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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妖精と子供竜

作者: 白沼ヒロシ

 すかっとする話ではありません。悪しからず。

テーマは、純粋と狂気です。

 ある所に、妖精がいました。

世界の中央にある世界樹の中で、妖精は一人、暇を持て余していました。しょうがありません、妖精は世界樹の中から出ることは出来ませんもの。

 世界樹の主たる世界樹の精よりも遥かに強い力を持つ妖精ですが、出ようとすると泣いて縋って止めにかかる世界樹の精を見ると、強く出る訳にはいかなかったのです。


 そんな訳で、妖精はたった一人で、世界樹の中で遊んでいました。普段は、世界樹の精は世界の管理に奔走していましたから。妖精を泣いて止めている間は、地震に豪雨、果ては噴火まで天変地異の雨嵐が世界を襲っていました。まあ、そんなことは妖精の知るところではありませんでしたが。妖精の知らない外の世界。




 とても長い間、世界にとっては平和な日々が続きました。ただ、争いもなくという意味ではありませんが。

 10万年前、この世界が出来た当初には、いくつもの種族がありました。獣人族、トカゲ族、昆虫族、キメラ族、ヒト族、竜族、獅子族、それこそ数えきれないほどの種族がいました。

 最初の1万年ほどでしょうか。何事もなく時が過ぎたのは。同種族同士の小競り合いで我慢していた竜族が、他種族に争いを仕掛けたのです。元々闘争本能が非常に強い種族です。1万年もよく持ったというべきでしょうか。

 世界樹は、この世界を創造する際に、同族同士の殺し合いを防ぐストッパーを掛けていたのです。ある日、とある竜がたまたま獣人の村を発見しました。広大な世界で、竜族が他種族を見つけたのはこれが初めてでした。

 竜は思いました。ああ、これで血の匂いが嗅げると。竜は獣人の村に飛び込み、泣き叫ぶ娘を庇う母の背に爪を立て、切り殺した母親の亡骸に縋りつく少年の頭を嚙み砕きます。数百人を殺しつくした後、竜は思います。自分は竜族の中で最も殺した竜だ。こんな快感など他では得られないと。


 竜は、竜族は集まって暮らしている山に戻り、嬉し気に自慢します。自分の殺した数について、殺し方について、甘く漂った血の匂いについて。竜について説明しますと、彼らに食事というものは必要ありません。他の種族は自ら栽培したものや自分で獲得した獲物を食しますが、彼らはそんなことはありません。空気に漂っているマナを吸収して、それを体の維持に使っています。


 さてさて、竜族は闘争本能が強いと先ほどご説明しました。しかし、そんな竜族が求めるのは闘いではなく殺しです。同胞同士では殺しあえないのだから、他種族を殺せばいい。自分たちと張り合う程の存在がいないから、闘いにならないのは残念だけれど。ああ、なんて簡単なことに気がつかなかったのでしょう。竜族は歓喜に打ち震えました。


 とある竜の自慢話を聞いた竜たちは、我先にと山を飛び出します。

 世界中を飛び回る竜たちが見たのは、柔らかそうな体を持ち、仲間で集まっている弱そうな奴らでした。ああ、殺せる殺せる殺せる。竜たちは殺しました。洞窟に籠ったヒト族を殺しました。泥沼の中に潜んでいた蜥蜴族を殺しました。草原に潜んでいた兎族を殺しました。


 数多の種族が草の根でも刈るように殺されていく中で、他種族と手を組み、積極的に竜に立ち向かった種族もいました。彼らは、竜の動きを抑え、眼球から脳を破壊し、一匹をやっと仕留めました。数百の屍と引き換えに。

 そのことは、竜族の中でも大きな話題となりました。ああ、これで殺すだけではない闘いが出来ると。これまでの数倍となる速度で、竜族以外の種族が減っていきます。世界が竜族だけとなるまでに、大した時間はかかりませんでした。


 それから数万年の時が経ました。千年の寿命をもつ竜族も、何度も入れ替わりを繰り返す程の長い時間です。もう竜たちに、闘争本能は欠片も残っていません。代替わりが進み、どうあがいても欲が満たせない以上、長い長い時を経て、彼らは穏やかな性格を手に入れていたのです。


 さてさて、妖精は本日も世界樹の中で一人遊んでいました。ここ数百年はすっかり外に出ようともしていませんでした。1年以内のスパンで脱走を試みていた妖精も大人しくなり、世界樹の精はすっかり安心して世界の管理に勤しんでいました。

 妖精の計画のとおりです。あっという間に世界樹の樹皮に穴をあけ、外の世界に飛び出します。世界樹の精があっと声をあげ、追いかけようとしますが時は既に遅し。そもそも、世界樹の精は世界樹の中から出られませんし、妖精があけた穴をふさぐのに必死です。


