公爵家の双子には手を出すな
「王太子殿下は、まもなくおいでになります」
侍従がそう言った。またか。グレースたち四人の令嬢はそう思った。
約束の時間からすでに一時間経っている。
グランヴィル公爵家のグレースとジョイス、双子の十六才。
セーヌ侯爵家の長女スカーレット同じく十六才。
ポーター侯爵家の三女キャサリン十七才。
四人は王太子の婚約者候補である。
これまで五年間、四人は王太子妃にふさわしい教育を受けてきた。切磋琢磨してきたこの四人の中から、選ばれるのは一人だけ。そして来週には正式な婚約者が発表される。
今日はその最後の集まりだったのに。
四人そろっての勉強会の後には、王太子を交えてお茶会が開かれる。ときどき王妃も混じる。
それがここ数か月、王太子はすっぽかしているのだ。
最初は遅れるだけだった。申し訳ない、と息を弾ませてやって来たのに、最近はそれもない。遅れる時間も十分から三十分、一時間、そしてとうとうすっぽかし。
「また花屋ですわね」
グレースが言った。
「そうですわね」
スカーレットが言った。
「やれやれですわね」
キャサリンが言った。
「これほど夢中になって、のめりこむことを『沼る』と言うそうですわよ。ご存じ?」
ジョイスが言った。
「「『沼る?』」」
「ええ、沼にはまって抜け出せなくなるという意味らしいですわ」
「まあジョイス様、よくご存じね」
スカーレットが優雅にティーカップを置いた。テーブルの上の様々なお菓子はすでに食べ終えている。お城の料理人が腕を振るって作った最上級のお菓子である。味はもちろん、見た目もかわいい。色鮮やかなドライフルーツが乗っていたり、アイシングで飾ってあったり。
最近のお茶会は、四人でこれらのお菓子を食べるだけの会になっている。
「ええ、最近城下の様子が気になりましたのでうちの者に調べてもらいましたの」
まあ! くすくすと令嬢たちは笑った。これは嘲笑である。
「とくに花屋のあたりがねぇ?」
「ええ、ええ。まったくですわ」
「いったい、どこがいいのやら」
くすくすくす。
王太子はここ数か月、城下の花屋の娘に入れあげている。三日と空けずに通い詰めいるらしい。
「なんでもお仕事も滞りがちですとか」
「困ったものですわねぇ」
「ほんとうに。王太子としての資質さえ疑問視されているらしくてよ」
「やだわぁ。そんな方と結婚なんて」
「ほんとうねぇ」
「「「「やだわぁ」」」」
四人の意見は一致していた。
そして発表当日。お城の広間である。
正面に国王ご一家。国王陛下、王妃殿下、王太子殿下(十七)、それから第二(十五)、第三王子殿下(十一)が勢ぞろいしている。
向かい合うのは、王太子の婚約者候補の令嬢四名。
両脇には貴族たちがならんで控えている。
「えー、それでは……」
と声を発したのは宰相閣下である。
「発表したします。王太子殿下のご婚約者は、グランヴィル公爵家グレース嬢」
おおーっ!
