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ズボンの中の平和は私が守ります! 色気ゼロでクビになった最強作業服デザイナー、超高級ブランドで愛と通気性を勝ち取る

作者: 世紀末覇者
掲載日:2026/02/28

 ファッション業界の常識を、物理的な『通気性』でぶち壊す!?

 「可愛げがない」とクビにされた色気ゼロ・実用性全振りの作業服デザイナーが、ひょんなことから世界的な超高級アパレルの冷徹CEOに拾われた!

 ドレスは美しき牢獄? いいえ、服の本質は「外部の脅威からの絶対防衛」と「ズボンの中の平和維持」です!

「東雲。お前、明日からもう来なくていいぞ。とにかく、女のくせに可愛げがないんだよ」


 机の上に放り投げられたのは、私が現場の仮眠室に泊まり込んで書き上げた企画書だった。

 作業服メーカー『タフネス・ギア』の、薄暗い第三会議室。

 目の前で鼻で笑っているのは、直属の上司である開発部長だ。

 私はパイプ椅子に座ったまま、首を傾げた。


「可愛げ、ですか?」

「ああ。なんだこの『究極無蒸れ・ズボン内オアシスパンツ』ってネーミングは! プレゼンのために、真夏の作業着の中の湿度データなんか集めやがって。女ならもっとこう、パステルカラーの可愛い事務服でも提案しろ!」


 私は、大きく息を吸い込んだ。

 そして、思い切り胸を張った。

 私は周囲からはよくクレイジーだと言われるが、仕事において実用性以上の正義など存在しない。

 過酷な現場で働く人々の命と快適さを守る。

 それこそが、私のすべてなのだ。


「部長! パステルカラーで蒸れは防げません!」

「はあ!?」

「真夏の建設現場における作業員のズボンの中は、アマゾンの熱帯雨林を超えます! あそこはまさに腐海(デッドゾーン)なんです! 私が開発した『超・吸水速乾ブリーズ生地』を使えば、ズボンの中は常に高原のそよ風に包まれます!」


 ぜえぜえと息を切らしながら熱弁を振るう私を、部長は汚いものでも見るような目で睨んだ。


「お前みたいな色気ゼロの女に、うちの看板は任せられねえ。お前はクビだ。ああ、でもお前の作ったその『ブリーズ生地』の特許は、会社預かりにする。親会社が買収したアパレルブランドが、夏用の新素材を探しててな。俺の名前で高く売らせてもらうわ」

