表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼の領地から始める国造り  作者: ベリーブルー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/8

第6話「連れ帰る」

『灰燼の領地から始める国造り』


第6話「連れ帰る」


───────────────────────────────────



 リーナが協力を承諾してから、三日が経った。


 私は再び、クラインドルフ村を訪れていた。



          ◇



「本当に——連れて行くのですか」


 村長が、不安そうな顔で言った。


「ええ」


「しかし、あの娘は——危険です。暴走すれば——」


「承知しています」


「それでも——」


「それでも、です」


 村長は、しばらく黙っていた。


「……わかりました。正直に申し上げれば——」


「何でしょう」


「あの娘がいなくなれば——村は、安心します」


 その言葉には、罪悪感と安堵が入り混じっていた。


「厄介払いができる、と?」


「……そのように聞こえましたか」


「いいえ。正直なご意見だと思います」


 私は、村長の目を見た。


「あなたは——悪人ではない。ただ、村を守りたいだけだ」


「……」


「しかし、リーナもまた——守られるべき存在です。それを、忘れないでいただきたい」


 村長は、何も言わなかった。



          ◇



 リーナの小屋に着くと、彼女は外で待っていた。


 小さな布袋を一つだけ持っている。


 それが——彼女の全財産なのだろう。


「準備は、できましたか」


「……うん」


 リーナの声は、硬かった。


 当然だろう。生まれ育った村を離れるのだ。たとえ、その村で迫害されていたとしても。


「行きましょう」


「……」


 リーナは、一度だけ振り返った。


 小屋を。村を。


 そして——前を向いた。


「……行く」



          ◇



 領主館への道中、リーナはほとんど喋らなかった。


 私の後ろを、数歩離れてついてくる。


 まるで——いつでも逃げられるように。


「疲れたら、言ってください。休憩しますから」


「……大丈夫」


「本当に?」


「大丈夫って言ってる」


 それきり、会話は途切れた。



          ◇



 途中、小さな村を通り過ぎた。


 村人たちが、こちらを見ている。


 私を見て——そして、リーナを見て。


 その目が、変わった。


「あれは——」


「水の呪い持ちじゃないか——」


「なぜ、領主様と一緒に——」


 囁き声が、聞こえてくる。


 リーナの足が、止まった。


「……やっぱり」


「リーナ?」


「やっぱり——無理だよ」


 彼女の声が、震えていた。


「どこに行っても——同じだ。みんな、私を——」


「リーナ」


 私は、立ち止まった。


 そして、振り返らずに言った。


「聞こえていますか」


「……何が」


「彼らの声が」


「聞こえてる。『呪い持ち』って——」


「それだけですか」


「……え?」


「私には——『なぜ領主と一緒にいるのか』という声も、聞こえました」


 リーナは、黙っていた。


「彼らは——あなたを恐れている。しかし同時に、不思議にも思っている」


「……」


「なぜ、領主が『呪い持ち』を連れているのか。何か——理由があるのではないか、と」


「……だから、何」


「恐怖だけではない、ということです」


 私は、歩き出した。


「恐怖の中にも——疑問がある。疑問は——理解への、第一歩です」


「……綺麗事」


「かもしれません。しかし——」


 私は、少しだけ振り返った。


「綺麗事でも、言わないよりはましでしょう」


 リーナは、しばらく立ち止まっていた。


 やがて——また、歩き始めた。



          ◇



 日が暮れる頃、領主館に着いた。


「ここが——私の屋敷です」


「……ボロい」


「否定はしません」


 確かに、領主館は老朽化している。壁は剥がれ、屋根は傷み、庭は荒れ放題だ。


「でも——私の村の小屋よりは、ましか」


「住めば都、と言いますから」


「……何それ」


「古い言葉です。気にしないでください」


 私は、玄関の扉を開けた。


「ハインリヒ、戻りました」


「お帰りなさいませ、殿様」


 老執事が、出迎えてくれた。


 そして——リーナを見て、僅かに表情を曇らせた。


「こちらが——例の」