歓声に続いて、盛大な拍手が送られた。
おおむね納得の声である。もちろん両親であるグランヴィル公爵夫妻も、鷹揚にうなずいてみせた。そんな中、グレースたちだけが、すんっと白けた顔をしていた。
「グレース嬢」
王太子殿下が立ちあがり、グレースに歩み寄ってくる。
「よろしくたのむよ」
そう言って、王太子殿下はグレースに手を差し伸べた。
「えー、嫌ですぅ」
その場が凍り付いた。言ったのは、グレースである。
王太子殿下はもちろん、国王陛下も王妃殿下も、宰相閣下もポカンと口を開けた。
「……さあ、グレース嬢。お手をどうぞ」
聞こえなかったかのように。王太子殿下が言った。
どの面下げて。
「あらぁ、どうして?」
訊ねたのは双子の妹ジョイスである。王太子殿下を無視するとは、大した度胸である。そしてメガトン級の爆弾発言にもかかわらず、のんびりおっとりしているのはいかがなものか。ごていねいに、小首までかしげるあざとさまで発動する。
「だってわたし、商船に乗って世界中を旅しに行きたいんだもの」
王太子妃<世界旅行。
「グレース。商船は旅行の交通手段じゃないわよぅ?」
「わかってるわよ。わたしは世界中の珍しいものを買い付けに行くのよ」
グレースの方がジョイスより、やや勝気な様子。
「ほんとにわかっているのかしらぁ、グレース?」
「やあねぇ、わかってるってば、ジョイス」
唖然と突っ立ている王太子殿下を放置したまま、二人はころころと鈴を鳴らすように笑った。
「かわりにあなたが結婚しなさいよ。見た目は同じなんだから、どっちだってかまわないわよ。あなた、ステキな旦那様と温かい安定した家庭を築きたいって言ってたじゃない」
かわりに……。
王太子妃になるのに「かわり」とは……。しかも王室を「安定した家庭」よばわり。
「愛する、を端折っちゃダメよ。それが一番肝心なんだから。結婚前から妾を囲う夫なんてごめん被るわ」
あちゃー。
ギャラリーからそんな声が漏れた。
スカーレットとキャサリンが、クスクスと笑いだした。
「そうですわよねぇ。しかも平民なんてー」
「そ、そ、それは、ちゃんと対処するから」
国王が口をはさんだが、四人の令嬢の目は冷めている。顔は笑っているのに、目は鋭い。こわい。
「おじさま」
国の要人たちを軒並み、国王ですら「おじさま」と呼ぶグランヴィル公爵家の双子。
「それはもう聞き飽きました。ねえ、ジョイス?」
「ええ、グレース。聞き飽きましたわね」
「う」
国王でさえ黙らせる。この国で最高権力を握っているのは、この双子かもしれない。
双子が「妾」と言ったのは、件の王太子の恋人の花屋の娘のことである。もちろん平民。
おしのびで城下に降りたときに、見初めたのだという。それ以来足しげく花屋に通い、花を買っているという。個人的に買うならまだしも、王家で使うものまでその花屋にしろと言い出す始末。
お城には御用達の花屋がある。王家が使うだけあって、クオリティーの高い種類豊富な花をそろえているのである。町の花屋とはわけが違う。当然プライドだってある。
王太子は、その「御用達」のプライドをへし折ってしまったのだ。
反発は大きい。
尻ぬぐいに走ったのは、宰相閣下だ。お気の毒に。
もちろん、王家からもほかの貴族家からも取り繕うように、御用達の花屋には注文が殺到中である。
平民たちの間では、王太子と町の花屋の娘の身分を超えた恋物語として、熱狂的に支持されているが。
そんな中、王太子と結婚したらどんな言われようをするのか。推して知るべしである。
真実の愛を引き裂く悪女。なーんて言われかねない。こちらだって、好きで結婚するわけじゃない。将来の王妃として、器量を持つものとして選ばれているのである。
なんで悪者にならねばならんのだ。理不尽だ。
結婚前にきっちりとけじめをつけるならばまだ我慢しよう。ところがいつになっても王太子はずるずると関係を引きずっている。状況は理解しているはずなのに、別れようとしない。まさしく沼っている。 そこまで魅力的な娘なのか。何から何まで洗練された上級貴族の令嬢であるこの四人を軽んじるほどに。
