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超能力者から学ぶゾンビの倒し方  作者: 風切ツバメ
第1章: 夜明け頃
2/22

<2>

 目を開けると、そこは見慣れた僕の家だった。一瞬、状況を確認してため息をつく。残りの二人は相当混乱しているようだけど、どうせ今言っても何も通じないだろうし、とりあえず冷蔵庫を開けてジンジャーエールを取り出して、ラッパ飲み。


「うまい」


 生還の水だ。まずいわけがない。僕はもうほとんどいつも通りなくらいには落ち着いていた。喉元過ぎれば熱さを忘れる、の典型だ。よく言えば切り替えが早い。この性格は昔からだ。

 二人を見てみると、まだ放心状態だ。あ、渡井がキョロキョロしだした。我が物顔でジュースを飲んでいる僕を見て驚いている。


「お、おい、ミツル、ここどこだ?」

「僕の家だよ」


 それはもう隠してもしょうがない。どうせすぐバレる。

 渡井はまた言葉を失っているようだったから、僕はとりあえずテレビをつけた。


「えー、現在お台場では、突然人が人を襲うようになるという謎の現象が多発しており、大変危険な状況で、近隣住民の皆様はくれぐれも外に出ないように」

 

 ピッ


「新宿からお伝えしております! 逃げてきた方々の話によると、突然何人かが周りの人間に襲いかかり、そこからそのような方々が加速度的に増えていったらしく、新種の病原菌ではないか、という見方が広まっています。現在外は、大変危険な状況です。くれぐれも外出を控え、キ、キャアー、助け、助けてぇー! ヴー」


 ピッ


「現在日本全国で突然人が人に襲うようになる、というケースが多発しています。くれぐれも外出は控えてください。屋外にいらっしゃる方は、くれぐれも落ち着いて、すぐに最寄りの避難所にお向かいください」


 どこの番組でも同じことを流しているのに、どの局も市街地の映像などはまったく流していない。おそらく報道規制がかかっているのだろう。もしかすると学校と同じようなことが日本中で起こっているのかもしれない。バイオテロだろうか、アメリカや中国、ロシアなどの大国はどうなっているのだろうか。


「まぁ、知ってもどうにもできないけどね」


 要は心の持ちようだ。そこらへんの大国が無事なら事態の収拾の目途は立つ。


 それよりも今はテレポートのことをどう二人に説明するかのほうが重要だ。非常事態のようだし、正直に話しても問題はない。問題は信じてもらえるかということだ。


 考えても仕方がないから、僕はコップを二つ取り出すと、ジンジャーエールを注ぎ二人の前に差し出した。二人ともおっかなびっくりにそれを受け取ると顔を上げた。


「な、なぁミツル、俺たちさっき気のせいじゃなければ学校にいたよな?」


 隣で渋谷さんもコクコクと頷いている。僕は正直に答えた。


「うん、居たね」

「もう一度聞くけど、ここはどこだ?」

「僕の家だね」

「なんで?」

「テレポート」

「は?」

「テレポート、日本語だと瞬間移動。僕、超能力者」

「は?」

「僕、超能力者」


 ここから何とか信じてもらうまで、30分ほど時間を要した。




 ***




「ええっと、要はアレに襲われそうだったから、テレポート能力を使って自分の家まで俺たちを連れて逃げた、とそういうことか?」

「うん、だいたいそんな感じ」

「信じられない」

 

 信じてもらえてなかった。まぁ、そりゃそうか。


「到底信じられることじゃない。けど、確かにさっきまで俺たちは学校にいて、今はお前の家にいる。信じるしかないわな」

「うん、まぁ、そんなかんじで」


 何とか飲み込んでもらえたようだ。それはそうとして、さっきから渋谷さんが全く話していない。フローリングの床に女の子座りでへたり込んですこし震えている。しかもなぜか顔が真っ赤だ。美少女、しかも金髪が顔を赤く染めていると目立つ。

 

 僕はしゃがんで下から渋谷さんの顔をのぞいてみた。目はギュッと閉じられていて、口も何かを我慢するように閉じられていて、唇にしわが寄っている。要は眼福だった。しかし何だか臭う。これは、アンモニア臭?


「あ~、うん、仕方ない、仕方ないよ、お風呂は玄関の横にあるから」


 おそらく極度の緊張状態から急に安心したためにいろんな筋肉がゆるんでしまったのだろう。僕は玄関からすぐのところにある左のドアを指をさしてあげた。さっきまであんなに憎らしかったのに、今はとてもかわいく見える。不思議だ。

 その声で僕が目の前にいることに気付いたようだ。渋谷さんは顔を上げて僕の顔と、自分の太ももあたりを交互に見ている。顔は耳まで真っ赤で、目を驚愕に見開き、口はあわあわしている。気の強そうな目を涙で潤ませながら、その桜色の唇がかすかに動いた。


「へ」


 視線は学校の時のような強気なものではなく、どこか怯えが混じっている。その上唇を少し震えさせて絞り出すようにして出された声は、その声の力のなさからも、悲鳴の前兆のように思えた。


「えっと、どうし」


 なるべく怯えさせないように、「どうしたの?」と努めて笑顔を作り聞こうとしたが、渋谷さんは僕に怯えるほど女々しくはなかった。


「変態っっ!」


 ゴンッ、という鈍い音が聞こえたと思ったら、僕の視界は一回白くなり、少し体が浮く。そして背中がマンションのフローリングに叩きつけられ、肺の空気が押し出されるような感覚と共に、脳に顎から鈍い痛みがじんわりと伝えられる。僕はここでようやく、ああ殴られたんだな、と理解した。


 後から渡井から聞いた話だと、固められた渋谷さんの拳は、清々しいほどに迷いなく僕の顎に叩き込まれたらしい。とても綺麗なアッパーだったとか。

 

 横たわる僕の耳元に、誰かが廊下を乱暴に走る音が伝わってくる。おそらく渋谷さんが風呂に走っていったのだろう。


「ま、当たり前の結果だわな」


 渡会が苦笑しながら廊下を見て、僕に言った。


「うん、そうだね。僕もそう思う」


 鈍い痛みは当分引きそうにないけど、学校のときとの表情のギャップからか、少なくとも怒りは湧いてこなかった。


「それは、それとして、渡井。美少女のお漏らしって、何だかクるものがない?」

「激しく同意するが、ミツルはそんなこと言うキャラだったか?」

「確かに」


 非常事態で感情のタガが外れているのかもしれない。気分的には悪くない。


「よく見ると、そこにちょっと黄色い水たまりが」

「よし、俺が拭こう。雑巾をよこせ」

「いやいや僕が拭くから、渡井はそこで休んでなよ」


 結局仲良く、から拭きして、水拭きした。



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