に生き残りたきゃさっさと逃げろ。恐怖で腰が抜けてる場合じゃねぇ。
俺は、獣人を丸呑みしたのか、腹の一部がでかくなっている蛇を、中身を確認するように口から真っ二つに引き裂きながらそう思うのだった。
地上の蛇共の殲滅を完了させてた俺は、そのまま居住区へと向かい内部で暴れている蛇共を次々に殲滅させている。
人間の俺が武器を振り回すには少々狭い居住区だが、まだ血の力が発動している俺には何の問題もない。踏み潰し、蹴散らし、叩き潰し、噛みちぎる。俺の体がどんどんと蛇共の血で染まっていく。どっちが襲撃者かわからない有様だ。
助かった獣人達は、全員俺に礼を言うでもなく、恐怖に怯えた顔をしてその場から離れていく。そりゃそうだ。緊急時でも、こんな誰にでも襲い掛かりそうな化け物など近寄りたくなんかないだろう。
居住区の駆除が終わったところで俺はあることに気づく。
薬や道具は無事なのか?
確か、居住区の外れにそれらの保管所があった筈だ。薬が使えなくなったら、被害が増大する。
すぐに気付かなかったことに舌打ちし、俺は保管所へと向かおうとする。
一歩踏み出した俺だが、唐突にやってくる違和感に一瞬目がくらむ。
ここで限界時間を迎えてしまったようだ。
思うように動けなくはなったが、それでも蛇共の相手なら十分に出来る。
俺は、腰に差しているナイフを片手に保管所へと向かうことにした。
「ここは死守するのだ! ここを破られたら終わりなのだ!」
「敵は後二匹だけなのだ! 守りきるのだ!」
「痛みに負けている場合ではないのだ! 後少し踏ん張るのだ!」
「きっと誰かがここに気付いて薬を持ち出してくれるのだ! それまで踏み止まるのだ!」
保管所の前では、体の至るところにキズいらずを貼ったまま戦っている獣人達が5人、二匹の蛇と相対している。
俺は、すぐさま片方の蛇の頭にナイフを地面に刺されとばかりに思い切り刺し下ろし、もう片方の蛇を蹴飛ばす。普段なら壁にぶち当てるくらい吹き飛ばせるのだが、思った以上に飛ばせない。やはり能力が低くてやりづらいな。
「人間殿! 助かったのだ!」
「他のみんなは、蛇はどうしたのだ!?」
「蛇は全部駆除した。動ける奴らはドラン達のことろに集まっている。猿共ならパットンの魔法で煙に巻ける筈だから、多分大丈夫の筈だ」
「よかったのだ……」
俺は、辺りを見渡す。
そこには蛇の死骸が3つと、何人かはおそらく既に死んでいるだろう10人以上の獣人が倒れていた。周りにはキズいらずや解毒薬が入っていたであろう割れた薬瓶がいくつもある。
五人とも持っている武器は既にボロボロで、おそらく蛇を倒す手段はもう無かったのだろう。
それでもこいつらは、ここの存在に気付いた仲間の誰かがここにある生命線を運び出してくれると信じ、根性で副作用に耐えながら、限界まで身体を張ってここを守っていたのだ。
パニックの状況でそんなこと考えられる奴はそういないだろうなと俺は思ったが、ここにいた奴らはそれを信じてここに残ったのだ。
そのおかげで、俺は間に合うことが出来た。後は、この目の前にいる蛇をぶちのめすだけだ。
俺に蹴飛ばされたからなのか、狩りを邪魔されたからなのか、怒り心頭の様子でチロチロと舌を出し、血走った目をしている蛇の魔物。俺の手元にはもう獲物は無いが、この程度の奴にそんなものは必要ない。
襲いかかる蛇の一撃を軽く躱し、俺は蛇の頭を思い切り殴りつける。力が低下しているため多少時間はかかるが、一匹程度撲殺することくらい出来る。俺は、蛇が動かなくなるまで何度も頭をぶん殴りつづけるのだった。
そう、その場にいた獣人達が全員ドン引きするほどに。
後で聞いた話によると、その時の俺の表情は、恐ろしいくらいに晴れやかな笑顔だったらしい。
猿共にストレスでも貯まっていたかな?
こうして俺の役目は果たすことが出来たわけだが、果たしてドラン達はちゃんとやれているだろうか?
俺は惨劇の現場でそう思いを馳せるのだった。