許せるわけがない。
「おじさま」
グレースが国王に問いかけた。
「この間王太子殿下がなんて言ったと思います? 花屋の彼女は花の名前をたくさん知っているんだ。そう言ったんですよ」
国王の頬が引き攣った。
あれには相当ムカついた。
「王太子妃にふさわしいようにと、まるまる五年間様々な勉強をしてきたわたしたちにですよ? ねえジョイス?」
「そうねグレース。無神経にも程がありますわ」
その時を思い出したのか、四人の令嬢の顔はひどく冷めていた。
「礼儀作法に外国語、関係各国の歴史や制度、経済などなど、それはそれはたくさんのことを学びましたわ。もちろん、近隣諸国の名産のお花の名前も覚えました。わたしたちだって、花の名前は知っているんですよ! なんですか、花の名前くらいで大げさな! わたしたちは、花の名前以上のことを覚えたんですよ! それなのに! 花の名前を知っているだけの娘と一緒にされてはたまりません! ねえ、ジョイス?」
「ええ、グレース。まったくだわね」
グレースとジョイスは、扇でパシパシと手のひらを叩いている。ならんでいると鏡に映ったように左右対称だ。
グレースとジョイス。ちんまりと小柄である。月光のような銀の髪は、緩いウェーブを描いて背中を流れる。菫色の瞳を縁取るのは、やはり銀のまつげ。陶器のような白い滑らかな肌。ほんのりピンクの頬。まだ少女らしさを残して、ふっくらと丸い。さくらんぼのようなくちびる。スープスプーンは口に入るのかしら、というくらいのおちょぼ口。
あたかも精巧にできたビスクドール。
二人が向き合えば、まるで鏡に映ったように瓜二つ。たった一つの違いは、グレースは右に小さな泣きぼくろ、ジョイスは左に小さな泣きぼくろ。つきあいの浅いものが見極めるのは難しい。
「儚い」ということばが、これほど似合う令嬢は他におるまい。
だが! その見てくれに騙されてはいけないのだ。
たしかに貴族の中では最高位の令嬢である。それを抜きにしても、豪胆と言ってもいいほどの肝の座り方なのだ。
現に今、国王一家の前で、サロンでお茶でも飲んでいるかのような漫然としたこの態度。
最高位の貴族令嬢を存分に発揮する二人ではあるが、決して高慢ではない。双子の世界が出来上がっているので、なかなか他人と打ち解けるのはむずかしいのだが、いったん顔見知りになれば取り澄ますことなく気さくに話す。
なんだ、いい人じゃない。
みんな、そう思う。
見かけに騙された人々が呆気にとられている。
グランヴィル公爵は額を押さえ、夫人は能面のような無表情で隣に立っている。
ジョイスはもちろん、スカーレットとキャサリンもうなずいている。
「だいたい結婚前から妾を囲うなんて、妻を引いては国政をおろそかにしていますよね? 他の貴族にも下々の民にも示しがつきません。他国にも侮られますわ。他国の大使に『今日の花は一段と美しいですな。さすが王国一の有名な花屋だけありますな』なーんて言われても、臍を噛むしかないのですよ?」
グレースはごていねいに、どこぞの威張ったおじさんのマネをしてみせた。
「そんなの困るわよねぇ、ジョイス?」
「ええ、グレース。恥さらしもいいとこだわね」
「いやいや、そんなことに絶対にしないから」
と国王は汗を拭く。
とにかく、とグレースは前置きをして。
「「「「王太子殿下との結婚はご遠慮申し上げます」」」」
四人の令嬢は、そろって頭を下げた。
王太子は呆然と立ち尽くし、国王は頭を抱え、王妃は白目をむいてぐったりと背もたれに寄りかかっている。二人の弟王子はきょろきょろとせわしなく視線を泳がせている。
「い、いやいや! もうちょっと考えましょう。もしかしたら打開策が見つかるかも」
宰相がそう言ったが、打開策なんて言っている時点でアウトだ。
誰だってそんな結婚ごめん被る。
「だったら、花屋の娘と結婚すればよろしいのでは?」
そうよそうよ、と賛成したのは婚約者候補の四人だけである。
「いや、さすがに平民を王家に入れるわけにはいきませんよ」
そこで、ジョイスがぽんっと手を打った。
嫌な予感しかない。
