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その後、渋谷さんが出てくるまで渡井と今後のことについて話し合った。いったい何が起こったのか、今はどういう状況なのか、何をしなければならないのか、そして襲ってきたアイツらはいったい何なのか。
「やっぱり、ゾンビ?」
「だな、今思い出すとあの姿は、その名前が一番しっくりくる」
「うん。じゃあ、とりあえずアイツがよく映画とか小説に出てくるゾンビだと仮定して話を続けよう。それでこれからどうしたらいいと思う?」
そう聞くと渡井は首を振った。
「わからん、サッパリわからん。よく考えてみれば、何だアレは! 何で人が人を食っている!? どうなっちまったんだ、日本は!」
渡井は徐々に震えだし、顔を赤くして勢いよく立ちあがりながら言った。どうやらまだ少し感情の整理がついてないみたいだ。
「まぁ、まぁ、落ち着いて」
「ぁあ、そうだな、あぁ、うん、その通りだ。すまん、取り乱した」
そう言うと渡井はへたり込むように床に座った。
「しょうがないさ。むしろ普通にしているほうがおかしいんだ」
「すまん、話を戻そう。あぁ、テレビを見る限り、学校と同じようなことが日本中で起こっているらしいな」
「うん。問題はこの状況がいつまで続くかだと思う」
「確かにな。すぐに終わるなら何の問題もないしな、引きこもっていれば済むことだ。けどもしアイツが本当にテレビに出てくるようなゾンビなら、そうはならないんだろうな」
「うん。日本崩壊なんてこともあり得る。だから僕は最悪の事態を想定して行動したい」
「ミツルの言う最悪の事態って?」
「アイツらどんどん増えて行って、自衛隊も負けて、政府機能が崩壊して、外国も同じような状況になって、永遠に助けが来ない場合」
「ハハっ、確かにそりゃ最悪だ。でもまぁ、そうなる可能性だってあるんだよな」
「多分ね」
「なら俺もミツルの意見に賛成だ。じゃあこれから何をしなきゃいけないかを話し合おうか」
「うん」
その後渋谷さんが出てくるまで話し合った。結果、出た結論は
・水の確保(とりあえず量を確保する)
・武器の確保(工作や僕のテレポート能力を使う)
・逃走手段の確保(バイクや車などのテレポート以外の手段)
・知識の確保(ネットが機能するうちにできるだけ仕入れる)
・アイツらの研究(何に反応して、どのようにすると死ぬか、など)
・食料の確保(近隣のスーパーやコンビニを荒らす)
・安全な場所の確保(アイツらが簡単に入ってこれない場所)
「こんなもんか」
「そうだね。って言っても、逃走手段についてはあんまり心配いらないと思う。いざとなったら、この家ごとどっかに飛ばせるし」
「おお、それは頼もしいけど、なんか反則くさいな」
「だね、でも生き残るためなら出し惜しみはなしだよ」
「おう、頼むぞ」
そんな風に話していると、風呂場のほうからなんだかダンダンと何かを叩く音が聞こえてきた。顔を向けると、脱衣所から渋谷さんが首から上を出して、こちらを睨んでいる。
「どうした?」
と渡井が声をかけるも、顔を赤くして、こちらを睨むばかりだ。なんだろう、風呂の次はやっぱりトイレだろうか。そう聞いてみると
「違うわよ変態! 服、服がないのよ!」
確かに制服は濡れちゃっただろうしなぁ、気が利かなくて申し訳ない。そんなわけで、僕の服を何着か持って行った。今度返してもらったら家宝にしようと思う。家族いないけど。
ガサゴソと服をあさる音と衣擦れ音がした後、だぼだぼの白いTシャツと、これまただぼだぼな黒い短パンに身を包んで風呂場から出てきた。
そんな恰好なのに渋谷さんは綺麗だった。風呂上がりのためか、Tシャツと短パンからのびる白くしなやかな肢体は微妙に上気していて、なんというかエロい。胸のふくらみも相まって僕たち健康な高校生男子には目の毒だった。
金色にたなびく髪は俗にいうポニーテールという髪型にまとめられていてよく似合っている。
「ふぅー、いいお湯だったわ。ねえ牛乳ある?」
「あ、あるよ、冷蔵庫に」
「そう、貰うわよ。ってちょっと少ないわね。全部飲んじゃっていいかしら?」
「うんどうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
そういうと渋谷さんは左手を腰に当てて上体を少し反らし、牛乳パックに直接口をつけてごくごくと飲みだしてしまった。学年1の美少女にあるまじきその姿に固まっていると、渋谷さんの唇からつー、と白い一筋の線ができ始めて、それはあろうことか顎を伝って胸元にたれだした。
「っっっ!」
左手を腰にやり少し上体を反らしているせいでただでさえ胸元が強調されているのに、ぽたりぽたりとしたたり落ちる牛乳はその胸の形を少しづつ露わにしていった。
隣でごくり、と唾をのむ音が聞こえたが、その気持ちはわかる。あれはマズい、僕たちには毒だ。
「ぷは~、うんおいしかったわ、やっぱり風呂上りはこれよね。って何で二人して固まっているのよ?」
「う、うん、別に固まってないよ? よし渡井、会議の続きをしようか」
「お、おうそうだな」
「どうしたのよ、二人して変よ?」
そう言って渋谷さんはこちらに胸元を拭かないまま近寄っくる。透けてる、透けてしまっている。僕は渡井に必死に目でエマージェンシーコールを出した。
しかし渡井は目をつむって固まっている。
「俺ちょっとトイレに」
渡井は逃走した!
「ねえどうしたのよ?」
渋谷さんはそう言って僕の肩に手をつき揺さぶってきた。それと一緒に僕の前で揺れるアレ。やばい、鼻血でる。だめだがまんしろ歯を食いしばれ。
ふー、落ち着け僕。クールになるんだ。そうだ、こんなものただの脂肪の塊じゃあないか。なにもそんなに取り乱すことは、
「ねー、なんか言いなさいよっ」
揺らすな! 今揺らしたら僕の鼻が決壊する!
「ひっひっふー、ひっひっふー」
「なんで急にラマーズ呼吸法!?」
「き、気にしないでっ、持病の発作だから」
「えっ、大丈夫なの!?」
「だ、大丈夫。大丈夫だよっ」
全然大丈夫じゃない。死ぬ。いやもう死んでもいいんじゃないか、天国は僕の目の前にどこまでも広がっている。
「そ、そう? でも顔も赤いしすごい苦しそうよ?」
完璧にあなたのせいです。早くここを脱出しなければっ。そう考えていると洗面所からジャー、と水の流れる音が聞こえて来た。おそらく渡井だ、よし。
「ねえ渋谷さん、そんなことよりもなんか髪変だけど大丈夫?」
「うそっ、ちょっと直してくるわ!」
言うが早くドタドタと洗面所に走って行った。
すぐに渋谷さんの悲鳴と、鈍い音と、何かが崩れる音が聞こえた。ふ~、いい仕事したなぁ。返ってくる前に滴りだした鼻血を拭いておかなければ。