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「さっきのことは忘れなさい今すぐに早急に跡形もなく記憶から消し去りなさい!」
そう渋谷さんは早口でまくしたてた。もとから強気なタイプは一回素が割れると怖さが半減する気がする。あんまり怖くはなかった。けれど反論すると面倒なので素直にうなずいておく。
それにしても渋谷さんは綺麗だ。床に座る僕の前で仁王立ちする渋谷さんを、見上げながらしみじみそう思った。
「白ティーに黒短パンなのに」
「いやあのシンプルな恰好だからこそイイんじゃないか、ミツル君よ」
「確かに、そうかもしんない」
「なーに気持ち悪いこと言ってんのよっ、変態ども!」
どうやら完全にキャラを取り戻したらしい。元に戻っている。でもなぜか憎らしさはみじんも感じられない。むしろ心地いい。あれ? 変態って言われているのに心地いいって、僕ってマゾ?
「やばい、どうしよう渡井。僕、新たな性癖に目覚めたかも」
「やめろ、俺も否定できないから」
「だ、か、ら、気持ち悪いこと言うな! 変態ども!」
「大丈夫だよ、渋谷さん。素質あると思うよ」
「そんな才能いらないわよ!」
キャー。という冗談はさておいて、さっき渡会と話し合ったことを渋谷さんに伝えた。真剣な顔で何やらうなずきながら聞いていた。
「よ、要は今ものすごく危ない状況で、生き残るためにはいろいろとやらなくちゃいけない、ってことよね?」
「うん、まぁ、だいたいそんな感じ」
よし、3人揃って状況を把握したところでまず聞いておかなければならいことがある。僕はまじめな表情を作って二人の顔を見た。
「いきなりだけどさ、まずハッキリさせたいんだ。僕たちがこれからも一緒に行動するのかどうか」
いざというときに仲間割れしたら目も当てられない。別れるにしても早いほうが寂しさは小さいし。
「俺はミツルについて行くぜ。助けてもらった恩を返さないといけないしな」
即答、そして渡井らしい答えだった。渋谷さんも何かを決意したような顔でこちらを見た。
「私もあなたについていくわ。多分私は一人でいてもすぐに死んじゃう。力弱いし、運動もそんなに得意じゃないし。でも勉強だったら得意だから頑張って働く、だ、だから着いて行かせてください」
頭を下げられてしまった。別についてきてくれるならそれに越したことはないんだけど。誤解させちゃっただろうか。というかキャラが違う。
「え、えっと、とりあえず渋谷さん顔をあげてください。頭下げなくても大丈夫だから」
「で、でも、私さっき学校ですごい失礼なこと言っちゃったから。それに命も助けてもらって、あ、ありがとう」
「わかった、分かったから、顔を上げてください」
さっきまであんなにツンケンしていたのに、いきなりしおらしくなるのは反則だと思う。顔を上げると渋谷さんは今にも泣きだしそうな表情をしていた。なんかとってもクる物がある。
「やばい、渡井。僕また新しい性癖に目覚めちゃいそう」
「だからやめろ、否定できない自分が悲しいから」
ツッコミが来ない。というかで会った時と態度が全く違う。もしかしたらこっちが素で、あれは頑張って虚勢を張っていただけなのかもしれない。
「え、えっとね、別に追い出したいわけじゃなくてね、むしろついてきてくれるなら大歓迎というか、なんというか。あーもうとりあえず、これからよろしくお願いします!」
頭を下げた。というか床に座っていたので土下座のような形になってしまった。すると何故か渋谷さんも同じ体勢になって頭を下げてきた。たっぷり10秒位経って、頭を上げると、そこには渋谷さんの顔が目の前にあって。
「ありがとう!」
と言ってふわっと笑った。
***
僕たちは生き残るべく行動を始めた。と言っても水をペットボトルに入れたり、部屋漁って必要なものを探したり、工作したり、ネット漁っているだけだけど。僕が水確保、部屋漁り係で渡井が武器工作係、そして渋谷さんがネット係だ。まず言っておかなければならないことがある。
「渋谷さん、パソコンのデータファイルはなるべく開かないでね?」
「お断りよ」
渋谷さんはもうすっかり平常運転だ。あれ? 今なんて言ったこの子?
「え、なんで!?」
「もう見ちゃったからよ」
「ノォォォオオオオオオオオ!」
「おい、ミツル、キャラ変わってるぞ」
「いいよもう。ほ、本当に見たの、冗談じゃなく?」
「バッチリよ、さすが変態ね、データフォルダが10個も20個もあって、全部巨乳モノって。しかもお姉さん、ロリ、熟女、とかご丁寧に分けてあるし、それまた二次元とリアル、画像と動画で分けてあるし。なんかもう逆に感心したわ」
にやにやしながら、こちらを見てそんなことをのたまう渋谷さん。
「
」
「おい、ミツル、戻ってこい。これは不幸な事故だったということにしとこうぜ。つうか渋谷もなんでわざわざ?」
「だって役立つ情報を保存しようとしたら、新しいフォルダって名前で10個も20個もデータフォルダがあるんだもの。開きたくなるじゃない!」
「そ、それは確かに? いやでも人のデータフォルダ勝手に開いたらダメだろ!」
「う、それは、まぁ、悪かったわよ。謝るわ」
そう言って、渋谷さんは放心している僕に向かって謝ってきた。最初と比べて態度が軟化した気がする。でも
「ふふふ、今度覚えてなよ」
「ち、ちゃんと謝ったじゃない!」
「渋谷さん、ごめんで済んだら警察はいらないんだよ? 楽しみだなぁ、今度渋谷さんの家に行ったら、思う存分漁らせてもらうよ。優等生の渋谷さんだし、人にはばかられるような物なんて何にもないもんね?」
そういって僕は下を向いたまま視線だけで、渋谷さんに暗い目を向けた。
「ひぅ、ま、まって、待って、謝るから」
「ふふふふふふふ、調べるところはいっぱいあるよ~、本棚の中にベッドの下に検索履歴まで。さてさて渋谷さんの好みは何だろうなぁ、アイドル? ショタ? それともオジサマ趣味かな? 腐女子本とかも出てきちゃったりして」
「いっ、そ、そんなことしたら通報するわよ!」
「そうだね~、この非常事態に来てくれればいいけどね~。楽しみだなぁ」
「だ、だからやめてってばぁ!」
「ミツル、お前真っ黒だな!」
「ふふふふふふふ」
後から思い返してみて、渋谷さんはイジられキャラだったのか、と驚愕した。