学園とか間に合ってますから
なんだかんだで三つ目ができました。
王国第一王子。伝説的な武勇伝を持つ両親の才覚と容姿を受け継ぎ、若くして国の運営の一角を担う将来有望な王位継承者である。
そんな天から二物も三物も与えられた彼は。
「はあ? 行くつもりなんかありませんよ【学園】なんか」
王族にも適用される就学の慣例を、真っ向からブッチしようとしていた。
話を持ちかけてきた宰相は、苦虫を噛み潰したような顔で説得を試みようとする。
「殿下、我が儘を言われても困ります。学園への就学は、単なる慣例ではありませんぞ?」
学園。王国が設立した学術教育機関である。国家を背負う人材の育成を目的に掲げ、貴族の子息や有力な商人の子、そして市井から見出された将来有望な人材を一纏めにして教育を受けさせる場所だ。そこに就学するのが王族としての慣例であったわけなのだが。
「学園での教育は、ただそれだけではありませぬ。常に更新される最先端の技術、知識を学び、また将来国を担うべき貴族や有力商人の子息との交流、そして市井の子らと直接ふれあい言葉を交わす機会でもあります。あたら疎かにしてよいものでは……」
宰相の言葉に、王子は溜息を吐いて応えた。
「お忘れですか宰相殿、僕はすでに学園で学ぶべき事は全て網羅しているのですよ?」
王子の言うことはあながち大言壮語でもなかった。まだ十代半ばの彼であるが、すでに王宮の仕事を任されているのは伊達ではない。
ぱっとあげるだけでも。
・古今無双の戦士である国王譲りの武。
・至高の魔術師である王妃譲りの魔術。
・仕事上視察したり報告を受けたりし、自分でも勉強したりするので自然と高まる知識。
・王族としてサロンや夜会に参加するため、そこで築き上げたそれなりに幅広い人脈。
・ってかもう王子がいれば国王いらないんじゃね?
とまあこういう感じで、確かに今更学園で何を学ぶかといった状態である。なにしろ王がアレでナニでよく仕事を抜け出したりするので、それを穴埋めしているうちにこの有り様だ。むしろ今王子に公務を抜けられたら宮廷のものたちに結構な負荷がかかるんじゃなかろうか。
それが分かっているからであろう、王子はいい顔をしない。宰相は深々と溜息を吐いて肩を落とした。そこから半眼になって恨みがましく王子を見る。
「……王子、それだけではないということは分かっておられましょう」
ぎぎくん、と分かりやすい反応をする王子。引きつった顔で、無理矢理笑みを浮かべ言う。
「な、なんの話でしょうか?」
「『嫁』です嫁! いい加減婚約者の一人も作っておかなきゃいかんでしょうが!」
そう、王族であれば幼少から婚約者(せめて候補)が決まっていてもおかしくないというのに、この王子その系の話にとんと縁がない。そういう前例がないわけでもなく、そのような場合は大概学園で伴侶を見つけることになる。つまりぶっちゃけ伴侶を見つけるために学園に行けと、宰相はそういっているのだ。
それが分かっているだろうにこの渋りよう、伴侶を得て世継ぎをもうけるのは王族の義務だというのに……そこまで考えて、宰相は『ある事』に思い当たった。
「まさか殿下……男色の趣味があるのではありますまいな!?」
「あるかあああああ!!」
さすがの王子も激昂する。当然と言えば当然だが、宰相は悪い想像を拗らせたのか、その妄想は留まるところを知らない。
「では年上趣味!? なんと業の深い……ですがお世継ぎをもうけて頂くためには同年代くらいが……」
「いやないから! 違うから!」
「幼女趣味ですと!? くっ……ですが将来性を考えればそういう選択もなきにしもあらず……」
「納得しかけるんじゃありません!」
「まさか! お稚児趣味!? いけません、いけませんぞそれはリーチ一発ツモドラドラ三倍満ではないですかあ!!」
「あんた僕のことをなんだと思ってるんだあああああああ!!」
間。
ぜーはーぜーはー息を吐きながら床に手をつく馬鹿二人。こんなんが国の中枢担ってるとかがっかりくる事実だ。
荒い息を何とか整え、王子は宰相に訴える。
「ともかく! 僕は真っ当な性的嗜好です! ちなみに太ってるとか痩せてるとか顔面偏差値が不自由な方向とかそういう趣味もありませんからね!?」
