ハジマリの出来事
とある何処にでもありそうな公立高校二階の右隅 にある一年の教室。
朝のHR前、登校してきた生徒が自分の席に行き荷 物を置くと同じクラス、または違うクラスの人に 挨拶やら他愛もない話をしに、直ぐにその場を離 れて行った。 そんな人たちとは混ざろうとせず、窓際の席で静 かに本を読んでいる少女が一人。
窓から入ってきた風に長い黒髪を靡かせ本を読む 少女の名は泉麗。
身長は160センチ、背中まで伸びている切り揃え られたストレートな黒髪で肌の色は白く、クール ビューティーと言ったような顔立ち、スタイル、 不陰気を出していた。
麗が誰の輪にも入ろうとせず、また誰も話しかけ てこないのは綺麗だから話しかけにくいと言った 事ではない。 麗についてある噂があるからだった。
「ねぇ、なんで誰も泉さんに話しかけないの?」 「え、あんたあの噂知らないの?」
「噂?知らないよ」
「この話は結構噂になってるんだけど…」
"泉麗は超能力が使える" この"超能力"という部分は陰陽師、マフィアのボ スの娘等色々あり、普通に考えたらありえないん じゃないかと思えるような噂ばかりだった。
普通に考えたらありえない事、だがそんな噂があ れば信じていなくても近づきにくく話しかけにく くもなる。
にもかかわらず、普通の人と話すのと同じように 麗に話しかけてくる少女がここに一人。
「ねぇ、麗ちゃん」
話しかけられた麗は読んでいた本から目を離し声 のする方へと振り返った。
にこにこしながら麗に話しかけてきた子の名は花 宮由美。
150センチくらいの小柄な体系で、ふわふわでや わらかそうなな茶色の髪をしていた。
「由美、私に話しかけると由美まで仲間外れにさ れるわよ」
「えー、でも麗ちゃんは変なうわさはあっても、 誰かを傷つけたりとか悪い事何にもしてないで しょ?」
「まぁ、それはそうだけど…」
「それに…」
由美は俯いて次の言葉を口に出すのに少し時間が かかった。
「噂が流れたのは五年前って事は、やっぱり私の せい…だよね」
由美は俯いたまま、麗にやっと聞こえるくらいの 小さな声で言った。
その様子を見て聞いた麗は溜息をつき、読んでい た本へと目を戻した。
「由美、前にも言ったと思うけどあの時の事の責 任を感じて私と一緒にいるなら…」
「ち、違う。違うよ麗ちゃん」
麗の言葉に由美は慌てて首を振って否定した。
「確かにあの時の事は感謝してるよ。でも私はそ の時の事で責任を感じて一緒にいるとかそんなん じゃないよ」
「…そう」
必死な顔をして言う由美を余所に、麗は冷めた口 調で一言呟いた。
そんな麗の言葉を聞いた由美の顔は少し悲しげな 表情をしていた。
「私と麗ちゃんは友達だよね。私は麗ちゃんがな んと言おうとずっと友達だからね」
必死な表情と口調で言った由美に驚いて由美の顔 を見た麗は、しばらく由美の顔を見つめた後少し 頬を緩めた。
「…なんと言おうとって、先がわかっているよう な変な言い方ね。でもありがと」
「先がわかってるとかそういう事はないけど、 ずっと友達でいるよって事ね。」
由美の言葉に麗は何も言わなかった。
聞いていな かった訳ではなく、ただ由美の言葉を聞いていた だけだった。
由美はまた本へと視線を戻していた麗を見ていた が、その表情からは由美の言葉に麗がどう思った のか読み取ることも考える事も出来なかった。
「友達でいるよって言うより、友達でいたいって いうのが正しいのかもね」
つい声に出してしまった心の本音にハッとした が、同時にタイミング良く鳴った予鈴の音にかき 消され誰の耳のも届く事はなかった。