「……そうですか」


 他人の血と汗の結晶を、自分の手柄にする。

 典型的な泥棒だ。

 普通ならここで泣き崩れるか、怒り狂うところだろう。


 だが、私はニッコリと笑った。


「わかりました! 私の才能に、まだ時代が追いついていないのですね! お世話になりました!」


 落ちこむ理由なんて、どこにもない。

 私の信念は間違っていない。ただ、この会社と方向性が合わなかっただけだ。

 それに、私の開発した生地が世に出て、誰かの汗と不快感を救うなら、誰の手柄でも構わない。

 私は荷物をまとめ、意気揚々と会議室を後にした。

 明日からまた、新しい布を探す旅に出るだけだ。


     *


 翌日。

 私はなぜか、表参道の一等地にそびえ立つ、ガラス張りのビルの前にいた。

『メゾン・ド・エトワール』。

 世界中のセレブが愛用する、フランス発祥の超高級ブランドだ。

 昨日の今日で、親会社から「特許の引継ぎのために一度出向いてくれ」と呼び出されたのだ。


 エントランスに入った瞬間、そこは別世界だった。

 大理石の床。

 きらびやかなシャンデリア。

 すれ違うのは、雑誌から抜け出してきたような背の高いモデルや、洗練されたスーツを着こなすスタッフばかり。


 完全に、場違いだった。

 私は、収納力抜群の多機能タクティカルベストに、水を弾くカーゴパンツ。そして足元は、どんな悪路も歩けるトレッキングシューズという、いつもの最強装備だ。

 すれ違う美女たちが、ギョッとしたように私を振り返る。

 だが、私は胸を張って歩いた。

 ポケットがすごくたくさんあるこのベストは、利便性の頂点である。

 何も恥じることはない。


 通されたのは、最上階の広大な社長室だった。

 重厚なデスク。

 そこに座っていたのは、彫刻のように整った顔立ちの男だった。


「よく来てくれたね。東雲こころくん」


 星川ルイ。

 若くしてこのブランドの日本支社を束ねる、天才デザイナー兼CEO。

 プラチナブロンドの髪に、氷のように冷ややかなブルーの瞳。


 彼の視線が、私を頭の先からつま先まで、静かに観察した。


 長い指が、デスクの上にあるタブレットをトントンと叩いた。


「君が開発した『ブリーズ生地』。素晴らしい性能だ。従来のシルクに比べ、湿気を逃がす力が五・八倍。乾く速さは四・二倍。これほど極限まで無駄を削ぎ落とした素材は見たことがない」

「ええっ、わかるんですか!?」

「だが」


 星川社長は、スッと立ち上がった。

 長身が、私を見下ろす。


「君自身には、圧倒的に美しさが足りない。うちのブランドは、女性に虚栄(ファンタジー)を売る場所だ。君のような実用性一辺倒の無骨な人間に、私の芸術が理解できるとは思えない」


