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淡い夏の日

作者: 黄葉

 新学期にまた元気で会いましょう。では、楽しい夏休みを過ごしてください。川田君、号令――。

 きりーつ、れーい、という間延びした声の後、(こら)えるようにあちこちから聞こえていた声が教室中に溢れ出した。わあっと集まって話しはじめるクラスメイト達を尻目に、私は鞄を肩に引っ掛けて、さっさと廊下に出た。私にはああやって話す相手が居ない。

 別に嫌われているわけではないし、彼女達のことが嫌いなわけでもない。ただ、一人で居るのが好きだった。愛想は良いから行事の時に仲間外れになったりすることはないけれど、それ以外の時は基本的に一匹狼で通している。

 廊下でも教室でも、セーラー服とワイシャツの集団が群れている。廊下を抜けて階段を降りて行く途中で、何人かにバイバイ、と声をかけられた。それに笑って、またね、と手を振り返し、昇降口まで来たところで大声で名前を呼ばれた。

「――三森!」

 振り返る。階段を駆け降りてくる、のっぽの男子生徒。

「藤村君」

 同級生の藤村(いつき)だった。彼は勢いよく残りの階段を駆け降りて、下駄箱に手をついて、三森お前帰んの早過ぎ――と言って笑った。健康的なそばかす顔に浮かんだ大きな笑みに、私は一瞬見惚れた。

「ええと――何?」

 我に返って、ようやくそれだけ言った。藤村はにっと笑って、

「クラスのみんなで海行かないかって話があるんけどさ」

「ああ」

 その話なら聞いていた。高校最後の夏休みであるから、思い出作りのつもりだろう。クラスの女子に声はかけられたが、そういえば返事をしていなかった。

「わたし欠席」

 藤村は驚いたように目を見張った。

「行かねーの?」

「うん」

「なんでー」

「受験勉強」

 肩をすくめてそう言って見せると、藤村は残念そうな顔をした。毎日勉強するわけじゃないだろぉ、と口を尖らせる。

「うん、まあそうなんだけどね」

 実際のところ、面倒なのだ。きゃいきゃい言っている連中は見ている分には面白いが、自分がそこに混ざるとなると、ものすごく面倒臭い。煩わしい。

 とはいえ、進んでその「きゃいきゃい」を楽しもうとしている人を前にしてそんなことを言うわけにも行かないので、また肩をすくめてごまかした。

「もう帰っても良い?」

 そっけなく言って、返事を聞かずに下駄箱からローファーを取り出すと、藤村は慌てて鞄を取り上げた。

「あ、待っておれも帰る」

「私の欠席届けは?」

 それを聞きに来たのかと思ったのだが。

「自分で言えや」

 彼はさっさと私を追い越すと運動靴に足を突っ込んだ。そのまま振り返る。私を待っているらしい。

 仕方なく私も靴を履いて、二人で並んで昇降口を出た。

「クラスの子のアドレス、あんまり知らないんだけど」

「文也に送れば良いよ」

 文也――文也って、どいつだろう。わからない。

「文也ってどれ?」

 正直に聞いたら、藤村は、どれってお前、委員長じゃんよ――と呆れた顔で言った。

「ああ、川田君?」

「そう、それ!川田に送れば良いからさ」

「だからアドレス知らないってば。藤村君、言っといてよ」

「えー」

 ひどく不服そうだ。まあ良いけど、それでも、とかぶつぶつ言ってる。

 バス停が見えてきた。私はたいてい歩くのだが、藤村はどうなのだろうと思って聞いてみた。

「藤村君、バス?」

「金ない。歩こうぜ」

 ぶっきらぼうにそう答えてから、しかしあっちぃなー、と言って彼は顔をしかめる。

 学校から駅までは、のんびり歩いて二十分くらいだ。強烈な七月の陽射しの下を、私達は並んでてくてく歩く。

 途中、後ろから追い掛けてきた自転車の二人組――同級生の女の子達だ――に、あれぇ三森さんてばデートしてんの――と追い越し際に言われたので、うん、良いでしょ、と答えておいた。こういうふうに軽く答えておけば、誰も本気にはしない。よく言われるが、私はさばさばしているから男子からしてみると話しやすいらしい。こうやって成り行きで一緒に帰ることも珍しくないから、彼女達とて本気で「デート」などと言っているわけではないのだ。