その日もいつも通り麗は由美以外の人とはほとん ど関わらずその日の授業は全て終わった。
由美は途中まで一緒に帰らないかといつものよう に麗を誘い、二人は一緒に帰った。
「麗ちゃん、今日一緒に遊ばない?」
「今日は忙しいの。ごめんね」
麗は由美の誘いに少しも考える素振りなく、即答 で返事をした。
それを聞いた由美はまたぁ?と頬を膨らませた。
「最近いつも忙しそうだね。ほぼ一人暮らしだか らかな?」
麗は親がなく、親戚の家に預けられていると由美 は聞いている。
だが、その親戚の人はほぼ家を空 けいて、麗一人で住んでいるらしいという事も。
由美が曖昧な事しか知らないのは麗が由美を家に 上げようとしないからだった。
何故家に行ってはいけないのかと以前由美は麗に 尋ねた事があり、その時に麗は預かってもらって いる身なのであまり勝手な事をしたくないと答え 由美は、こういう事はあまり詮索しない方がいい のではないかと思いそれ以上の事は聞かなかっ た。
「一人暮らしって言うのはあまり関係ないと思う んだけど、今の時期は忙しいの」
「私にはよくわからないけど、何か手伝ってほし い事があったら言ってね。」
「ありがと。何かあったら遠慮なく頼ませて貰う わね」
麗の言葉に由美は笑顔で頷いた。
「それじゃぁ私はこっちだから今日はこれでバイ バイだね」
そう言うと由美はまた明日と大きく手を振りなが ら自分の家へ向かって歩いて行った。
麗も由美を見送りように立ち止ったまま小さく手 を振った。
「"ハジマリの日"はきっともうすぐ」
麗はもう見えない由美の歩いて行った方向を見な がら呟く。
「あなたの運命は…貴女が決めて」
願うように、幸せな道を選んでほしい気持ちを込 めて。
* * *
「麗ちゃーん」
いつものように学校が終わり帰ろうとしていた麗 に、後ろから由美が話しかけてきた。
どうしたのかと麗が尋ねると、由美は麗の目の前 に印鑑を出して見せた。
「今日はお金を下ろす日なの。麗ちゃんが暇なら 一緒に行かないかなぁって思って」
「飴」
麗は溜息をついて言った。
由美はその言葉を聞いて何の事かわかっていない 様だったが、すぐにあっと呟いた。
「麗ちゃんが好きなヨーグルト味の飴ね。それく らい奢るよ。お安いご用です」
由美は麗が一緒に来てくれるのが嬉しく笑顔で答 えた。
「今日も忙しいから急いで行くわよ」
そう言うと麗は教室を出て行きすぐそばの階段を 下りて行った。
「えっ、あ、ちょっと待ってー」
由美も自分の机の上にある鞄を掴み麗の後を追い かけ、急いで教室を出て行った。
「まさか先に飴を奢らされるとは思わなかった よぉ」
コンビニの店員さんのありがとうございましたの 台詞を背に、由美はほぼ空の財布を見ながら言っ た。
「飴を買うお金があったし、通り道にコンビニも あったから別にいいじゃない」
「私は何も買えなかったよぅ」
買った飴の袋を開けながら言う麗に由美は、肩を 落とした。
「それにしても…」
麗は飴を口に含みながら続ける。
「なんでカード造らないの?わざわざ銀行まで行 くの面倒でしょう」
「お金がすぐ下ろせちゃうといっぱい使っちゃう からね」
由美はえへへと笑いながら言った。
「それそうかもしれないけど、ハンコとか通帳と か学校に持ってきたら危ないんじゃない?」
「人がいるところで通帳持ってきてるって話して ないし、大丈夫だと思うよ」
心配する麗を余所に由美は盗ってく人なんていな いという表情をしていた。
だが麗は、万が一の事があったらと由美に言い聞 かせる事にした。
