忘れ物は何より大事
「今日からよろしくお願いしま~す♪」
「…」
明るい調子で挨拶をする白い髪のリアークと黙って頭を下げる黒い髪のテンコ。
リアークは興味深そうにその場にいた門兵を見渡し、目が合えばへらりと笑い、テンコは視線を門兵の足元に下ろし、目が合うことはありません。全く正反対な2人に、皆が興味津々です。
「あ~、みんな、知っていると思うが…白い方がリアーク。黒い方がテンコだ。仲良くしてやってくれ。通常は2人勤務だが、しばらくは新人2人を含めた3人勤務にしているから、仕事を教えてやってくれ」
さっそくの勤務でしたが、2人に気負いは見られませんでした。
「2人は同郷と聞いたが…?」
門に向かいながら、2人をしばらく受け持つことになったアデルは尋ねます。
「あ!そうなんだよね~!腐れ縁てやつ?」
…敬語はどこにいった!と、先輩門番は心でツッコミを入れました。
そう思った瞬間、リアークの頭がスパン!と叩かれます。予備動作もない急な攻撃に、アデルは驚いて足を止めます。しかも、かなりの勢いで叩かれたリアークは、全く体勢も崩すことはありませんでした。
殴った犯人は、テンコです。
「…敬語は?」
「え~!いいじゃん!」
テンコはじろっとリアークを睨んで、ため息をつきます。
「行くぞ…」
「はいは~い」
アデルはそんな2人に呆気に取られるばかりでした。
門に着くと、リアークは門を仰け反るように見上げています。
「すっご!すっっご!!おっきいねぇ…!!馬鹿みたいにあっついねぇ!!」
バカみたい…?アデルはむっとします。
彼らの担当するその門は南門に比べると小さなものでした。北に位置するこの門は、もともと堅固な城塞都市にふさわしいくらいの造りで、前に立つと圧倒されるほどの構えです。
なにより、幾度となく森から来た魔物に攻撃されてきたその門は、何度も内側を改修され、より強固により頑強に造り替えられていきました。
だからこそ、まるで、トンネルのような門の厚さがあるのです。
森の魔物は他の地域に現れる同じ種の魔物よりも、何倍も強力です。
何度も何度もの攻撃と数えきれない悲劇…その結果がこの門の厚さなのです。
実際、アデルの先輩も後輩も、何人も犠牲になりました。それなのに…。
「バカみたい…?」
アデルは自分でも冷たい声が出たと理解していました。たかだか、新人の言うことに、いちいち腹を立てるのも大人げないとは分かっています。しかし、ばかにしたような言いように、じりじりと胸の奥が焼け付くような怒りが抑えられません。
「どれだけ自信があるのかは知らないが…ここではそんなものは役に立たないぞ…。森の魔物相手には…どんな強さも意味はない…」
怒りを抑えたような殺気を込めた口調にもリアークはまるで変わりません。
「え~!僕は強くないも~ん」
きゃらきゃらと笑うリアークに普段怒ることさえ珍しいアデルは今にも剣を抜きそうな殺気を放ちます。それでも、リアークはにこにこ笑っています。
「…時間だ」
ぱちん!と持っていた銀色の懐中時計を閉じて、テンコがぼそっと言います。
「リアーク、仕事の時間だ」
「は~い」
リアークはそう言われた瞬間、向き合っていたアデルを置いて、門に向かいます。
彼らは、厚い門の中ほどに向かい合って立ちます。その場所が、門番の定位置でした。
出口に向かって、右にリアーク。左にテンコ。
あまりに慣れた風な彼らの様子に、アデルは訝しみます。
「…なんだか慣れた様子だな?」
「勝負に負けたんだよ~」
「は?」
質問に対する答えではない答えにアデルは思わず、聞き返します。
「僕もあっちがよかったのに、テンコに負けちゃったんだよ…。もう!棒術じゃなくて、剣だったら負けなかったのに!!」
リアークはちょっと不貞腐れた顔でテンコの立つ方を指さします。
なるほど…!とアデルは得心がいったようでした。どうやら、2人はどちらに立つかを棒術で決めたようです。慣れた様子なのではなく、あらかじめどこに立つかを決めていたのでしょう。
門番は、武器に剣はもちろんですが、手には常に背の高さよりも少し長い棍棒を持っています。その他に、暗器を持っている者もいますし、弓を持っている者もいます。得意な武器を持つのですが、リアークもテンコも手に持つ棍棒しか持っていません。
「剣は持たなくてよかったのか?」
「それがね~。王都の研修所からハルファンドに来る途中、宿舎に忘れ物をしたことに気付いて、テンコとどっちが取りに行くかを剣で勝負したら、2人とも根元からばっきり!!」
「…どっちが取りに行ったんだ?」
すいっとテンコが手を挙げたのを見て、アデルは頷きます。剣はリアーク、棒術はテンコの方が強いのか、と。
「で、ちなみに忘れたのは何だったんだ?」
制服か?靴か?財布ってことはないだろう?
「…門番の任命書」
無口なテンコがそれだけをぼそっと言うと、アデルは思わず呆気に取られてしまいました。一番と言ってもいいくらい重要な、王印も入った正式な任命書。再発行も再交付もできない書類です。むしろ、財布を忘れるよりも一大事です。
んなもん、忘れんなよ!!
そんなアデルの叫びがお昼前の門周辺に響いたとか響かなかったとか…。
「これがギルド発行の森に行くための許可証か~」
リアークは感心したように、羊皮紙の許可証を見ています。
「ほら、こっちのギルドからもらったリストと確認しろ。発行番号とギルドの登録証と番号が合っているかも確認しろよ」
「はいは~い」
リアークが確認している間にテンコはじっと冒険者の顔を見ていました。
「…そこのあんた」
テンコは一人の冒険者を指さします。
「え…?おれ?」
差された方は慌てて返事をします。まだ若い剣士の少年です。
「…たぶん行かないほうがいい」
「え?なんで?」
「何言ってんだ?テンコ」
急な物言いに冒険者たちもアデルも唖然とします。
「あ!じゃあ、君は行かないほうがいいよ~!」
確認が終わったらしいリアークはいつの間にか二人の近くまで来ていました。
「なに言ってんだ?!許可だって下りているし、こいつは俺らのパーティーの一員だ!理由も言わずにそんなの納得できるか!!」
「落ち着け!通行許可は出す!
お前ら二人も、ちゃんと仕事しろ!!」
リーダーらしき男は新人二人に食って掛かろうとします。その間に入って、アデルは取り成そうとします。
「…しらないからね~!」
テンコはもう興味がないのか定位置に戻って同じように立っていました。リアークはそれだけ言い捨てると、テンコの正面に戻ります。アデルは、やれやれ、とんだ問題児が来たものだ、と大きなため息です。
意味が分からない冒険者たちは少し腹を立てつつ、森へと向かって歩いていきました。
意味が分かったのは、その深夜のことでした。