04.朱万姫の物語
* * *
朱万姫は生まれながらに後宮入りを期待されて育てられた子だった。
一族の中では劣っていたものの、最低限の条件である気功を操ることができる若い娘は、後宮に入れる為に育てられる。その条件を満たしていないものの、若い娘は万姫しかいなかった。
だからこそ、期待されただけの存在だった。
万姫が後宮入りをしたのは二年前、十一歳の時だった。
他の四夫人よりも一年遅れでの後宮入りだった。
「……あれが賢妃ですって?」
遠目で見る限り、皇帝が探している玄香月ではない。玄家の血筋とは思えない地味な髪色と顔立ちをしていた。
(玄香月は来ていない)
それを確信した。
(それならば、あたしの敵じゃないわ)
玄香月の噂は万姫も知っていた。
六年前、僅か十歳でありながら四大世家に伝わる秘宝である宝貝の一つ、氷叡剣の主に選ばれたというものだ。それを記念して開かれたお披露目会には先帝も姿を見せたという噂がある。
万姫はその当時五歳だった。
その場に行くことは許されず、帰ってきた両親と兄に玄香月がいかに素晴らしいか、語られたことを覚えている。
「お前。賢妃の付き人ね?」
「はい、徳妃様」
「賢妃の名はなに?」
歩いていた玄武宮の女官を捕まえる。
「玄翠蘭様でございます」
玄武宮の女官は万姫に頭を下げながら、答えを口にした。
「聞いたことがないわ」
万姫は首を傾げた。
(玄家に翠蘭なんて女性いたかしら)
後宮に入れば、すべては敵になる。
信用できるのは自分自身だけだ。
「ご当主様の長女にあられます」
玄武宮の女官はそう答えた。
しかし、敬意を感じられなかった。
その為、万姫はこの女官を利用することにした。
金品を握らせ、玄武宮に戻す。すると、面白いくらいに玄武宮の情報が流れて来た。
(なんだ。偽物じゃないの)
玄家の血を引いていない玄家の人間は、四夫人にふさわしくはない。
(あたしが追い払ってあげなくっちゃ)
万姫は五歳の時より身に付けてきた技がある。
それは両親や兄姉たちにも内緒にしてきたものだ。後宮で生き残る為には必要不可欠であると考え、独自に見つけ出した本で学んだ呪術という内功が少ない万姫でも扱うことができる技だった。
万姫には呪術の才があった。
なにより、愛らしく幼い見た目は相手の油断を誘う。
次から次に駒となる中級妃の弱みの情報を手に入れ、それと引き換えに呪術に扱うように促した。
その中でも、黄 藍洙は特別だった。
誰よりも進んで玄翠蘭への嫌がらせを行った。
なにもかも、上手く進んでいた。
――すべては玄翠蘭が死ぬ前までの話である。
* * *
「――あたしが、廃妃ですって……?」
万姫は崩れ落ちた。
後宮に入り、徳妃になる為だけに育てられてきた。徳妃としての権限を使い、なにをしても咎められることのない立場に立っていたというのにもかかわらず、皇帝の使者である宦官に渡された手紙には、徳妃の座から降りてもらうと書かれていた。
それは決定事項だった。
反乱の翌日、万姫はすべてを失った。
反乱を企てた一族の者であるはずの賢妃、玄香月は処罰を受けることもなく、羅宰相の娘、羅可馨は昭儀の座を失い、香月の女官として引き取られることになった。
万姫は反乱に関わっていない、
それなのにもかかわらず、万姫は罰を与えられた。
「なにかの間違いだわ」
万姫は手紙を握りつぶした。
香月の提案を受けて喜々として父に当てて書いた手紙の返事は、怒りに満ちたものだった。
それでも、徳妃としていられるだけでも価値を認められていたのだ。
しかし、徳妃の座から引きずり降ろされた。
朱家に戻っても居場所はない。
「陛下とお会いしたいわ。陛下に会わせてちょうだい」
「無理です」
「どうして宦官ごときが決められるの!」
万姫は怒りを露にする。
それに対し、宦官はひどく驚いたようだった。
「陛下より言付けがございます」
宦官は取り乱すことなく、言葉を紡ぐ。
「陛下の御代を汚す呪術師は後宮にいる資格はない。とのことでございます」
宦官――、いや、宦官の服を着た玄香月は答えた。
「……お前、よく見たら、賢妃じゃないの」
「なんのことでしょう」
「騙されると思っておいでなの!?」
万姫は声を荒げた。
それに対し、香月は心当たりがないと言わんばかりの顔をしていた。どこまでも他人のように振る舞う。その姿に狂気を感じた。
「玄香月」
万姫は憎い人の名を呟く。
なにもかも、失敗をするようになったのは玄香月が後宮に現れたからだった。
後宮妃たちは呪術を恐れ始めたのも、万姫の味方だった黄 藍洙が哀れな姿で発見されたからだ。その原因は玄香月が藍洙の秘密を暴こうとしたからだ。
だから、万姫は味方だった藍洙を呪い殺した。
万姫の害になる前にその命を奪ってしまった。
「処罰を受けるべきはお前でしょう」
万姫はなにをしても許される。
朱家の人間は後宮には必要不可欠だ。
反乱を引き起こした男の娘が処罰を受けていないのにもかかわらず、万姫が処罰を受けなければいけないのは、納得がいかなかった。
「籠の準備はできております。朱万姫」
香月は背を向けた。
敵意を向けることができても、万姫が香月に敵うことはないと知っているからだ。
* * *
後宮を追い出されて僅か三か月後のことだった。
万姫は床に臥せっていた。
朱家の領地内で偶然流行っていた病にかかり、倒れたのだ。
医者には見せなかった。万姫が呪術を扱っていたことは父親たちに知られており、潔癖な朱家の恥として離れの小屋と数人の侍女を与えられ、放置されていた。
後宮の徳妃に選ばれていた頃の面影はなかった。
心配をする侍女に見つめられ、万姫は息を引き取った。その遺体は瞬く間に黒い灰へと変り、万姫の面影はなにひとつ残らなかった。
完結