 外に出た妖精は、余りのつまらなさに落胆します。創世の宝玉では、多くの種族がいると聞いたのに、竜しかこの世界にはいません。適当な竜を捕まえて、話を聞くことにしました。


「ねえねえ、竜さん。どうして竜しかいないの?」


 急に目の前に現れた妖精にぎょっとした竜ですが、親切に答えます。


「知らないよ。元々いないんだろ。」


 竜は、初めて見る生き物に驚いていました。成竜に比べて半分ほどの大きさしかない子供の竜ですが、齢は百を超えています。百年間生きてきて、竜は自分と同じ形の生き物しかみたことがありませんでしたから。


「そんなことはないよ。私知っているもん。」


「そんなこと俺に言われても困るから。」


「役に立たない竜ね。まあいいわ。また来るから。」


 そう言って飛び去って行く妖精を、竜は目を白黒とさせながら見守るばかりでした。という訳で、妖精と子供竜の関係は暫く続きました。世界樹の精の泣き落としも、もう効果を失っていて、飛び出していく妖精の後ろ姿をあきらめ顔で見つめる世界樹の精の姿がありました。彼女はその時々、「もう終わりね。」と呟いています。


 妖精は子供竜と色んな話をしました。

妖精は世界樹の中に住んでいることを。

竜には父と母がいて、とても大きい体をしていることを。

世界で一番高い山の中で、家族揃って昼寝をすることがとても好きなこと。

妖精の母たる存在は、とても面倒であること。

数万年生きてきた妖精の、色々な暇つぶし方について。


 ある日、妖精は創世の宝玉を手に遊んでいました。昔の映像を世界樹の空洞に映し出して、自分があたかもその中にいるかのように体験できる遊びです。


 その映像の中では、竜が獣人の背中を抉っていました。蜥蜴の尻尾を引きちぎり、背骨が一緒に引っ付いてきていました。大きな足でヒトの顔面を地面に叩き付け、血が花のような形になりました。


 それを見た妖精は、けらけらと笑いながら、友達の子供竜がとっても喜びそうなことを考え付きました。


 妖精は、ぐんぐんと世界の頂上を目指して飛びます。世界樹の頂上を超える頃には、世界中が見渡せるようになっていました。

 妖精は、世界中にいる全ての竜を目に移します。

 まずは一匹。竜の目の前に急降下し、その小さな手を竜の鼻につき付けます。すると、竜の上半身が消えてしまいました。いえいえ、消滅したわけではありません。余りにも小さな欠片となって、空気に霧散してしまっただけなのです。下半身が、どうと音をたてながら転がります。


 それを何度も繰り返します。妖精は、子供竜の目の届く所で、一度やってみました。さぞ喜んでくれると妖精は思いましたが、子供竜はなんときびすを返して脱兎の勢いで去って行ってしまいました。妖精はおかしいなあと首をひねります。喜んでくれると思ったのに。

 まあ、いいでしょう。妖精は思い返します。こんな楽しいことに、自分を誘わず一人で楽しんでいたことに嫉妬したのかもしれません。最後の最後に、一緒に遊んであげればいいかなと。


 さあ、最後の一匹です。

 妖精は、子供竜の目の前にふわりと浮かびます。厳密に言うと、ただ単純に子供竜の目の前に飛んで移動しただけですが、子供竜の目の前には突然現れたようにしか見えませんでした。


「なんで殺したの‼」


 子供竜は、恐怖を忘れ、妖精に食って掛かります。


「え?」


 妖精は気の抜けた一言を返しました。


「お父さんとお母さんは‼」


「分からないけど。でも、この世界にいる竜はあなただけよ?」


 妖精は困惑した表情で返す。


「何で殺したの‼友達だと思ったのに‼」

 

「友達だからこそ、喜んでもらえると思ったからやったのに……」


「馬鹿じゃないの‼こんな事をされて喜ぶわけないだろ‼死ね‼」


 子供竜が妖精に突進します。

 子供竜は、妖精にたどり着く前に、霧散してしまいました。彼女の周りの、緩めていない状態の普段通りのマナの壁にぶちあたり、許容量を超えてしまったのです。


 一人ぼっちの妖精は呟きます。

 

 「どこで間違えたんだろう。」


 


 世界樹の精は、ため息をつきました。

 もうこの世界には、命は残っていません。よって、世界の守護など無意味になったのです。世界樹の精はこの世界を閉じることにしました。

 己と同じ過去を辿った妖精にあきれながらも。次期の世界樹の精が同じ轍を踏まないように願いながら。




 

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