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僕らは戻ってきた美紅と3人で卓袱台を囲んで座っていた。
「それじゃあ、僕の超能力であるテレポートについて二人に説明したいと思うんだけどいいかな」
「おう」
「いいわよ」
「うん。まずテレポートするにはなんだけど、飛ばす場所を決定⇒飛ばす物を決定⇒飛ばす、っていう三段階あるんだ。飛ばす場所の決定にはやり方が二種類あって、僕は座標指定型と想像型って呼んでる。
座標指定型っていうのは、僕の目で物を見たり視覚情報から場所を推測したりしてそれの場所を把握して、頭の中で座標を決定する方法。これはさっき紙を飛ばしたやり方だね。これはちょっと難しくてね、空間的な座標を設定しなくちゃいけなら、時間がかかるし、少しでも多く情報がほしいから目を見開く必要がある。でも難しい分、場所の細かい指定ができるから重宝してるんだ」
「はい、比嘉先生質問!」
「どうぞ、渡井くん」
「その座標指定型っていうのは、時間がかかるって、具体的にはどれくらい時間がかかるんですか?」
「いい質問です」
僕はそこでピンと2本指を立てた。
「これまで測ってみた時で平均は2秒です。ですがこれは練習によって短くすることが可能なので、先生はこれから頑張って練習したいと思います。壮太君と未来さんにはこれからその時間の間守っていただきたい、お願いできるだろうか?」
「おう、任せろ」
「任せなさい」
二人とも自信満々な表情で、とても頼もしかった。
「ありがとう。じゃあ次は想像型なんだけどこれは簡単で、僕の記憶に残っている場所を指定するやり方。これはさっきカビゴンの前の通りに行くとき使った方法で、カビゴンに直に飛べなかったのは、僕が行ったことがなかったからなんだ」
「先生先生、質問!」
「どうぞ、渋谷さん」
「その想像型ってどのくらいの距離まで飛べるんですか?」
「いい質問ですね、渋谷さん。今のところ僕が覚えているところで、飛べないところはありません。僕は外国にはアメリカとフランスとロシアに行ったことがあるのですが、今すぐに飛んでいくことも可能です」
「それは凄いわね、いつか行ってみたかったのよ、フランス。今度連れて行ってちょうだい」
「いいけど多分今はアイツらお出迎えしてくれると思うよ」
「うえ、やっぱり今度でいいわ」
「それじゃあ話を戻して、次に飛ばす物の決定に関する説明ね。これにもまた二つ方法があって、僕は接触型と空間型って呼んでる。
接触型はさっきから二人と一緒に飛んでるやり方で、ただ単純に触ればいい。でもただ触ってるだけじゃ服だけ飛ばしちゃったりとするから、何を飛ばすかをちゃんと認識してなきゃいけないけどね。
で空間型はさっきの座標指定型の応用だからすごく難しい。使おうとすると大きさにかかわらず15秒から25秒はかかるから、これは戦闘中とかにはあんまり使えない。壮太にはいざとなったら、この家ごと飛ばせるって言ったでしょ? それはこの方法を使うんだ」
「はいはい先生!」
「どうぞ渡井君」
「よくわかりません!」
「だよね~」
「これ説明するのすっごい面倒くさいんだよね~。はぁ、じゃあ原理から説明すると、さっき座標指定の応用って言った通り、これは座標指定を8つ同時に使った方法なんだ。
座標を8つ使って角を指定して立方体を作る、それがこの空間型の基本構造。
ただでさえ時間のかかる座標指定を8つ同時に使わなきゃいけないからたくさん時間が必要ってわけ。それでこの空間型の欠点は時間がかかることともう一つあって、それは形は立方体でしか切り取れないってことなんだ。
簡単に言えば、今僕たちの真ん中にアイツらがいたとしても、ソイツだけを除いて僕らだけを、触らずに飛ばすのは無理ってこと。もしそれをやろうとすると座標指定の数が一気に16個になっちゃうから、僕の情報処理能力が追い付かないんだ。
因みに平行四辺形の立体とか、三角錐とかも無理。昔から立方体でしか練習したことないから使えない。でももしかしたら座標指定数8個以下だったら、練習すればできるようになるかもしれない。ふう、説明終わり。何か質問ある人」
