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超能力者から学ぶゾンビの倒し方  作者: 風切ツバメ
第1章: 夜明け頃
1/22

<1>

 午後3時、学校。

 南側教室、2階、日当たりよし。

 僕の通う田舎の公立高校は今日も平和だ。


「眠い」

 

 授業はいつも通り退屈であくびがでる。

 いい感じの陽が背中にあたってポカポカとして気持ちいい。このまま机に突っ伏して、寝てしまおうか。


「おーいミツル、暇だからなんか手品やってくれよ」


 やることがなかったのは僕だけではなかったらしい。隣の席から渡井壮太が顔をにやにやさせながら、小声で声をかけてきた。ちなみに茶髪、ちなみにイケメン、ちなみに剣道部主将なザ・リア充野郎だ。滅びればいいのに。

 といっても暇なので、やってやる。


 僕の超能力はクラスではマジックとして人気だ。


「それじゃ、五百円玉かして」

「おう、ちょっと待てよ」


 渡井は財布から500円玉を取り出した。


「発行年とか汚れの特徴とか覚えてわかるようにして」

「平成14年発行、裏面に黒い点」


 借りた五百円玉を右手に握る。


「よし、では渡井助手、カウントダウンを」

「了解しました比嘉教授、では、5、4、2、1、0」


 カウントダウンが終わるところで僕は右手のそれを、何食わぬ顔でに転移させた。

 タイムラグはない。

 もともとそこにあったかのように、500円玉は渡井の胸ポケットに入っているだろう。


「では胸ポケットを見てみなさい、渡井助手」

「はい、比嘉教授っと、おお! やっぱすげえな、お前の手品!」

「まあ、特技だから」

「今度やり方教えてくれよ」


 そう言って渡井は笑った。

 

 残念だが、教えることはできそうにない。




 ***




 突然だが、僕、比嘉充は超能力者だ。ちなみに充はみつると読む。


 この能力を得たのは小学三年生の時、その日はいつも通り学校を終え、共働きの両親を学童保育で待っていた。しかしいつまでたっても迎えが来ず、携帯も家の電話も通じなかった。俺の母親はそのときはパートの仕事が午後5時に終わり、家に帰ってから6時には迎えに来ていたため、7時を回った時分、さすがに怪しいと思った先生は、俺を連れて連絡の取れない家へと向かった。


 その後のことはよく覚えていない。


 床に広がる赤黒い色、形容できないような表情で何かを振り回す男。覚えているのはせいぜいそんな断片的なものだけだ。のちに警察によって、なぜか自宅から300メートル以上も離れた公園の隅で、自分のものではない血で全身を濡らして発見された僕は、その後親戚の家を転々とし、最終的に孤児院に預けられた。16歳になった今では立派に独り暮らしをしている。その事件で警察は僕が走って男から逃げたと結論付けたようだが、僕はその時に超能力が発現したと考えている。


 渡井と食堂に向かって廊下を歩いていると、なんだか周りがざわざわとうるさいことに気が付いた。顔を上げると僕たちの前に人がいない道が一本廊下にできていて、その先には目を見張るような美貌を持つ一人の女の子がこちらに向けて歩いて来ている。僕は興味のないふりをしてすぐに視線を戻すと、そのまま歩く。


「誰?」

「2年5組の渋谷美紅だ、学年1の美少女で有名な女子でこの前、バスケ部キャプテンの六道を振ったらしい」

「お~、すごいね」


 話している間に渋谷さんとの距離は近づいて、もう2メートルもないけど、僕たちも渋谷さんも退く気配がない。なぜだろう。


「んでもう一つ有名、というか気をつけなきゃいけないのが」


 渡井のセリフの途中で渋谷さんは上履きをキュッ、と音を立てて急停止し、その形のいい眉を歪めてこちらに向けてまっすぐと言い放った。


「退きなさい、邪魔よ」


 どこまでも傲岸不遜に、目の前にいる僕たちを一刀両断した。それを見て渡会は一旦首をこちらに向けると続ける。

 

「すっごい高飛車だってこと」

「あ~」


 よく見ると本当に綺麗だ。少し吊り上がっている眼が勝気な印象を見た者に与えて、スッと通った鼻梁に桜色の唇は、可愛いという印象を男に与える。そんな顔に金髪が絶妙にマッチしていて、きれいすぎて、こちらが立ちろぎそうだ。じっと見ていると、渋谷さんが口を開いた。


