注いだ油は喧嘩の予感
ドンドン!!
「開けてくれ!!」
「頼む!!早く…!!」
深夜の北門に悲痛な叫びが響きます。門の上から夜の門番…夜番は小さな窓から顔を出します。
「冒険者か?!待っていろ!今、予備門を開ける」
夜になると門は閉ざされ、門番は、門の上から、辺りを見回ることになっています。夜番の仕事は、森からくる外敵を見つけること、そして、森から逃げ帰ってきた冒険者を保護することです。夜開くことができるのは、正門の脇にある小さな扉だけです。
夜の担当者2人は急いで予備の門を開けます。扉を開いた瞬間!
むせ返るような血の匂い!
「怪我をしているのか?!急いで、医師のところへ…」
冒険者たちの様子を見て、口を噤んでしまいます。6名の冒険者パーティーは2人が血まみれでした。その2人の、1人は背負う者、もう1人は背負われる者。背負う者が血まみれなのは、背中に背負われている少年の血だと分かりました。他の者は、それぞれに沈痛な面持ちです。
「…教会へ…」
背負う者がぽつりと口にした言葉に、夜番の2人は手遅れを察します。仲間の身体をずっと背負ってきた彼には、どんどん冷たくなる少年に気付いていたのでしょう。
ここまでは走ってきたのでしょうが、街の中に入ると、その足取りは重く、一歩一歩引きずるように歩いていきました。
次の日、アデルは引き継ぎで、深夜の緊急開門の話を聞いて、驚愕します。
「…死んだ?」
まさか!あの少年か?!と、前日新人たちといざこざを起こした冒険者パーティーの少年を思い起こします。
「あぁ、今日はギルドに報告に行っているだろうな。まさか、あいつらのパーティーで死人が出るとは…。やはり、森は何が起こるか分からないな」
彼らの冒険者パーティーは、ハルファンドでも上位に入るものでした。今までに死人は出したこともなく、森にも何度も行っている、強者たちです。あの少年も若いけれど、かなりの上位の冒険者でした。にもかかわらず…。
アデルは前日にテンコが行くのをやめるように言っていたことを思い出します。
「…なぜ?」
テンコは彼を指さして、行かないほうがいいと言ったのです。なぜ?と疑問しか浮かびません。
彼らは、今日は昼番…。そう思い、アデルはあと数時間で来る彼らに、話を聞くことを決めたのでした。
「…へ~、死んだんだぁ」
「…」
アデルの話にリアークは興味もなさそうに、テンコは真顔で黙っていました。
「なぜ、あの冒険者に行くなって言ったんだ?」
「…別に…勘だ」
「その勘の根拠を知りたいんだが…」
テンコは少し視線を外して、考え込みます。
「…あいつは多分、怪我をしていた。血の臭い消しはしていたようだが、森の魔物は臭いに敏感だと聞く…」
「相変わらず、鼻が良すぎるねぇ。だから止めたのかぁ…。確かに、森に行くには、血の臭いをさせてちゃだめだよね」
頷くテンコにアデルは腑に落ちないものを感じていました。
「じゃあ、なぜそう言わなかったんだ?」
「…プロの冒険者があの血消しで十分と考えているなら、それ以上俺が言うことはない」
「あはは。確かに、森に行ったこともない僕らよりも森に詳しい冒険者がそう判断したのに、僕らが何か言ったところでって感じだよね」
だが、と口を開こうとした所に、パチンと音がします。懐中時計の蓋を閉めたテンコはアデルを置いて門に向かいます。
「行くぞ、時間だ…」
「はいは~い♪」
2人はまだ何かを言いたそうなアデルを置いてさっさと行ってしまいました。アデルは2人の後に続きながら、この件はこのまま終わらないだろうと、考えていました。
そして、そんな予測はすぐに当たることになります。
その日の夕方、あと少しで交代という時、3人は複数の冒険者に声をかけられます。
「…昨日、なぜあいつに行かないほうがいいなんて言ったんだ?!」