「なんか長すぎてよくわからんかったけど、要はその空間型っていうのは、発動するために時間がいるから気を付けろ、ってことなんだろ?」
「うん、もう、それでいいや。間違ってないし」
「私はなんとなくわかったけど、一つ聞きたいのは、なんでそんなめんどくさい方法で家を飛ばさなくちゃいけないのかってことよ。普通に外から触って飛ばせばいいじゃない」
「確かにな」
「それができないんだ。何でかっていうと家は地面に繋がっているから。ほら、家の基礎ってきっちりと土に固定されるでしょ? だから触って飛ばす方法だとどこまで飛ばしていいかわからなくて、何を飛ばすのかが明確に認識できないんだ。
見えてる部分だけ飛ばそうとすると、家なんてすぐに壊れちゃうしね。だから座標指定型で大体ここらへんかなっていう土の中の座標も設定して基礎とつながってる土の部分も一緒に飛ばさなくちゃいけないってこと。これでわかると思うんだけど、基本的に僕の能力じゃ、地面とか建物とかとつながっていて、固定されているものっていうのは、空間型でしか飛ばせないんだ」
「へ~、一口にテレポートって言っても、いろいろと難しいのね」
「ほんとにね。まぁ、ここまでの二つの工程が終ってやっと、飛ばすことができるってわけ。じゃあ終わったし、とりあえずジュース入れてくるよ。二人とも何がいい?」
「俺はドクペで」
「私はレットブルー」
「ねぇよ」
ここで僕の長い長い説明会は終わりとなった。
***
朝が来た。この滅びかけている世界をあざ笑うかのような、雲1つない碧空をにらむように見て、僕は視線を下へと動かす。そこにはつい昨日まで人だった者たちが、秩序のない行進を繰り広げていた。ベランダから見えるこの景色一つで、今日の世界は昨日の世界と決定的に変わってしまったことが分かってしまう。
六階建てのマンションの最上階に住む僕は、毎朝ベランダに出て外の景色を見ながら歯を磨くことが習慣だったが、これからは家で磨くことになりそうだ。学校も一応見えてはいるがせいぜい校舎が倒壊していないことくらいしかわからない。
遠目からアイツらを観察していると後ろから、にゅ、と白い手が伸びてきて、僕のほっぺたをひっぱった。
「なーに一人で朝から黄昏れてんのよ」
「ほっといてよ」
「なんで変なしゃべり方にならないのよ、つまらないじゃない!」
「そうならない言葉を選んだからだよ」
「なによ、ホントつまらないやつね」
後ろを向くと、僕のブルーのTシャツを着て、目を眠そうに細めている美紅がいた。朝陽をはらみ、たなびく金髪は束ねられておらず、なにか新鮮な感じがした。なんで女性というのは髪の毛一つでこうも印象が変わるのだろうとつくづく思う。
僕は早くも脈動を速め始めた心臓の鼓動を抑え込みながら、ポーカーフェイスを取り繕ってそのまま目を見開き見つめる。
「な、なによ?」
「別に。ただ」
そう言って美紅の目に素早く僕の手をかぶせて視界を奪うと、美紅の真後ろにテレポートで飛び、そのまま美紅のほっぺたを引っ張った。
「にゃにひゅんのにょ!」
「聞こえないなー、なんて言ってるのかわからないなー」
「わかってるでひょ、ひぇんたい!」
「みえないー、しらないー、きこえないー」
「ころひゅ!」
「ははは~」
そろそろ指にでも噛みついてきそうだったので、手を放す。すると美紅はこちらに怒りと羞恥で上気した顔を向けると、また僕の頬に手を伸ばしてきた。僕はそれを確認していた座標、また美紅の真後ろに飛んで回避する。
すると美紅は勢い余って止まれずに、バランスを崩して倒れ始めた。その金髪のたなびく頭の先にはガラス戸。
「危ないっ!」
僕は咄嗟に前に飛び出し後ろから美紅の体を両腕でつかむと、重心を何とか後ろに傾けて横転を回避した。
図らずとも僕が後ろから渋谷さんに抱きついている格好となった。
時が止まる。
こういうときに限って美紅は黙る。
叫んで突き飛ばして罵倒してくれれば、まだ楽なんだけど。
普通に耳を真っ赤にしている。
その後なんとなく二人で気まずいまま、家の中に戻った。