「だったら殿下が花屋に婿入りすればよろしいのじゃなくて?」
「なっ⁉ 王太子殿下を平民の花屋にですか⁉」
「そうよー、いい考えだわ。だって殿下だって彼女と一緒になりたいのでしょう?」
「いやいやいや! わたしは王太子だぞ! 平民になどなれるわけがない!」
令嬢たちが一斉に冷めた目を向けた。
「やだわー。上級貴族の令嬢を妃にして、寵愛する平民は妾として囲って? そんな都合のいい話、誰が納得するのかしら。ねえ、ジョイス?」
「そうよねグレース。周りが見えなくなるほどの熱烈な恋なんですもの。それくらいの壁なんて、軽く乗り越えられるはずよねぇ」
だらだらだら。王太子の汗が止まらない。
「だっ、だいたいわたしがいなくなったら、誰が王家を継ぐのだ⁉」
「あーら、王子はあと二人いらっしゃるじゃありませんか。ねえ、ジョイス?」
「ええ、いらっしゃるわ。ねえ、グレース?」
……………………。
それもそうだな。
会場全体がそんな気持ちになった。王太子はますます青ざめ、第二王子はぱあっと顔を輝かせる。
「いっ、いやいやいやいや!」
慌てる王太子はまるっと無視して。
「さあ、第二王子殿下! スペアの出番ですわよ!」
「は、は、はいっ!」
「じゃあ、ぼくはスペアのスペアから、スペアに昇格?」
「そうですわよ、第三王子殿下! 今こそ日頃の研鑽の結果を披露するのです!」
「は、は、はいっ!」
二人の王子は手を取り合った。
「ぼく、兄上の補佐ができるようにがんばりますから!」
「うん! ともに国のために励もう!」
居並ぶ貴族たちから称賛の拍手が送られた。
「ほうら、これですべて解決ですわ」
「グレース、すごいわぁ」
ジョイスとスカーレット、キャサリンも拍手を送った。これで、不毛な結婚生活を送らなくて済む。四人とも安堵の息を吐いた。
***
さすがに王子を花屋に婿に出すわけにはいかなかった。が、王太子には自分の立場をわきまえ、国と国民への義務を果たせと厳命が出された。王位継承は保留となった。
さすがに花屋には通わなくなったらしい。
まもなく、グレースの立ち回りを聞きつけた大きな商会から、スカウトが来た。それだけ弁が立つのならば、商談を任せてみたいとのことである。上級貴族の令嬢であるから、身分も役に立つのだろう。
望み通り、商船に乗って世界中を飛び回るのである。
「行ってきまーす‼」
気楽な服装に身を包んだグレースは、間もなく出航する船のデッキから、見送りに来た公爵夫妻と、ジョイスと兄弟たちに手を振った。
「まったく、誰に似てあんなお転婆なのかしら」
遠ざかっていく船を見ながら夫人がため息交じりに言った。
「きみにそっくりじゃないか」
公爵は苦笑した。
「やだわ、わたしお転婆じゃありませんよ」
「馬に乗って、どこまでも行ってしまったじゃないか」
「やだわー、もう。蒸し返さないでー」
ははは。桟橋に軽やかな笑い声が響いた。
ジョイスはすぐに縁談がまとまった。王都からは遠いけれど、広大な農地を持つ伯爵家への嫁入りである。三才年上の嫡男は、少々不器用ではあるが見るからに実直な人物である。年のほとんどを領地で過ごすことになるが、それも楽しそうである。
「どこにでも牛や羊がいるのよ!」
結婚前に訪れた領地をいたく気に入ったようだ。
「お食事もぜーんぶおいしいの! 行ったら太っちゃうわ。どうしましょう」
笑いながら言う。
太ればいいじゃない。そう思う夫妻だった。
実は四人の令嬢には、第二王子の婚約者にどうかと打診があった。
また一から教育する手間を惜しんだ感があって、全員辞退申し上げた。こっちも繰り上がる気はない。ふざけるなよ、王家。
「おじさま」と愛らしく小首をかしげながら、王家すらも手玉に取ってしまったグランヴィル公爵家の双子。儚げな見た目に騙されてはいけない。あれはとんでもない女傑だ。
そうして貴族たちの間にはある噂が密かに流れた。
いわく
グランヴィル公爵家の双子には、手を出すな。
おわり
「続 公爵家の双子には手を出すな ~花屋の娘の話~」N3212MIもお楽しみください。