歩きながら麗の説教を聞いていた由美は渋々持っ て来ないとの返事をしたが、返事の仕方が怪しい と麗に疑われた。
「信用ないなぁ」
「あんな返事の仕方じゃ怪しいわよ」
「軽く酷いよ…」
凹んでいる由美に麗は適当に返事をしながら先ほ ど買って貰った飴を由美に渡した。
すると由美は急に笑顔になり、麗から飴を受け 取って口に含んだ。
「この飴美味しーね」
「単純ね」
笑顔のままで言う由美に麗は呆れながら呟いた が、その言葉は由美に聞こえていなかった。
「そう言えば、今日も忙しいって言ってたけどま だしばらく続きそう?」
由美が尋ねると麗は真剣な顔つきになった。
「多分もうすぐ終わるわ」
暫く考え込んだ後麗は笑顔で答えた。
その笑顔を見た由美はふとその笑顔に違和感を感 じた。
違和感の正体がなんなのか考えなくてもすぐに判 り、麗の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「麗ちゃんの顔が変だよ」
麗が自分の顔を見つめている由美を不思議に思い 尋ねると、由美は難しい顔をして麗の顔を覗き込 んだまま言った。
「へ、変って…?」
麗は驚いて思わず自分の顔を触った。
「そうじゃなくて、麗ちゃんいつもは笑顔なんて 見せないのにさっきは笑顔になってておかしい なぁって思ったの」
麗の顔を覗き込む由美は心配そうな表情をしてい た。
「確かに私が笑う事ってあまりないけどたまには 笑ったりするわよ」
由美はそう言った麗の顔を見るといつもの無表情 に近い顔に戻っていた。
「そうだよね。麗ちゃんだってたまには笑うよね」
由美はよかったよかったと呟きながらスキップを していた。
スキップをしている由美の姿を見て麗は何故と不 思議そうな顔をした。
「由美、なんでいきなりスキップなんかしてる の?」私が由美に尋ねると、少し先に歩いていた由美が 立ち止ってくるりとこちらに振り返った。
「珍しい麗ちゃんの笑顔が見えたからだよ」
そう言うとまた前を向きスキップをし始めた。「笑いたくない。時が近いから…」
その言葉を聞いた麗は照れるわけでもなく、また 笑顔になるわけでもなく、いつもの無表情に近い 顔のままそう呟くとスキップして先に行ってし まっている由美を追いかけた。
「麗ちゃん遅いよぉ」
「由美が早すぎなの」
頬を膨らましながらいう由美にその膨らんでいる 頬に手を当て萎ませながら麗は言った。
「もぉー」
麗の手を払いながら由美はまた軽く頬を膨らませ た。
その後前へ向きなおり立ち止って、額に手の親指 をつけ遠くを見まわし始めた。
「それにしても遠いねぇ」
「まぁ少し遠いかもしれないけど、ここからだと 後五分くらいで着くでしょ」
「それはそうだけどやっぱり徒歩は疲れるね」
溜息をつきながら由美が言うと額に充てていた手 を下ろし歩き始めた。
麗も軽くうなずくと由美の後に続いた。
「自転車で来たかったなぁ」
「じゃぁ、一回家に帰ればよかったじゃない」
ため息交じりに呟く由美に麗は冷たく言い放つ と、由美はガクリと肩を下げた。
「それじゃ銀行しまっちゃうかもしれないで しょ」
肩を下げたまま言う由美を尻目に私は顔をあげた。
「それもそうね。じゃぁ、仕方ないから徒歩で頑 張りましょ。銀行も見えてきた事だし」
麗の言葉に由美が下げていた肩を元に戻し麗と同 じく顔をあげた。
「本当だ。じゃ、急ごう!」
そう言うと由美は銀行へ向かって走って行った。
「え?ちょ、由美!なんで走るの?別に走らなく たっていいじゃない!」
走って行ってしまった由美に麗は大声で由美を追 いかけながら言うが、由美は聞こえているのかそ れとも聞こえているのに無視しているのかそのま ま走って行ってしまった。