「ええ。リーナさんです。しばらく、ここで暮らしてもらいます」


「かしこまりました」


 ハインリヒの声は、平静だった。


 しかし、その目には——警戒の色があった。



          ◇



 リーナには、離れの小部屋を用意した。


 本館からは少し距離がある。他の使用人と顔を合わせる機会を、減らすためだ。


「狭いですが——」


「十分。私の小屋より、ずっと広い」


 リーナは、部屋を見回した。


 簡素な寝台、小さな机、椅子が一つ。


 それだけの部屋だが——彼女にとっては、贅沢なのかもしれない。


「食事は、本館で取ってもらいます。ただ——」


「わかってる。使用人と一緒には、食べない方がいいんでしょ」


「……申し訳ありません」


「謝らないで。慣れてるから」


 リーナは、窓の外を見た。


「ここでも——同じなんだね」


「……」


「どこに行っても——私は、『別』なんだ」


 その声には、悲しみはなかった。


 ただ、諦めだけがあった。


「リーナ——」


「いいよ。わかってたから」


 彼女は、布袋を寝台の上に置いた。


「それより——明日から、何をすればいいの」


「まずは、休んでください。長旅でしたから」


「休んでる暇なんて——」


「あります。焦る必要は、ありません」


 私は、扉に向かった。


「明後日から——地底湖の調査を始めます。それまで、ゆっくりしてください」


「……わかった」


「何かあれば——遠慮なく言ってください」


「……」


 リーナは、何も答えなかった。



          ◇



 部屋を出ると、廊下にエリーゼが立っていた。


「殿様」


「ああ、エリーゼさん」


「リーナさん——大丈夫でしょうか」


「わかりません。しかし——」


「しかし?」


「彼女を、一人にしないようにしましょう。孤立させては——いけない」


「かしこまりました。私も——できる限り、声をかけるようにします」


「お願いします」


 エリーゼは頷いて、去っていった。



          ◇



 その夜、私は書斎で計画を練っていた。


 地底湖への通路整備。揚水装置の設計。リーナの魔術訓練。


 やるべきことは、山ほどある。


「殿様」


 ハインリヒが、入ってきた。


「何でしょうか」


「使用人たちが——少し、動揺しております」


「……そうでしょうね」


「あの娘を——本当に、屋敷に置くのですか」


「ええ」


「しかし——噂では、危険な——」


「噂は、噂です。実際に会ってみて、どうでしたか」


 ハインリヒは、少し考えた。


「……普通の、娘に見えました」


「そうでしょう。彼女は——ただ、特別な力を持っているだけです。それ以外は、普通の少女です」


「しかし、使用人たちは——」


「わかっています」


 私は、窓の外を見た。


「すぐには——受け入れられないでしょう。しかし、時間をかければ——」


「時間が——ありますでしょうか」


 ハインリヒの言葉は、的を射ていた。


 時間は、ない。


 冬が来る前に、井戸を完成させなければ——来年の春には、領地は終わる。


「やるしか、ありません」


 私は、帳簿に目を落とした。


「時間がなくても——やるしかないのです」



          ◇



 翌日の朝。


 私は、リーナの部屋を訪ねた。


「おはようございます」


「……おはよう」


 リーナは、眠れなかったのか——目の下に隈ができていた。


「食事は——取りましたか」


「……少しだけ」


「もっと食べてください。これから、体力を使いますから」


「……わかった」


 リーナは、窓の外を見た。


「ねえ」


「何ですか」


「ここの人たち——私のこと、なんて言ってる」


「……」


 嘘をつくべきか、迷った。


 しかし——嘘は、いずれバレる。


「正直に、言います」


「うん」


「恐れています。警戒しています」


「……やっぱり」


「しかし——」


 私は、リーナの目を見た。


「それは、あなたを知らないからです。知れば——変わるかもしれない」


「変わらないよ」


「わかりません」


「わかるよ。私は——ずっと、そうだったから」


 リーナの声は、平坦だった。


「期待しない方が——楽なんだ」


「……」


「期待すると——裏切られた時、辛いから」


 私には、返す言葉がなかった。



 ——第6話「連れ帰る」完——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