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夏の空

作者: 武井睡蓮

夏の空が重たいのは、あまりに多くのものを溜めこんでしまうから。

六月の長雨、洗濯物の湿気、人々の汗、発散されたストレス、かしましい蝉の声。

夏の食べ過ぎは、冬にその清算を迫られる。

冬の空は、もはや洗濯物にも恋人たちのささやきにも耳を貸さない。

わたしは夏の空が嫌い。

八月の中頃を過ぎると、地面には蝉の死骸が散らかる。去年の夏は、買ったばかりの靴でセミを踏みつけてしまった。足の裏には不快な感触が、靴の裏にはグロテスクな塊がへばりついている。命の名残を踏みつけてしまったことで、申し訳なさが胸に広がる。ごめんなさい。そう思いながらも、靴の底をこするようにして、マンションの階段を上る。

マンションの階段は鉄骨製で、真夏の日中はとても熱い。

わたしは、フライパンの上を歩いている気分になる。

それとも、窮屈な火の輪をくぐるライオンかしら。

滴り落ちた汗はジュッという音を立て、鋼鉄の床に飲みこまれる。

どうして買ったばかりの靴を台無しにされたうえ、罪悪感まで抱かねばならないのだろう。

ふと生じたそんな思いは、わたしの頭にまで熱を帯びさせた。

一層強く、靴底を直角の出っ張りにこすりつける。

わたしの体は、テレビのマジックショーのように三等分にされ、それぞれがデタラメなことを考えている。

さぞや滑稽に映るだろう。蝉一匹のために、とんだ災難だ。

羞恥心を打ち消すように、怒りが胸へとなだれ込んでくる。

三つ巴の戦いは、罪悪感の滅亡によってその終焉を迎え、抵抗を続ける不快感も、三階に上がるころにはあえなく陥落した。

うちへ帰ると、わたしの体を征服した怒りはその外側へ、新たな開拓地を求める。彼の野心を満たすため、わたしはお菓子の棚へ手を伸ばし、冷蔵庫を収奪する。時にはスーパーへと出向き、彼のためにまだ口にしたことのない玩具を買い与える。

夏の食べ過ぎは、冬にその清算を迫られる。

わたしは、夏の空。

夏の空は、何よりも嫌い。

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