第6話「連れ帰る」
『灰燼の領地から始める国造り』
第6話「連れ帰る」
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リーナが協力を承諾してから、三日が経った。
私は再び、クラインドルフ村を訪れていた。
◇
「本当に——連れて行くのですか」
村長が、不安そうな顔で言った。
「ええ」
「しかし、あの娘は——危険です。暴走すれば——」
「承知しています」
「それでも——」
「それでも、です」
村長は、しばらく黙っていた。
「……わかりました。正直に申し上げれば——」
「何でしょう」
「あの娘がいなくなれば——村は、安心します」
その言葉には、罪悪感と安堵が入り混じっていた。
「厄介払いができる、と?」
「……そのように聞こえましたか」
「いいえ。正直なご意見だと思います」
私は、村長の目を見た。
「あなたは——悪人ではない。ただ、村を守りたいだけだ」
「……」
「しかし、リーナもまた——守られるべき存在です。それを、忘れないでいただきたい」
村長は、何も言わなかった。
◇
リーナの小屋に着くと、彼女は外で待っていた。
小さな布袋を一つだけ持っている。
それが——彼女の全財産なのだろう。
「準備は、できましたか」
「……うん」
リーナの声は、硬かった。
当然だろう。生まれ育った村を離れるのだ。たとえ、その村で迫害されていたとしても。
「行きましょう」
「……」
リーナは、一度だけ振り返った。
小屋を。村を。
そして——前を向いた。
「……行く」
◇
領主館への道中、リーナはほとんど喋らなかった。
私の後ろを、数歩離れてついてくる。
まるで——いつでも逃げられるように。
「疲れたら、言ってください。休憩しますから」
「……大丈夫」
「本当に?」
「大丈夫って言ってる」
それきり、会話は途切れた。
◇
途中、小さな村を通り過ぎた。
村人たちが、こちらを見ている。
私を見て——そして、リーナを見て。
その目が、変わった。
「あれは——」
「水の呪い持ちじゃないか——」
「なぜ、領主様と一緒に——」
囁き声が、聞こえてくる。
リーナの足が、止まった。
「……やっぱり」
「リーナ?」
「やっぱり——無理だよ」
彼女の声が、震えていた。
「どこに行っても——同じだ。みんな、私を——」
「リーナ」
私は、立ち止まった。
そして、振り返らずに言った。
「聞こえていますか」
「……何が」
「彼らの声が」
「聞こえてる。『呪い持ち』って——」
「それだけですか」
「……え?」
「私には——『なぜ領主と一緒にいるのか』という声も、聞こえました」
リーナは、黙っていた。
「彼らは——あなたを恐れている。しかし同時に、不思議にも思っている」
「……」
「なぜ、領主が『呪い持ち』を連れているのか。何か——理由があるのではないか、と」
「……だから、何」
「恐怖だけではない、ということです」
私は、歩き出した。
「恐怖の中にも——疑問がある。疑問は——理解への、第一歩です」
「……綺麗事」
「かもしれません。しかし——」
私は、少しだけ振り返った。
「綺麗事でも、言わないよりはましでしょう」
リーナは、しばらく立ち止まっていた。
やがて——また、歩き始めた。
◇
日が暮れる頃、領主館に着いた。
「ここが——私の屋敷です」
「……ボロい」
「否定はしません」
確かに、領主館は老朽化している。壁は剥がれ、屋根は傷み、庭は荒れ放題だ。
「でも——私の村の小屋よりは、ましか」
「住めば都、と言いますから」
「……何それ」
「古い言葉です。気にしないでください」
私は、玄関の扉を開けた。
「ハインリヒ、戻りました」
「お帰りなさいませ、殿様」
老執事が、出迎えてくれた。
そして——リーナを見て、僅かに表情を曇らせた。
「こちらが——例の」
「ええ。リーナさんです。しばらく、ここで暮らしてもらいます」
「かしこまりました」