 冷たい言葉。

 普通なら縮み上がってしまうだろう。

 だが、私は腹の底から声を張り上げた。


「ファンタジーじゃ、脇汗は止まりません!」


 星川社長の眉が、ピクリと動いた。


「どんなに美しいドレスでも、着ている人が汗だくで肌荒れを起こしていたら、それはただの拷問器具です! 美しさは、快適な身体の上にしか成り立ちません!」


 私が言い放つと、星川社長は目を丸くし、やがてフッと口角を上げた。


「……面白い女だ。いいだろう、君を今日から私のアトリエの素材コンサルタントとして雇う。給与は前の三倍だ」

「やります!」


 即答だった。

 大好きな生地に触れられるなら、場所なんてどこでもいい。


「君のその生地を、私の夏の新作コレクションに組み込む。だが、私のミリ単位のシルエットを少しでも崩したら、即刻クビだ」

「任せてください!」


 私は、星川社長を真っ直ぐに見つめ返した。


「当然です! 服の本質は、外部の脅威からの絶対防衛と、ズボンの中の平和維持ですから!」


 星川社長の冷たい瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、奇妙な熱が灯ったような気がした。


     *


 現場に配属された私は、すぐに現実の壁にぶつかった。

 そこは、きらびやかなレースと重厚な刺繍の海だった。

 そして、そのアトリエを実質的に支配しているのは、チーフデザイナーの西園寺だった。


 西園寺は、親会社の重役のコネで座に就いている男だという。

 派手な柄のシャツを着崩し、ふんぞり返った態度でスタッフを顎で使っている。

 彼は、若手デザイナーの描いたデザイン画を取り上げ、勝手に自分のサインを書き込んでいた。

 他人の手柄にただ乗りする、典型的な泥棒だった。


「なんだい、君は。社長が拾ってきた現場上がりの小娘?」


 西園寺が、鼻で笑いながら私を見た。


「ふん。僕の邪魔だけはしないでくれたまえ。ドレスとは、女性の身体を縛り付ける美しき牢獄なのだ。君のようなガサツな人間に、触れる資格はない」


 私は眉をひそめた。

 着る人を牢獄に閉じ込める服なんて、絶対に間違っている。


 その日の午後。

 アトリエに、大事な顧客がやってきた。

 世界的なオペラ歌手の、マリア様だ。

 彼女は、夏のワールドツアーのフィナーレで着るための特注ドレスのサイズ合わせに訪れたのだ。


 スタジオの中央。

 お立ち台の上で、マリア様は重い総ビーズ刺繍の豪華なドレスを着せられていた。

 スタジオは、強い照明の熱でサウナのように暑い。


「素晴らしい! この重厚感こそが僕の芸術だ!」


 西園寺が両手を広げて絶賛する。

 だが、私はマリア様の異変にすぐに気づいた。

 彼女の顔は青ざめ、息は荒い。

 そして何より。


 ドレスの極太のストラップが食い込んでいる鎖骨のあたり。

 そこが、摩擦で真っ赤に腫れ上がっていたのだ。


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 真っ赤に爛れた、肩の記憶。

 高校時代。

 私の親友が、デザイン重視で作られた風通しゼロの硬い指定制服のせいで、真夏の体育館で倒れた。

 その時、彼女の背中と肩は、汗と摩擦で今のマリア様と同じように赤く腫れ上がっていたのだ。


 服は人を輝かせるものであって、人を傷つける凶器であってはならない。


「ストップです!!」


 私の怒鳴り声が、スタジオに響き渡った。

 全員が驚いて振り返る。

 私は、お立ち台に駆け上がった。


「マリア様、すぐにこれを脱いでください! 脇の下は熱帯雨林、胸の下はナイアガラの滝状態です! こんなの着てものすごく長い時間歌ったら、倒れてしまいます!」

「なっ……貴様、僕の作品に向かって!」


 西園寺が顔を真っ赤にして叫んだ。


「黙ってください! この生地、風通しが完全にゼロです! おまけに裏地の縫い目が荒すぎて、肌を削りに行ってます! これはドレスじゃない。ただの拷問器具です!」


 私は腰のポーチから、愛用のチタン製裁ちばさみを取り出した。


「マリア様、少しだけじっとしていてくださいね」


 私は、ドレスの裏地に迷いなくハサミを入れた。

「あああああっ! 僕の芸術が!」

 西園寺が悲鳴を上げるが、私は無視した。


 私の手は、自分でも驚くほど正確で速かった。

 硬すぎる裏地を剥ぎ取り、代わりに私が持ち込んだ『ブリーズ生地』を滑り込ませて縫い付ける。

 脇の下と胸の下、汗が溜まりやすい部分に、外からは絶対に見えない極小のベンチレーションを作る。

 重すぎるスカートの重さを、肩ではなく骨盤で支える構造に作り変える。


 ただひたすらに、目の前の女性を苦痛から解放することだけを考えて針を動かす。

 ドレスのシルエットをミリ単位で崩さず、内側の構造だけを完全に作り変える。


 ほんの少しの間。


「はい、完成です! 深呼吸してみてください!」


 マリア様が、おそるおそる息を吸い込む。

 その瞬間、彼女の瞳にパッと光が宿った。


「嘘……痛くない。それに、すごく涼しいわ! 重さをほとんど感じないのに、見た目は全く変わっていない!」


 マリア様は弾んだ声を上げ、お立ち台の上で軽やかにターンを決めた。

 先程まで青ざめていた顔色は明るくなり、そこには胸を張って立つ堂々としたプリマドンナの姿があった。


「ば、馬鹿な……」

 西園寺がへたり込む。


 私はハサミを収め、胸を張った。


「当然です!」


 私は、スタジオの入り口でずっとこちらを見ていた星川社長に向かって、力強く宣言した。


