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後宮妃は木犀の下で眠りたい  作者: 佐倉海斗
第二話 玄武宮の賢妃は動じない
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05-4.お茶会

(まずいな)


 精神不安定が進行している。


 それは藍洙が後宮に来る前からなのか、それとも、呪術の影響なのか、わからない。しかし、香月では対処できないほどに進んでいた。


 香月は俊熙を愛していないと公言していない。


 しかし、藍洙には自分の都合よく聞こえてしまったのだろう。


「愛されない女は賢妃になるべきじゃないわ。あの女と同じよ。蟲毒よりも酷い目に遭いたくなければ、山の奥に帰りなさいな。この田舎娘が」


 藍洙は語る。


 自身の方が有利に立っていると信じて疑わない。


「愛というものを私は知らないのでな」


 香月は嘘を吐いた。


 家族から愛されて育ち、女官や部下から敬愛されてきた。幼馴染と別れる時には不思議と胸が痛み、それが初めて抱いた恋心というものだったのかもしれない。


 藍洙の勘違いを否定せず、藍洙の考えは正しいのだと勝手に思い込むように誘導するだけでよかった。簡単に物事が進んでいくのは、暴走をしている藍洙を見ているだけでなにもしない昭媛宮の侍女たちの影響も大きい。


(やはり、女官の中に呪術師の駒がいるな)


 実行役は藍洙だろう。


 しかし、知識のない藍洙を利用している女官がいるはずである。


(そこまで炙り出せればいいが)


 逃げられる前に捕縛しなければならない。


 香月は視線を明明に向ける。それだけで明明に意図が伝わり、周囲に気づかれないように視線を一瞬だけ下に向けて肯定した。頷くよりも視線を動かす方が相手にわかりにくいからだ。


「ぜひとも、話を聞かせてくれないか」


 香月は問いかける。


 それに対し、藍洙は笑った。


「いいわ。教えてあげましょう」


 藍洙は堂々とした振る舞いで歩き出し、椅子を自分で引いて座った。


 茶会の席の常識を知らないのだろう。今まで誰にも招待されたことがなかったのかもしれない。


 藍洙は用意された菓子に手を伸ばし、そのまま、無遠慮に菓子を頬張る。まるで菓子を食べるのが久しぶりの子どものようであった。


「愛は幸せなのよ」


 藍洙は持論を語る。


 それ以上の幸せを知らないとでもいうかのようだった。


「愛する人にふさわしくなる為なら、私はなんだってできるの。その勇気をもらえたのも、すべて、陛下を愛しているからこそよ」


「陛下を愛しているからこそ、呪術に手を出したとでも?」


「ええ。そうよ。それのなにがいけないというのかしら?」


 藍洙は迷うことなく肯定した。


(やはり、呪術がどのようなものなのか、知らないようだ)


 愛を実らせる手段の一つとでも教え込まれたのだろう。単純な性格をしている藍洙は、女官の言葉を信じてしまったのに違いない。


(怪しいのは文を寄越した女官か)


 藍洙の背後に立ち、素知らぬ顔をしている陽紗に視線を向ける。そうすると、 陽紗はなにも動かず、全責任を藍洙に押し付けるつもりのようだった。


「呪術は素晴らしいわ」


 藍洙の言葉に香月は眉を潜めた。


(手遅れか)


 呪術に魅入られた者は破滅をしても呪術に手を染める。


 哀れな最期を迎える瞬間も呪術を使うことができなくなったことを嘆き、自身の死を受け入れようとはしない。そんな姿を香月は思い出していた。


「翠蘭は死んだのよ」


 藍洙は正常な判断ができていない。


 自身の思いのままに語り始める。


「これで私が賢妃に選ばれると思っていたのに。陛下は私ではなく、玄家の人間を呼び寄せた。私はね。それがどうしても許せないの」


 藍洙は菓子をかじりながら語る。


 常識を備えていないのか。それとも、呪術の影響により正常な判断ができていないのか、わからない。しかし、後宮妃たちが定期的に開催しているはずの茶会に呼ばれていない理由の一つが、藍洙の非常識な振る舞いだろう。


 藍洙は後宮の中で孤立していた。


 九嬪の中で三番目に位が高く、昭媛という立場にいながらも、後宮妃たちから疎まれるのは異例のことだ。


 そのことに藍洙は気づいていない。


「だから、玄香月も呪い殺そうとしたのに」


 藍洙は自白した。


 それは玄武宮の門が開かれる合図の言葉でもあった。


 前触れなく開かれた門から複数の宦官たちが藍洙の元へと向かい、容赦なく藍洙の身柄を拘束した。


(呪術の類が終われば、黄昭媛の独断)


 香月はそう簡単には終わらない気がしていた。


(終わらなければ、黄昭媛を操っていた者がいる)


 藍洙の行動は私怨によるものだ。それだけで問題が解決するとは思えなかった。


「なにをするの!? 私は陛下の寵妃よ! 宦官ごときが触らないでちょうだい!」


 藍洙は喚いた。


 なぜ、縄できつく縛られて捕縛されているのか、理解できなかった。


 後宮を行き来できるのは皇帝陛下か宦官だけだ。その知識はあったのだろう。


「俺の寵妃は玄香月だけだ」


 俊熙は宦官の後ろにいた。


 声をかけられるまで藍洙は気づかなかったようだ。声を聞き、途端に目の色を変えた。助けに来てくれたのだと疑いもしない顔をする藍洙に対し、俊熙は冷たい視線を向けていた。


「陛下!」


 藍洙は俊熙に手を伸ばそうとして、宦官に取り押さえられる。


 容赦なく地面に叩きつけられてもなお、藍洙の視線は俊熙にだけ向けられていた。


「お会いしとうございました! 陛下!」


 藍洙は泣きそうな顔で必死に訴えた。


(恋する者とは醜いな)


 恋する乙女は盲目だ。


(……私には理解ができない)


 なにをする為に訪ねて来たのかなどという常識を捨て、自分の為だけに会いに来てくれたのに違いないと自分の都合よく解釈をしてしまう。


「陛下。ご厚意に感謝いたします」


 香月は最敬礼の姿勢をとり、俊熙に声をかける。


 先ほどまで藍洙を相手にしていたとは思えないほどに優雅な姿だった。


「昭媛宮をお調べくださいませ。呪術の痕跡があるものと思われます」


「わかった。香月、お前の被害はなかったか?」


「はい、陛下。私は無事でございます」


 香月が返事をしている間、お茶会に同席をしていた藍洙の女官たちは宦官の手により捕らえられる。事情を気が狂うほどに聞かれることになるだろう。


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