仕事終わりは即解散
しかし、焦ってどなるアデルをちらと見て、リアークはへらへら笑います。
「だいじょ~ぶ!テンコが出て行ったから」
それに、と草原を指さします。
「うそ…だろ」
そこにいたのは、6匹のダイアウルフに相対している黒い髪の青年。ダイアウルフは気が付けば、すぐのところに迫っていました。さすがは森の魔物。その大きさは普通のダイアウルフよりも倍は大きなものです。
そんなダイアウルフの鋭い牙と爪の攻撃をテンコは余裕で避けつつ、持っている棍棒で殴りつけています。分厚い毛皮は剣さえも通さないと言われている魔物は、ふらふらになっており、どう見ても致命的な攻撃になっているようです。
「回り込まれたね。剣かして―――!」
茫然とテンコを見ていたアデルはリアークの言葉にはっとします。回り込まれた?視線をリアークの指さした方に向けると、テンコのいる所とは別の方向から3匹のダイアウルフが近付いてきています。
「そこをどけろ!門が閉められない!!」
「もう!頭が固いなぁ!ちぇ!!仕方がない。棍棒で行くかな~?」
とんと棒を肩に担ぎ、リアークはゆっくりと門から離れていきます。
ダイアウルフはもう目の前に迫っています。そんな時、ギルドから来たのでしょう?門の内側から、複数の冒険者が走ってきたのです。しかし、彼らはアデルがいたその場から動けなくなります。
「うふふふ!ここから先は絶体に通さないよ!」
リアークは笑っていました。そして、その笑みのまま、ゆらりゆらりと横に揺れています。
一匹目の黒いダイアウルフがリアークの正面から、鋭い爪はリアークの首筋を狙い、向かってきます。が、その直前にごっと狼の鼻っ面にリアークの拳が炸裂します。
普通に考えると、リアークの倍以上もある大型のダイアウルフに効くような攻撃ではありません。しかし、その攻撃をうけた魔物はそのまま、振りきられた拳の勢いのままに大きな体が吹っ飛んでいき、側にいたダイアウルフにぶち当たります。
「ぎゃん!!」
「きゃん!!」
二匹はかなりのダメージの受けたようで、そのままよたよたと立ち上がります。
あまりの事にアデルはもちろん冒険者たちも唖然としていました。
え?今…え??ふっと…?え??????
リアークは肩に担いでいた棒を振りかぶり、勢いを付けるかのように一回転して、そのままもう一匹のダイアウルフにぶち当てます。さながら、野球のバットを振りぬいたかのようです。吹っ飛んでいくダイアウルフを見て、「ええ―――――?!」という全員の心の叫びが聞こえたような気がしました。
理解が及ばないまま、テンコの方を見れば、そのテンコの周りには、すでに地面に沈んでいる数匹のダイアウルフが見えました。
え―――――――?
そのテンコは棒をダイアウルフに咥えつかせていました。そのまま、ぶんと振りかぶり、棒の端を持って、近くにいた別の魔物に咥えついていたダイアウルフの身体をぶつけます。
「ぎゃん!!」
叫び声がここまで聞こえてきました。
むちゃくちゃな倒し方に、やはりみんなの理解が及びません。
なんだ――?あの2人は…??!
魔物との戦いに慣れているはずの冒険者が呆気に取られていることから、あの倒し方は異常なのでしょう。しかも、調重量級の魔物を軽々と振り回し、殴り飛ばし、蹴り飛ばす。あの2人はどんな超人だ?!と思わずにはいられません。
気が付くと、冒険者だけでなく、街の守護兵や警備兵も何人かそこに来ていました。
誰しも、その有り得ないとしか言えない戦いに茫然としていました。リアークとテンコに文句を言ったウェイもその場に来ていましたが、他の者と同じように呆気に取られています。
「ぎゃうん!!」
テンコは最後のダイアウルフをぶっ飛ばしたところでした。
リアークはだいぶ前に戦闘を終了させ、テンコの戦いを座り込んでみていました。
そんな彼らの横で、何匹かのダイアウルフは森に逃げようと、ふらふらと走り出します。
「おい!!逃げるぞ!!」
誰かがそう叫んだ時です。
パチン!!
小さいにもかかわらず、その場に大きく響いた、その音は、テンコがいつの間にか取り出した懐中時計を閉じた音でした。
「…時間だ」
「はいは~い」
2人はよろよろと逃げるダイアウルフを放って、門に向かって歩き出します。
「おい!!仕留めないのか?!」
近くの冒険者が思わず叫びます。
「…仕事の時間はもう終わる」
「じゃ、じゃあ、俺たちが!!」
冒険者たちは瀕死のダイアウルフを仕留めるチャンスを逃したくないようでした。
「好きにするといいけど、門から出る許可証はないんでしょう?」
「え…?」
「許可証がないなら、君らがその門を超えたら、僕らの捕縛対象だよ」
「…あと5分は仕事の時間だ」
夜番の時間になる5分前には北門の扉が閉じられます。つまり、もう門を閉じる時間になっていました。
「そこを超えたら、攻撃するから、どうぞ~!」
並んで歩いて来ていた2人は、ぶんと棍棒を互いの方向にクロスさせるように降ろします。
動ける者はいませんでした。
今の戦闘を見て、いったい誰が動けるというのでしょう?ダイアウルフを殴り飛ばす人間を敵に回す?どんな無茶でしょう?
「はい、来ないなら、下がって下がって!閉門の時間だよ~」
リアークはしっしっと手を振ります。その場にいた人は、その、犬を追い払うような手振りに素直に下がっていきます。
門が閉ざされても、誰もその場から離れようとしません。襲撃が解決したのは、誰の眼にも明らかです。なのに、動けないのです。
「は~、疲れた、疲れた。お疲れさま、テンコ!」
「…」
頷くテンコにリアークは、ほほ笑むと、街の方向に歩き出そうとします。が、ぐっとテンコはリアークの腕を掴みます。
「テンコ?」
「…手を出せ。牙が当たって、血が出ているだろう?」
リアークはペロッと舌を出して、笑います。
「あ!ばれちゃった?さすがに臭いに敏感だね~。最初に殴った時に、刺さっちゃったんだよね~」
広げた手の甲には深々と刺さる牙がまだ残っていました。
「おお!意外に重症だった?!」
ぼたぼたと血が流れています。
「いたた!今頃になって、痛くなってきた…」
「宿舎に戻ったら手当してやる。引継ぎが先だ」
笑顔のまま、少し顔を顰めるリアークにテンコは、淡々としています。
アデルは、思わす焦ります。
「いや、すぐに治療した方が…」
言いかけて、気が付きます。
テンコが右脚を僅かに引きずっているのです。よく見ると、右膝下に不自然な衣服の破れが見えます。黒い制服に下にも黒いものを履いているから気付きませんでした。
「え~!テンコだって、右脚!爪が当たって、ひっかかれてたでしょ?結構深いんじゃないの~?」
「…かすり傷だ。それより、引継ぎだ」
夜番の所に行き、報告をする2人を誰もが見つめることしかできません。
「あ!これ!反省文か懲罰じゃない?!門から出ちゃったけど?!」
リアークは今更とも言えることに気付き、肩を落とします。
「はぁ~…。もう次からは、門に向かって来るヤツじゃなくて、門を超えたヤツだけ叩こうよ。いちいち、反省文とか…割に合わない…」
「…そうだな。次はそうしよう…」
その発言に、アデルは思い出します。
しまった!伝え忘れていた。しかし、2人はすでに、街の方へと歩き去っていました。




