五 縁側
午前十時。ぼくは縁側で祖父と一緒にスイカを食べていた。前にぼくが食べたいと言ったので、祖父が買ってきてくれたのだ。
スイカを食べながら、ぼくは「彼女」について笹音さんから聞いたことを祖父に話した。我ながら、本当に何でも話すのだなと思った。
「つまり、その殺された少女が神になったと献は言いたいわけだ」
祖父は種を庭に吐いて捨てた。
「そう。でも、ぼくにその話を教えてくれた人は、そうじゃないって。おじいちゃんはどう思う?」
「考えてみよう。殺された少女と神に共通するものは何だろうか」
「記憶かな。だって、神は少女殺しの話を自ら語ったんだよ。これは、神が少女の記憶をもっているってことじゃないかな。確かに神はあの土地のことなら何でも知っているけれど、それは自分が実際に見てきたからだ。少女殺しの事件は神が生まれる前の話。それを知っているというのは、神が少女の記憶をもっていなければ説明のつかないことだ」
「我々だって自分が生まれる前のことくらい知っている。神が人から聞いて知った話だとは考えられないか?」
「それはないよ。だって、あの神は、少女殺しをなかったことにするために作られたのだから。疫病や凶作を少女の怨霊の仕業ではなく、神の祟りだとすることで、村人は、生贄を制度化して、少女殺しの負い目から逃れようとしたんだ。そんな負い目をわざわざ蒸し返したりするとは思えない」
「なるほど。じゃあ、とりあえず記憶は連続しているものとしよう。では、少女と神とで違っているのは何だろう。少女の何が変わったから、少女は神になったと言われるのだろう」
「第一に、神はきっと不老不死だ。第二に、神にはどんな人間でも殺せる不思議な力がある」
「では、献のシナリオだと、殺されたことをきっかけに、少女、ないし少女の魂には不思議な力が宿り、神になったというわけだ」
「うん。それで問題ないと思うんだけどな。あの人はどうしてあんなことを言うのだろう」
「少女の身体と神の身体は同一のものだろうか」
「うーん、確か、その少女も指が足りなかったそうだし、同一なんじゃないかな」
「しかし、その少女は殺されたんだろう? 死体はどうなった? 死体がそのまま蘇って神になったのかな?」
「そこのところは聞かなかったな。少女の身体とは別にどこかで神の身体が生まれたということも確かに考えられるか」
「身体の連続性が明らかでない以上、少女と神が同一のものでないという可能性は残る。この可能性というのは、神自身が、自分と少女を別のものだとみなし得るということさ」
「神自身が?」
「そう。仮に少女の記憶を引き継いでいるのだとしても、少女の身体と神の身体が同一でなければ、神はその身体が生まれた時点を自分の生誕の時点と考えることができる」
神の身体。祭りの夜、「彼女」はぼくの首に手を回してきた。ぼくは確かに「彼女」の身体に触れた。体温もあった。「彼女」はそこにいた。幻なんかじゃなかった。
あれは遥か昔に殺されたササメの身体が蘇ったものなのだろうか。それとも、カザカミの信仰が生まれるとともにどこからか生じたものなのだろうか。
ここで考えても分かることではなさそうだ。今言えるのは、「彼女」の身体は普通の女の子の身体で、ぼくはそれがたまらなく好きだったということだけだ。
「おじいちゃんはこんな話によく付き合ってくれるよね」
「人の言うことはとりあえず信じておく。それで、話に辻褄の合わない点が見つかれば指摘すればいい。そういうのが言葉に対して誠実な態度だと思うし、意外とこれで上手くいくんだ」
「本当に信じてる? だとすれば、祟り神と関わったことでぼくの命は危なくなっているわけだけど」
「例えば、この後献が死んだとして、神の話を知っていたのなら稲無田に帰るのを止めておくべきだった、なんて私は後悔するだろうか。多少はするかもしれない。しかし、今は献が帰るのを止めようなんて思わない。はっきり言って、神に殺されることを危惧するほど献の命に執着してはいないんだ。加えて言えば、献と一緒に散歩するときの私には、大人として献を交通事故から守る社会的な義務がありそうだが、神から守ることは義務ではないし、周囲から期待されてもいないだろう。献が神に殺されても、誰も私を責めない」
祖父の言うことには驚かなかった。ぼくの話を何でも聞いてくれる半面、祖父には恐ろしくドライなところがあったが、こういう態度はさっぱりとしていて、ぼくは嫌いじゃなかった。
そういえば、笹音さんの醒めた態度はちょっと祖父に似ているかもしれない。この人たちはベタベタしない。稲無田のウェットな雰囲気と違って、この辺りの土地はカラッとしている。
ぼくらはスイカを食べ終えて、皮を載せた皿を電気のついていない台所へと持っていった。薄暗い家の中だと遠くの蝉の声がやけに目立って聞こえた。