「ドレスは拷問器具じゃありません! 女性の尊厳を守り抜くための武装です!」


 星川社長の目が、大きく見開かれた。

 彼の喉仏が、ゆっくりと上下に動く。

 彼は静かに歩み寄り、マリア様のドレスの仕上がりをたしかめるように、そっと指を這わせた。


「……信じられない」


 星川社長の声は、微かに震えていた。


「私の設計したミリ単位の造形美を一切損なわず、極限の快適性を付与している。いや、動きやすくなったことで、布の波打ちがより美しく生きている」


 彼は振り返り、私を真っ直ぐに見つめた。

 その氷のような瞳の奥で、猛烈な熱が燃え上がっていた。


「東雲こころ。君は、天才か」


 心臓が、跳ねた。

 顔が一気に熱くなる。

 自分のやってきたことを、一番認めてほしかった人に、まるごと肯定された瞬間だった。

 私は慌てて視線を逸らし、首を横に振った。


「て、天才じゃありません! ただ、脇汗と蒸れから人類を救いたいだけです!」

「いいだろう。この夏のコレクション、すべての素材管理と構造補正を君に任せる。好きにしろ」

「社長!? 正気ですか!」


 西園寺が悲鳴を上げたが、星川社長は彼を一瞥すらしなかった。


「西園寺。君が業者の選定で裏金を受け取っていた件、法務部がすでに動いている。二度と私の視界に入るな」


 冷たい宣告に、西園寺は逃げるようにアトリエから消え去った。


     *


 そして迎えた、夏の新作コレクションのランウェイ。


 ショーは、歴史的な大成功を収めた。

 強烈なスポットライトを浴びる中、モデルたちは一滴の汗も流さず、涼やかな笑顔でランウェイを舞った。

 重力を感じさせない軽やかなステップ。

 どれだけ激しく動いても崩れない、完璧なシルエット。

 圧倒的な美しさと機能性の融合に、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


 すべてが終わった後。

 熱狂が去り、静けさを取り戻したバックステージ。


 私は、散らかった裁縫道具を片付けていた。

 そこに、星川社長が入ってきた。


「お疲れ様」

「社長! やりましたね、大成功です!」


 私が無邪気に笑いかけると、星川社長は無言のまま距離を詰めてきた。

 一歩、また一歩。

 私は後ずさり、やがて背中が冷たい壁にぶつかった。


 ドン、と。

 星川社長の大きな手が、私の頭の横の壁をつく。

 逃げ場はない。


 至近距離で見つめられ、私の心臓が狂ったように早鐘を打つ。

 彼のまとっている高級なシトラスの香りが、鼻先をくすぐる。

 視線のやり場に困り、私は彼のネクタイの結び目を凝視した。


「君の技術……君の情熱。もう、誰にも渡したくない」


 低く、甘い声。

 それは、彼が自制し続けてきた、明確な執着の吐露だった。


「私の芸術には、君のその防壁が不可欠だ。一生、私のそばで、私だけのためにその腕を振るってくれないか」


 プロポーズにも似た、強烈な宣言。

 場違いな現場女だった私を、ありのままに認め、信じてくれた人。


 私は顔を上げた。

 彼の熱を帯びた瞳を、真っ直ぐに見返す。


「はい! 私が、あなたのブランドを世界一快適にしてみせます!」


 私は思い切り胸を張った。


「当然です! 服の本質は、外部の脅威からの絶対防衛と、ズボンの中の平和維持ですから!」


 星川社長は、ふっと目を細め、とろけるように甘く微笑んだ。

 長い指が、私の頬にそっと触れる。

 顔が近づいてくる。

 唇が、重なりそうになる。


 ロマンチックな空気の、最高潮。

 誰もが息を呑むような、甘いカタルシス。


 その瞬間。


 私は、星川社長の細身のスラックスのウエスト部分を、ガシッと掴んだ。


「あ、ところで社長! さっきからずーっと気になってたんですけど!」


 甘い雰囲気を木っ端微塵にぶち壊す大声。

 星川社長の動きが、ピタリと止まった。


「あなたの穿いているその極細スラックス! シルエットは最高ですが、ズボンの中のゆとりが圧倒的に足りていません!」


 私は、彼のスラックスを指差した。


「今日一日、ずっと拝見していましたが、歩くたびに生地が突っ張って、大事な部分が圧迫されています! 現在のズボンの中の湿度は驚異のサウナ状態です! あなたの細胞が泣いていますよ!」


 星川社長は、目を丸くして完全に固まった。


「今すぐズボンを脱いでください! 私が大急ぎで、裏地に高機能メッシュの通気層を縫い付けます! 人類の宝であるあなたのお身体を、湿気と摩擦から守り抜くために!」


 私はチタン製のハサミをチャキッと鳴らした。


 星川ルイは、数秒間呆然と立ち尽くし……

 やがて、肩を震わせて、腹の底から吹き出した。


「ふ、ははははっ! あっはははは!」


 冷徹なCEOの、初めて見せる心からの大笑い。

 彼は笑い転げた後、愛おしげに深い溜め息をつき、私の頭をポンと撫でた。


「……分かった。好きにしろ。君には一生、敵わないな」


 星川社長は私の目を覗き込み、極上の笑顔を見せた。

 そして、スッと表情を引き締め、容赦のない声を落とした。


「だがその前に、その特注の高機能メッシュの原価計算書を提出してくれ。

 君の情熱だけで、うちの利益率を下げるわけにはいかないからな」


 甘い空気は完全に消え去った。

 でも、そんなのはどうでもいい。


 華やかなシャンデリアの下で、まだまだ、私のミシンの音は止まりそうにない。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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