第1話 はじまりの生活 4
その夜の、そのあとのことは、良く覚えていない。
翌日になって、目が覚めたはずなのに、私は何だったのだろうと意識ははっきりしない。
朝はグレイスの手伝いもあったのだけれど、それもわすれて頭の中が色々なことが巡っていた。
私は心のどこかで、ここの世界にとばされたことは“あの人達から助けてくれるため”だと思っていた。
だからこそ、……ジェイドとグレイスを信頼して、安心して、一緒に暮らしていたのかも知れない。
「……く、…ははっ…ははは…っ」
口から自然と自嘲が零れた。
利用されるためだと。
そのためと聞いた方が、何故かしっくりと来る。
人間、損得も何もない愛情などあるはず無いのだ。
そんなもの、あったとしても、自分なんかに注がれるはずがない。
けれど、グレイスも、ジェイドも、無償の優しさで接してくれていると思っていた。
あの、半年間が何だったんだろう。幸せだったあの、半年間。
余計なことなど何一つ考えなくても良かった。それだけでも幸せだったのに。
私はまた、地面に頭を押しつけるような生活が始まるのだろうか。
そう思うと、足下から崩れてしまうような気がした。
『……ミオ?』
時間になっても、食卓に来なかった私を心配してなのだろう。
グレイスがおそるおそる私の部屋に入ってくる。
寝間着には着替えてはいたので、グレイスが入ってきてもいいように一応上着を羽織り、ベッドから離れた。
『どうぞ』
『朝食ができたのだけれど、食べられる?』
いつもはみんなで食卓を囲うのに、グレイスが二人分のスープとパンをお盆にもってきているのには少し驚いた。
ここで食べる気なんだろうか。
何も言わないでいると、グレイスはテーブルの上に食事を置いて座り、にこりと笑って開いてる方に私が座るように促した。
グレイスのその様は一枚の絵画のようで、うっとりと見つめてしまう。
『ミオ?』
『わかった、頂くね』
隣に座って、パンをスープに付けてふやかしているときに、グレイスが溜息をつく。
『昨日の、クリス様の言い方は、ないよね』
『でも、事実なのでしょう?』
『違うよ。……僕も、ジェイド様も、そんなつもりでミオと一緒にこの半年、いたわけじゃないよ』
ぽつりと、言う。
グレイスはどちらかというと、いい意味で少年のようなところが多い。
身のこなしや姿形からして、生粋の貴族なのだろうけれど、何かを隠したりや騙したりするようなところがなく、まっすぐ自分の心を向けてくれる。言葉が通じなくても、それはどこかで感じていた。
何より、まっすぐ見つめる目に曇りがない。
『確かに、ミオはメディ神の神子だよ。だけど、ミオはミオでしょ?』
『だけど…』
『ミオ、僕さ、ミオのこと、家族だと思ってたんだけど、……違うかな』
『……!』
『僕の家、結構複雑で、……五つ下の妹がいるんだけど、もう逢えなくて。その妹のように、ミオのこと、可愛がってたんだけど』
まあ、ミオは同い年なんだけどね。
むけてくれる笑顔に偽りなど見えない。
なんで、私は、あんな人たちとこの人を、一瞬でも同じように見たんだろう。
『ミオ、泣かないで』
『グレイス、ごめんね…ごめん、なさい』
感情が高まって零れてきた涙。
辛くて辛くて泣いたことはたくさんあったけれど、こんなに嬉しくて、…申し訳なくて、泣いたのはいつぶりだろう。
『ミオも薄情だよね、昨日のクリス様の一言で、僕たちのことなんだと思ったんだか』
少しおどけた感じでいう、グレイスの声。
『大丈夫、ミオ。お兄ちゃんを信じなさいって』
『グレイスがお兄ちゃん?ふふ。だったらジェイドがお父さん?』
『誰が、父だ。せめて俺も兄にしておいてくれよ』
『ジェ、イド…』
そこには優しい顔をした、ジェイドがたっていた。
中途半端なところできれる回が続いてすみません…。
あと2話ほどで下準備は終わるはず、なのです…。
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