「ではED!?」
「毎朝元気だわっ!」
いい加減このおっさん殴ったろかと内心思いつつも、王子は冷静さを保とうと努力した。
「まあ僕に対する偏見はあとでじっくり話し合うことにして……よく考えてみて下さい、僕が嫁をもらうのは良い、ですが……舅と姑がアレですよ?」
びし、と宰相が凍り付く。
そう、あの二人は――
国王:武勇伝という名の凶状持ち。リアルベルセルク。
王妃:国王よりマシと思いきや、実はどっこいどっこいのヒャッハー枠。
王子は沈痛な表情で宰相に言う。
「例えば……仮に貴方に娘がいたとしましょう。……こんなとこに嫁に出しますか?」
「世界が滅んでも御免被りますな」
どきっぱりと断言する。そりゃそうだ、誰も好きこのんで自分の身内を修羅道に叩き込みたくはあるまい。
理解した、嫁をもらいたくてももらえないのだ。状況はともかく王子の心理的に。だがしかしそれではいそうですかと引っ込むわけにはいかない。宰相はなんとか説得を試みる。
「で、ですが諦めるのはまだ早いかと。学園は国内はおろか諸外国からも留学を受け入れておるわけでして、数多の生徒の中にはこう、蓼食う虫も好き好きとか割れ鍋に綴じ蓋というか、王家に対応できるような人材がきっと……」
「そうかもしれませんね確かに、ですが……」
王子は頭痛を堪えるように眉間をもみほぐしてから、くわっと目を見開いて吠える。
「あの二人と同調できる人間は! あの二人と同レベルのアレでナニってことでしょうが!」
ずがしゃん、とショックを受ける宰相。言われてみれば確かにそうだ、この王宮で平気な顔でいられると言うことは、真っ当な人間じゃないことと同意である。そんな人間受け入れたら火に油を注ぐどころか火薬庫で花火をやってるに等しい。自分たちが被る迷惑はいかほどのものか、想像するだに恐ろしい。
青ざめた宰相に理解の色を見て、王子は深々と溜息を吐く。
「最低でもあの二人が引退しない限りは、怖くて嫁なんぞもらえませんよ。権力を笠に着て強引に、と言う手段がないでもないですが、こんな所に無理矢理叩き込むとか不憫すぎるでしょう」
「いやまあその……確かに」
説得は無理そうだし説得する気も失せた。宰相はがくーんと肩を落とす。
「分かり申した、学園への入学は見合わせましょう。……その分王宮での働き、奮闘して頂きますぞ?」
ついに折れる宰相。それに対して王子は「ふっ、お任せ下さい」と無意味に格好をつける。
そうして内心「(上手くごまかせた)」と胸をなで下ろしている。そう、王子はその本心を明かしてはいない。彼が学園への入学を拒む本当の理由は――
「(学園なんかに行ってたら、目を離した隙にあの二人が何をやらかすか気が気じゃないでしょうがっ!!)」
と、そういうことらしい。まるっきり保護者かおかんの発想である。なんというか色々な意味で手遅れであった。
自分でもそれが分かっている王子は煤けた気配を漂わせ、遠い目になって窓の外を見上げた。
窓の外から見える空は青い。今日も良い天気だ、多分明日も良い天気だろう。現実逃避と分かっちゃいるが、これくらいはやっても罰は当たらないだろう。差し込む日差しが涙でにじむ王子であった。
なお後日、うっかり本心を漏らしてしまった王子を、宰相以下王宮の重鎮たちが「むしろあんたあの二人から離れて心身共に静養して下さい!」と学園に放り込むのは別の話。
そんで国王と王妃が重鎮連中から、少しは自重しろと正座説教かまされるのも別な話。
王国は今日も平常運転である。
(※胃薬は必須)
ぼやぼやしてたら続きが出来てしまいましたよ緋松です。
今度は苦労人王子様の話。学園でギャルゲー展開になると思ったか? この話でそんな真っ当な展開になるはずないじゃない。まあ大体皆さん分かっていたと思いますが。
まあ続いたらぐだぐだになると思いましたがやっぱりぐだぐだでした。多分この後続いてもぐだぐだでしょう。一応シリーズ化することにしましたが、続くかどうかはやっぱり未定。
ま、そんなこんなで今回はこのあたりで失礼をば。
ご意見ご希望等ございましたら、ご遠慮なくいただけますとありがたいです。