ハインリヒの声は、平静だった。
しかし、その目には——警戒の色があった。
◇
リーナには、離れの小部屋を用意した。
本館からは少し距離がある。他の使用人と顔を合わせる機会を、減らすためだ。
「狭いですが——」
「十分。私の小屋より、ずっと広い」
リーナは、部屋を見回した。
簡素な寝台、小さな机、椅子が一つ。
それだけの部屋だが——彼女にとっては、贅沢なのかもしれない。
「食事は、本館で取ってもらいます。ただ——」
「わかってる。使用人と一緒には、食べない方がいいんでしょ」
「……申し訳ありません」
「謝らないで。慣れてるから」
リーナは、窓の外を見た。
「ここでも——同じなんだね」
「……」
「どこに行っても——私は、『別』なんだ」
その声には、悲しみはなかった。
ただ、諦めだけがあった。
「リーナ——」
「いいよ。わかってたから」
彼女は、布袋を寝台の上に置いた。
「それより——明日から、何をすればいいの」
「まずは、休んでください。長旅でしたから」
「休んでる暇なんて——」
「あります。焦る必要は、ありません」
私は、扉に向かった。
「明後日から——地底湖の調査を始めます。それまで、ゆっくりしてください」
「……わかった」
「何かあれば——遠慮なく言ってください」
「……」
リーナは、何も答えなかった。
◇
部屋を出ると、廊下にエリーゼが立っていた。
「殿様」
「ああ、エリーゼさん」
「リーナさん——大丈夫でしょうか」
「わかりません。しかし——」
「しかし?」
「彼女を、一人にしないようにしましょう。孤立させては——いけない」
「かしこまりました。私も——できる限り、声をかけるようにします」
「お願いします」
エリーゼは頷いて、去っていった。
◇
その夜、私は書斎で計画を練っていた。
地底湖への通路整備。揚水装置の設計。リーナの魔術訓練。
やるべきことは、山ほどある。
「殿様」
ハインリヒが、入ってきた。
「何でしょうか」
「使用人たちが——少し、動揺しております」
「……そうでしょうね」
「あの娘を——本当に、屋敷に置くのですか」
「ええ」
「しかし——噂では、危険な——」
「噂は、噂です。実際に会ってみて、どうでしたか」
ハインリヒは、少し考えた。
「……普通の、娘に見えました」
「そうでしょう。彼女は——ただ、特別な力を持っているだけです。それ以外は、普通の少女です」
「しかし、使用人たちは——」
「わかっています」
私は、窓の外を見た。
「すぐには——受け入れられないでしょう。しかし、時間をかければ——」
「時間が——ありますでしょうか」
ハインリヒの言葉は、的を射ていた。
時間は、ない。
冬が来る前に、井戸を完成させなければ——来年の春には、領地は終わる。
「やるしか、ありません」
私は、帳簿に目を落とした。
「時間がなくても——やるしかないのです」
◇
翌日の朝。
私は、リーナの部屋を訪ねた。
「おはようございます」
「……おはよう」
リーナは、眠れなかったのか——目の下に隈ができていた。
「食事は——取りましたか」
「……少しだけ」
「もっと食べてください。これから、体力を使いますから」
「……わかった」
リーナは、窓の外を見た。
「ねえ」
「何ですか」
「ここの人たち——私のこと、なんて言ってる」
「……」
嘘をつくべきか、迷った。
しかし——嘘は、いずれバレる。
「正直に、言います」
「うん」
「恐れています。警戒しています」
「……やっぱり」
「しかし——」
私は、リーナの目を見た。
「それは、あなたを知らないからです。知れば——変わるかもしれない」
「変わらないよ」
「わかりません」
「わかるよ。私は——ずっと、そうだったから」
リーナの声は、平坦だった。
「期待しない方が——楽なんだ」
「……」
「期待すると——裏切られた時、辛いから」
私には、返す言葉がなかった。
——第6話「連れ帰る」完——




