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月の王国  作者: 有終文
第一部 翡翠
11/19

第2話 手から零れるもの 1

ジェイド視点です。



どこへ、行ったのか。


掴んだはずが、遠ざかる。

戸惑ってしまった一瞬が、自分の不勉強が、刹那の油断が、拭えぬ後悔を山ほど生んだ。

もう、死んでしまった。戻ることは、ない。

多くの者が手をすり抜けて遠くへ行く。


そして、実感する。

俺には何も救えやしないのだと。



『山また山をなして、

彼らは死んでいく。

二度と立ち上がることがない。

ない、

そして、

ない。』


ポエム(一部抜粋)/ゼルマ・メーアバウム=アイジンガー(秋山宏訳)







「……ジェイド…、ジェイド?」


肩を叩かれて俺は目が覚めた。椅子でうたた寝をしてしまったみたいだ。

嫌な過去を見た。おかげで変な汗をかいている。

ミオは心配そうに俺の顔をのぞいてきた。


「大丈夫?魘されていたからついつい起こしちゃったけど…」

「いや、助かった。あんま見てて気持ちいいもんでもなかったから」

「それなら良かった。御飯用意出来たから、食べましょう?」


彼女は無邪気な笑顔で話しかけてくる。

言葉が通じるようになって、彼女の言っていることが分かるようになって、医学のこと、化学のこと、物理学のこと、様々なことを教えてもらった。こちらからは、日常の常識や作法、様々なことを教えた。

けれど、俺は自分のことを、…過去を話す気にはなれなかった。必要性も感じなかった。

同様に彼女も自分のことは話さない。体に刻まれた無数の火傷や切り傷や痣のことも。

傷を隠し合うことも、けして悪くない。

知ってしまえば、きっと俺にこんなに優しく手を差し伸べることなどないと分かっているから。


こんな女々しくなっている自分の思考に、少しがっかりした。夢のせいだ。


「あ、グレイス!ジェイド連れてきたよ」

「じゃあ、食事にしましょう。ジェイド様、今日の料理はミオに聞いて作ったんですよ、デザートもあります」


食卓を見ると見たことのない料理がチラホラ。

……まるい塊が茶色のソースの中に沈んでいる。

それに、なんだ、これ。


「ハンバーグっていうの。私の故郷での、大人気メニューなんだから」

「何の塊だ?」

「本当は、牛肉と豚肉の合い挽き肉で作るんだけど、グレイスと相談してアリフの肉を使ったの」

「アリフの肉なのか?一体」


アリフは、一般的に食用として用いられない。何故ならアリフは神聖な動物であり、神使とも言われているからで、また農耕の際に使われる動物ある。

アリフを食すときは、何かの儀式に限って、アリフを神使とする神の神殿でアリフのスープが振る舞われる時か、アリフが怪我をした時程度で、普通に売られているものではない。


「ベルダさんがね、飼っていたアリフが転んで怪我してしまったから、良ければどうぞって、フィネが持ってきてくれたの」

「フィネが?」

「フィネ、ちょくちょく、ベルガさんの様子を見に行ってるみたい。今日の御飯も、ベルガさんの所で頂くそうなの。私も後で様子を見に行ってくるわ」


ベルガというのは、この街の外れで農場を開いてる、老年の女性だ。

フィネの前の前の雇い主だったそうだが(今はあの事故が縁で俺の所で雇っている)、最近は寝込むことも多くなったため、心配してよく様子を見に行っている。ミオも、往診に行っているようだ。

ミオが言うには腎臓が悪く、それが原因で骨折しやすくなったり(寝たきりなのもよろけて手をつき、腕を骨折し、気分が沈んでしまったためだ)、貧血になりやすくなっている。まだ薬で打つ手がある程度だとはいってはいたが、薬が効かなくなったら打つ手がないのだと、ミオが哀しそうに言っていた(ミオの世界では、血を綺麗にするための治療器具があったりするそうだが、ミオの知識ではとてもじゃないが作れそうにないらしい)。

ミオにとって、この世界で初めての患者だ。気になるのは仕方がないだろう。

俺はとりあえず、ハンバーグなるものを口に運んだ。


「…おいしい」

「ほんと?美味しいならまた作るね」

「ああ、また、作ってくれ」



--------------------------------


食事が終わって、ミオは診療所の方に往診の道具と幾つかの薬を取りに行った。

ミオが開いた診療所は、常に閑古鳥が鳴いている状態だ。それは仕方がないことだと思っている。

この国の医療とは宗教の一環であり、神の加護…メディ神の加護がない治療法は邪道でしかない。つまり、医療行為は神官のお家芸であり、医師というのはメディ神に加護を得たレシピを用いて患者を医療することしかできないし、それが医療行為だと考えられている。

それ以外を行って、何かあった際は、縄にくくられることとなる(ミオがそうならないように、手は打つつもりだが)。

メディ神の神殿が幾つかあるため、レシピは幾つか存在するが、神官の中でも一部の選ばれた者しかそれらを学ぶことはできない。

……俺は諸事情で全てのレシピを知っているが、ミオの行為はそれらに当てはまるものはない。

普通の町民は、神の加護のない治療法などには目も向けないのは仕方がない……神子であることを公表すれば良いのだろうが、そうすると神官が黙っていないだろう。神殿の派閥間でミオの争奪戦になる…それは避けなければならない。

ミオの気持ちも考えるとどうすればいいのか分からないのが正直な感想だ。

…頭が痛いと思いながら、一人で町はずれまで移動させ、何かあるのも大変だと思い、今日は俺が彼女についていくことにした。


論文を大量に読まなければいけなかったりでなんだかんだで間がかなりあいてしまいました。(でも、今日の発表の準備も終わってないのですが)


…ジェイドのキャラが固まらなくて、設定を煮詰めていました。。。

最初は男らしい人を目指していたんですが、いつの間にかこんなキャラに。ジェイドのせいで難産でした…。。。


病気に関する豆知識を入れたいのですが、あんまり不自然な、偉そうな説明にならないように取り入れること、また人を不快にさせない表現の難しさを感じています…。

偉そうだったり、不自然だったりしたら表現を改めますので一報下さい。



冒頭の詩を書いているゼルマは私が好きな詩人の一人です。

中学生の時、ネットで知り合った方に詩集を頂いて、読んだ際に衝撃を受けました。ポエムはとても長い詩ですが良い詩なので、興味を持って頂ければ手に取って頂ければ幸いです。

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