由美を追いかけている途中、麗は黒のワゴン車が 駐車場ではなく建物のすぐ隣に停めてあるのを見 かけた。
停めてあった場所に麗は少し疑問を覚えたが、深 くは考えず由美の後を追って走った。
入口付近まで来ると由美が息を切らせながら、入 り口の手前で麗に大きく手を振っていた。
麗は立ち止り呼吸を整えながら由美のいる場所ま で歩いた。
「麗ちゃん遅いよ」
由美のいる入口の前まで麗が行くと由美は息を切 らしながら麗に向ってはにかみながら言った。
「それは由美が先に走って行ったからでしょ。先 に走って行った由美が先に着くのは当然の事だと 思うけど」
由美の元へ歩いてくる間に息を整えた麗が言うと 由美はまだ息を切らしながら笑っていた。
「あはは。それもそうだよね」
由美は笑いながら言った後、息を整えるとドアを 開けて由美が中へ入って行った。
その後に続くように麗も中へ入った。
その直後由美は軽い目眩と頭の中に何かが入って くるような感覚に襲われそして足を止めた。
麗は由美が足を止めた時少し歩を進めていたが、 由美が止まったまま動かないのに気がつき後ろへ 振り返った。
その時だった。
黒の覆面を被った人が五、六人一斉に銀行内へ 入ってくると従業員や客の麗達に銃口を向けた。
それと同時に入口のすぐ傍で立ち止まっていた由 美を覆面の一人が腕を掴み、入口付近から中へと 連れ去って行った。
その時由美は手を伸ばし麗に助けを求め、麗もまた由美へと手を伸ばしたがその手は届かなかった。
それは一瞬の出来事だったが麗にとってはとても 長く感じた。
その後覆面たちは窓のブラインドを閉め、従業員や麗達客は外から見えない所にガムテープで手首 足首を縛られ座らされた。
ガムテープを縛られているときに麗は先ほど見た ワゴン車が覆面達のもので、麗と由美が銀行内に 入って行ったのをそこから見ていた事、そして女 子高生という抵抗が一番弱そうな麗若しくは由美 が人質として狙われたという事がわかった。
ガムテープで縛られ座らされていた麗達とは違い、由美だけは覆面の一人に捕まっていて首筋には刃物が突きつけられていた。
涙目になっている由美を見ながらどうにかできないかと麗は一人思案していた。
覆面の一人が銀行の支店長らしき人に何か指示を出して何かをさせているのが麗が座らされていた場所から見えた。
その周りにはスーツケースが置かれていた。
麗の座っている位置からはわからないが警察はまだ来ていないようだ。
覆面達は拳銃を持っているがモデルガンなのか、発砲して来た警察に強行突入されるのを恐れているのか、麗は色々予想はできたが何故なのかは分からなかった。
だが今のところは発砲する様子はないと言う事は麗にもわかった。
しかしこのままでは覆面達が逃げる時由美が人質として連れ去られ、後でどんな目に合うか色々考えはつくが、それが全てよくない事であるのは誰が考えても明白だった。
時間の余裕があるとは麗は思っていない。
由美を助けるには手足が自由になる必要があると考えた麗はなんとかしてガムテープが切れないかと少し動いてみた。
「動くなっ」
麗に銃口が向けられ覆面の一人が叫んだ。
手は震えていて撃ったとしても麗に当たるとは思 えなかった。
しかし流れ弾が他の人に当たる可能性があると思った麗は覆面の言う事を聞き動くのをやめた。
麗は由美のがいる方へ顔を向けた。
由美は震えていて目に溜まった涙が頬を伝って流れていた。
ナイフを突き付けられている首筋に目を落とす と、その首からはナイフが軽く刺さっていたのか血が流れていた。