初めから、ややケンカ調で静かに責めるような物言いです。昨日のパーティーの仲間なのはすぐにわかりました。
アデルが2人を庇おうとしたとき、それよりも早く軽い口調が割って入ります。
「あれ~?何言ってんの?親切心で止めてあげただけなのに、そんなに責められる謂れはないと思うんだけどな~。それに、冒険者は基本、自己責任でしょ?認識が甘かっただけじゃない?」
リアークの煽るような言い方にアデルは、なに!油注いでんだ―――!!というツッコミを入れそうになりました。
「てっめ!!」
「落ち着け!テンコが止めた理由が知りたいだけだろう?昨日、彼から微かに血の臭いがしたからだそうだ。こいつらは冒険者でもなければ、森に行ったこともない。お前らがあの血消しで大丈夫と考えているのに、それに口を出せるほどの知識はない。聞いた通り、止めたのはせめてもの優しさだ」
アデルが早口で言った言葉を理解して、冒険者たちは視線を下に落とし、肩を落としました。
自己責任。そう言われる冒険者ですが、それですべてが納得できるものではありません。弟のようにかわいがっていた後輩の死…。なにが原因か、なぜこんなことになったのか、それを知りたいと思うのは、当然のことでしょう。止められなかった自分たちも含めて、忠告を聞けなかったことを後悔もしていました。
そして、そんな中に、またしても軽い口調が響きます。
「理解したらさっさとお帰りください~!仕事の邪魔だよ!!」
だから、ケンカを売るな!!そう言おうとリアークを振り返ったアデルもその言い方に腹が立ちリアークを睨んだ冒険者たちも、ぎくりと身体を硬直させます。
軽い口調とは裏腹にリアークは、視線を門の外に向けて、殺気すらもこもった厳しい眼で森の方向を睨んでいます。口元に笑みだけは浮かべていましたが、その笑みも普段の彼から言うと、かなり薄いものではありました。
「テンコ。先行するから、門を超えそうなやつを頼むね~」
器用に片手でぐるぐると棍棒を回します。が、そんなリアークをテンコは押しとどめます。
「いや…俺が行く」
「え~、なんでよ?!」
「…剣がないお前より、俺の方がマシだ」
そう言ったかと思うと、テンコはかなりの速度で走り出します。門の外へ!!
許可のないものが例え門番であろうと、北門より外に出るのは禁止されています。アデルの制止の声が虚しく響きましたが、テンコは構わず走り去っていきました。
「いってらっしゃ~い。こっちは任せてよ。取りこぼしても平気だよ~」
リアークはにこやかに手を振って送り出しました。アデルは思わずリアークを振り返ります。
「あいつは規定違反だぞ?!何をしにいったんだ?」
「…見て分からない?」
リアークが指さすのは、草原の方向。それでも、アデルには何の事だかわかりません。
「気配を感じるでしょ?」
「…え?」
それでも、アデルも冒険者たちも首を傾げるだけです。
「血の臭いを追ってきたのかな?ダイアウルフの気配だよ」
その名に、誰もが驚愕します。そして、草原に眼を凝らし、ようやく黒い点のような大きさの群れを感知できたのです。
最悪だ…と誰かが呟きます。森から出てこないことで有名な狼型の大型肉食系の魔物。それも、普通のダイアウルフとは違います。森で生まれ、森で育った、種族の中でも最強のもの…。
それが、まっすぐに街に向かっているのです。
その場にいた冒険者は、ある者はギルドに報告に、ある者は住人に知らせるために、それぞれが動き始めます。
アデルもまた、門番として緊急閉門しようと走ろうとして、足を止めます。
リアークが門を出たところにたっているからです。そこに立っていたら、上から降りてくる、緊急用の扉につぶされてしまう、そう思い、思わず怒鳴ります。
「そこにいるな!!門が降ろせない!!」
しかし―――。