表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

着陸

「頼んだ覚えはないんだが」

重たいまぶた、目元に隈をたたえたまま、俺は目の前の人物に投げかける。


視界には、男が1人。

喉仏の位置まで伸び切った金髪。雑に伸びているはずが、絹のように柔らかく光を反射するせいか、むしろ品位を感じる。白いシルクブラウスの上には外套を羽織っており、これも身なりの良さを感じさせられた。


ーーリシャール・カルヴェ。今回の手紙の送り主であり、俺の父と同じ時期に「フランスの海賊」船長としての名を連ね、かつてフランス周辺の海域を統治していた人物だ。


「え、なに? なんのこと?」

アイスグリーンの瞳は、キョトンとした様子で視線を向けてくる。

俺はたまらずため息をつき、先ほどと全く同じ文言を繰り返す。

「モーニングコールを頼んだ覚えはない、『出向いてくれ』とも言っていないはずだ」

「いやぁ…すまないね。つい、見覚えのある船を見かけてしまったから…」

「……だからって、わざわざ海賊の船に上がり込むのか? とても『一般市民』とは思えない行動だが」

「はは、……昔の癖が抜けなくてね」


リシャールの外套の裾が重みで揺らぐ。現役の時と変わらず、その高級そうな外套の裏には、幾つもの刃物が秩序正しく収められているはずだ。

彼は迎合するような薄い笑みを浮かべていたが、瞳の奥は探るようにこちらを覗き込んでいた。


「まさか、君が来てくれるなんて思わなかった。それに……ウィル。寝室の護衛はどうしたんだい?」

「……なにが言いたい?」

「……いや、……今回のところは、私が旧友だから見逃してくれた……ということにしておこうか」


リシャールは言及しなかったが、彼が俺の身を案じていることは伝わってきた。あるいはーー…船員が俺を「守るに値しない」と判断していることを、悟られた可能性もある。父が生きていた頃は、いつも寝室の前には2人の戦闘員が立っていた。そのことも彼は知っているのだから。


「リシャール、そろそろ本題に入ってくれ。」

「はは、嫌だなあ……僕はただ、君が元気にやっているのか心配だったんだよ。こうしてまた会いにきてくれて嬉しいよ」

「……そうか…」

なぜか、室内には息苦しさが漂っていた。たまらず俺は古びた窓枠に手をかけ、風を通すために隙間を開ける。窓の外では、濃い霧が海面と空の境界をぼやかしていた。


「まだ朝食はとっていないだろう?」背後から、リシャールの声がかかる。

「なんだ、藪から棒に。今の俺様をみろ、どこからどう見てもそうだろ」

「ならよかった。再会を祝して、食事をご馳走しようかと思って。…自宅に招いてもよかったんだが、港からは少し距離があるだろう?私が懇意にしているところでよければ、案内しよう」

リシャールは微笑んでいるが、その瞳は俺の反応をじっと観察している。


「リシャール……、せっかくここに来たんだ。船員に用意させてもいいんだぞ?」

「え゛っ……あー、…あはは、いや、遠慮しておくよ……君こそ、久しぶりの陸地だろう?ここまで来て、イギリス産のマズ……質素な食事を摂る必要はないと思うけれど……」

リシャールは明らかに怯えた表情を見せた。俺だって、自分の拠点からは極力離れたくないが……致し方ない。船員らには休暇を与えて、船から離れてもらおう。


「……準備するから5分くれ」

リシャールは返答の代わりに立ち上がり、扉の方へ歩き出した。外套の揺れに合わせ、金属同士が擦れるような音が遠ざかって行く。


洗面台に置いてあった水差しで顔を洗う。冷たい水が頬を伝い、目の奥の霞が払われる。髪の癖を指で整え、父から受け継いだ外套を羽織った。

剣を腰に差し直すと、背筋が自然と伸びる。


廊下に出ると、ちょうど階段下にいたリシャールと目が合った。

「じゃあ、行こうか」


その背を追っているはずなのに、距離感がやけに遠いように見えて。

俺はどうしても、「時間」という溝の深さを感じるしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