「――三森」

 ぼつりと、彼は私を呼んだ。なあに、と軽く返事をして顔を見ると、まともに視線がぶつかった。

「大学、どこ受けんの」

「んーと、まだ決めてない。でも、M大がちょっと良いなぁなんて思ってる」

 M大かあ、と藤村は言って、呻きながら上を見る。私も釣られて空を見上げた。

 青い。それに広い。雲が眩しい色に光っている。

 唐突に、これが本当に高校最後の夏休みなんだと実感した。なんだか切ない、ような気がする。

「藤村君は――」

 隣に視線を戻すと、藤村はまだ空を見ていた。声をかけるとこちらを見て、何故だか目を白黒させた。

「どこ受けるの?」

「おれは未定」

「理系?」

「うんにゃ、文系。選択で一緒じゃんかよ」

 そういえばそうだった。一般受験を視野に入れている生徒は、文系理系でたいてい同じ科目をとるのだ。

「そっか、全部一緒だったね」

 うん、と返事をしてから、藤村は突然、なあおい、ホントに海行かねーの、と言った。行かないよ、と返すと、さらに彼は、でもさ――と言う。

「これで最後なんだよ。だいたいお前、成績良いじゃんか。夏休みに必死こいて勉強しなきゃいけないのは、どっちかって言ったらおれだぞ」

 胸を張ってそんなことを言う。

「行かないったら行かないの。勉強ってのはまあ、建前だし、毎日勉強なんてしないけど――行ってもたぶん、楽しくないと思うし」

「クラスの奴らが嫌い?」

 ううん、と首を振る。

「じゃ、海が嫌いとか」

「海は――嫌いじゃないけど」

 好きでもない。私はどちらかと言うと、

「山のほうが好きだなぁ」

「山ァ?」

「そ、山。涼しいから。だからねぇ、海に行くって言われても、わざわざ暑い中出かけてく気がしないって言うか」

 なんだよぉ、と藤村はむくれて見せる。

「山だったら行ったかよ」

「うん」

 たぶん、であるが。

 藤村はまた、なんだよぉ、とつぶやいた。

「誰だよ、海にしようって言ったやつ」

「あ、来てほしかったりした?」

「まあね」

 ふざけて言った言葉をあっさりと肯定されて、私はちょっとどきりとする。それをごまかすために、内心どぎまぎしながら、女子は虫嫌いな子とか多いから山だと来ない人増えちゃってたと思うよ――と言ってみた。しかし彼のほうは私の心中などお構いなしに、さらにこんなことを言った。

「なあ、三森――だったらさ」

 おれと山行かねぇか――。

 そう言った。

「……誰が?」

「お前」

「……藤村君と?」

「うん」

「山?」

「――うん」

 混乱しているのが自分でわかった。パニックである。

「……なんで?」

「山好きだって言ってたじゃんか。おれの友達でさ、山登り趣味のやつが居るんだよ。だからそいつ連れて」

 友達。友達連れて――ってことは。

 ――なんだ。

「――びっくりしたぁ」

 思わず大声をだしてしまった。藤村はびくりとして足を泊める。

「な、何が?」

 おれと山に行こう、何て言うから。

「てっきりデートのお誘いかと思っちゃった」

「いや、デートで山はないだろ」

 笑い含みの声。確かにそうかもしれない。

 でも、そういうことなら――。

「良いよ、行く」

「マジ?やった」

 にこりと顔を(ほころ)ばせて、藤村は拳をこちらに突き出した。意味を汲み取れずにただ見ていると、へーい、と言って拳を揺らして見せる。

「ああ」

 こういうことか。

 私も拳を握って、藤村のそれにゴツンとぶつけた。海外ドラマでよく見るアレである。

 藤村はよし、とつぶやいて、携帯電話をポケットから引っ張り出した。

「じゃあさ、アドレス」

「あ、そっか」

 歩道の隅へ寄って、とりあえず私のアドレスだけ送信した。

 おれの後で送るね、と言って彼はまた歩き出す。駅はもうすぐそこだ。乗る電車は別々である。

「友達さ、違う学校のやつだから、細かいことは約束取り付けてからな」

「うん」

 横断歩道を渡って、階段を昇る。一歩先を行くワイシャツの背中を見ながら、私はまだ少しドキドキしていた。なんとなく別れるのが淋しい気がしたから、一緒に帰って楽しかったのかも知れない。

 改札を抜けた。じゃな、気をつけて――お互いそう言い合って、あっさり別れた。

 折よくやって来た電車に乗り込んで、ぼんやりと携帯電話を握って立っていた。ドアが閉まっていくばくも無いうちに、それは手の中で振動した。

 メールを開いて――藤村斎です、登録ヨロシク、という短い文面を見て、私は笑んだ。

 そして、高校生でいられる時間の残り少なさに気がついて、少しだけ――ほんの少しだけ、淋しいな、と思ったのだった。

こんにちは。

なんだか青臭いものを書きたくなりまして。

高校生の時分、隣のクラスのバドミントン少年に、恋情とも友情とも区別のつかない感情を抱いていたのを思い出しながら書きました。恋未満です。


青春モノは初なんで、意見いただけると喜びます。

では、ありがとうございました。

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[一言] 個人的な主観で、ストーリーの“もうちょっと先”が見たかったので ストーリーは4点にさせて頂きました。スミマセン…・ 自分の気持ちを、なんとなく分かってくれて なんとなく合わせてくれる事が出…
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