「何コソコソ話してんのよ、早く退きなさい」

「何で? 同級生なんだしどっちが退いてもいいんじゃない?」


 外見は外見、性格は性格だ。僕はこういうタイプは苦手だし、嫌いだ。孤児院にもこういう奴がいた。いつでも上から目線で、心底いやな奴だった。こういうタイプは一度へりくだると、完璧にこちらを下に見るから、引けない。


「じゃああなた達が退きなさい」

「やだね、そっちが退けば?」

「ま、まぁ、そこらへんに」

「ちょっと黙って(なさい)!」

「はい」


「早くそこを退いて、五秒以内に私の視界から消えなさい」

「そっちが素早くそこを退いて、3秒以内に僕の視界から消えてくれるんだったらいいよ」

「退きなさい」

「いやだ」

「退け」

「断る」


 不毛な水掛け論で、渋谷さんは今にも、うー、と唸りだしそうだ。多分、僕も渋谷さんみたいにかわいい顔ではないが、同じような表情をしているだろう。


「そもそもなんであらかじめ道を開けておかないのかしら? 回り見えないの?」

「自分の頭で考えなさいって先生に言われて育てられたから。付和雷同はよくないと思うんだ」

「人のせいにするのね? さすがヘラッとした顔だけあって、捻くれているわね」

「僕は確かに捻くれているけど、君も相当だと思うよ」

「おい、二人とも、そこらへんに」

「黙って(なさい)!」


 そこでまた渋谷さんが口を開こうとして


「いいから! そこらへんにしておけっ!」


 渡井の絶叫によって遮られた。




 ***




 一瞬誰が叫んだかわからなかった。渡井普段から温厚で怒った所や、まして怒鳴るところなんて見たことがなかったからだ。

 驚いて顔を上げて渡井に「どうしたの?」と声をかけようとして、絶句した。廊下に赤い水だまりが出来ていて、壁には放射状に地が付着しているのが見えたのだ。そして血を視線でたどると、もうこと切れている、女生徒の首筋に、血塗れのナニかが。


「ひ、あぁ、うぁ」

「うぇ、おぁ」


 二人が声を漏らすが、僕はもう声さえも出せない。腹から喉へ何かがせりあがってくる感覚を口をおさえて、押しとどめるのに必死だ。

 動けない。足が震えて、抑えられない。立っているだけで精いっぱいだ。


「お、おい。ミツル。何だ、アイツは?」


 知るわけがない。見てわかるのは女子生徒に、同じくこの学校の男子生徒が噛みついていて、女子生徒のほうはもう死んでいるということぐらい。


「おぁ、げぇっ」

「ひ、なに、なにあれ」

「う、うぅ、助け、助けてママ」


 数人の周りの生徒たちも恐怖で動けないようで、それぞれ何かをうわ言を呟いている。その間にもグチャグチャと何かを咀嚼する音が、廊下に響き、僕たちの恐怖を増幅させた。


 そして突然、女子生徒の首筋にかみついていたナニかはギョロリとこちらを向いた。そしてあろうことか女子生徒を離し、ゆっくりと、だが着実にこちらに近づいてくる。


 運の悪いことに、一番近いのは僕らだ。

 一瞬思考が停止し、そしてすぐに逃げよう、という思考に変わった。しかしヒタヒタと少しづ近づいてくるそいつの目を見て、僕の体は金縛りにあったかのように動かなくなってしまった。


 その目は明らかに異質だった。まぶたは限界まで見開かれ、瞬きをしていない。その上瞳は怖いくらいに充血している。何より異質なのはその視線、こちらを見る目が肉食獣が獲物を見るそれと同じだった。

 

「(逃げなきゃ、やられる。逃げろ、動け! 動け、足!)」


 あれはヤバい。そう思って心の中で何度念じても足は動いてくれない。渋谷さんも、渡井も固まっている。


 ピチャ、ピチャとソイツが血だまりを踏みつけながらこちらへ歩いてくる。もう距離は3メートルもない。僕は咄嗟に震える両手で渡井と渋谷さんを掴んだ。もうこんなところには居たくない。一刻も早く逃げ出したい。


「(家、そう家に帰るんだ)」


 ゾッ、っとソイツが血まみれの手を伸ばした。目標は渋谷さん。あの手を触らせてはならない、そう本能的に悟った僕はギュッと二人の制服を強く握り、飛んだ。



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