表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰燼の領地から始める国造り  作者: ベリーブルー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第4話「信頼への道」

『灰燼の領地から始める国造り』


第4話「信頼への道」


───────────────────────────────────



 翌週、私はヴァイラー村を再び訪れた。


 前回と同じく、村長のグスタフが出迎えてくれた。


「若様——また、いらしたのですか」


「ええ。お話があります」


「話——」


 グスタフの目には、警戒の色があった。


 無理もない。領主が村を訪ねるのは、大抵ろくなことではない。税の取り立て、労役の徴発——そういったものだ。


「ご安心ください。取り立ての話ではありません」


「では、何の——」


「井戸を、掘ろうと思っています」


 グスタフの目が、僅かに見開かれた。



          ◇



 私は、計画を説明した。


 神殿跡地の地下に、大きな水脈があること。


 そこに井戸を掘れば、領地全体の水不足を解消できること。


 しかし、そのためには——人手が必要であること。


「若様は——本気で、おっしゃっているのですか」


「はい」


「しかし——」


 グスタフは、困惑した顔をしていた。


「井戸掘りには、金がかかります。道具も、技術も——」


「道具は、何とかします。技術は——専門家がいます」


「専門家?」


「ディートリヒ・ヴェーバーという方をご存知ですか」


「ヴェーバー——」


 グスタフの顔が、複雑な表情になった。


「ああ、知っております。エルデ村の——変人と呼ばれていた」


「その方が、顧問になってくださいました」


「あの男が——」


「彼は二十年かけて、この領地の水脈を調べ上げています。どこを掘れば水が出るか、全てわかっている」


 グスタフは、黙っていた。


 信じていいのかどうか、迷っているのだろう。


「村長」


「はい」


「正直に申し上げます」


 私は、グスタフの目を見た。


「私は、あなたたちの信頼を得ていません。それは——当然のことです」


「……」


「先代も、その前の領主も、何もしてくれなかった。新しい領主が来たからといって、期待する理由がない」


「……」


「しかし、私は——この領地を立て直したいと思っています。そのためには、あなたたちの力が必要です」


 私は、頭を下げた。


「お願いします。私を——試す機会をください」


 沈黙が流れた。


「若様——」


 グスタフの声が、震えていた。


「顔を上げてください」


「……」


「領主様が、頭を下げるなど——」


「形式よりも、結果が大事です」


 私は顔を上げた。


「いかがでしょうか」


 グスタフは、しばらく考え込んでいた。


「……わかりました」


 やがて、そう言った。


「わしだけでは決められませぬ。村の者たちと、相談させてください」


「ありがとうございます。それで十分です」



          ◇



 同じ説明を、他の村々でも行った。


 反応は、様々だった。


 興味を示す者、懐疑的な者、あからさまに拒絶する者——


「馬鹿馬鹿しい」


 ある村では、壮年の男が吐き捨てるように言った。


「領主様の気まぐれに付き合わされるのは御免だ」


「お気持ちは、わかります」


「わかるもんか。あんたは、この村の苦しみを知らない」


「……」


「井戸を掘る? その間、畑は誰が見る? 家畜は誰が世話をする?」


「それについては——」


「どうせ、口先だけだ。終わったら、また放り出すんだろう」


 男の言葉には、積もり積もった怒りがあった。


 何十年もの間、裏切られ続けてきた者の怒りだ。


「お言葉ですが——」


「もういい。帰ってくれ」


 その村では、誰一人協力を申し出なかった。



          ◇



「殿様、お気を落とされず——」


 帰り道、ハインリヒが言った。


「全ての村で拒否されたわけではありません」


「ええ、わかっています」


 私は、歩きながら答えた。


「むしろ、予想よりは良い反応でした」


「そうでございますか」


「信頼を得るのは、一朝一夕にはいきません。今回は——種を蒔いただけです」


「種——」


「ええ。『領主が井戸を掘ろうとしている』という情報は、領内に広まるでしょう。それでいいのです」


 私は、空を見上げた。


「実際に井戸が完成し、水が出れば——彼らの見る目も変わるはずです」


「なるほど——」


「まずは、協力してくれる人だけで始めましょう。結果を出せば、他の人も動くかもしれません」



          ◇



 結局、協力を申し出てくれたのは、十二人だった。


 二十人欲しかったところだが、贅沢は言えない。


 それに——予想外の収穫もあった。


「殿様、お会いしたいという者が来ております」


 ある日、ハインリヒがそう報告してきた。


「どなたですか」


「若い女性でございます。元・教師だとか」


「教師——」


「はい。領主様に、申し上げたいことがあると」


「通してください」



          ◇



 現れたのは、二十代半ばの女性だった。


 質素だが清潔な服を着て、知性的な顔立ちをしている。


「初めまして。エリーゼ・ミュラーと申します」


「レオンハルトです。どのようなご用件でしょうか」


「殿様が、井戸を掘るために人を集めていると聞きました」


「ええ、その通りです」


「私も——お手伝いできることがあれば、と思いまして」


 私は、少し驚いた。


「教師の方が、井戸掘りを?」


「いえ——直接の作業ではありません」


 エリーゼは、少し恥ずかしそうに言った。


「私には、力仕事はできません。しかし——計算や、記録や、人の調整なら——」


「事務仕事、ということですか」


「はい。以前、学校で教えていた時も、そういった仕事をしておりました」


 なるほど。


 確かに、今の私には事務を任せられる人間がいない。ハインリヒは優秀だが、一人では手が回らない。


「なぜ、協力しようと思ったのですか」


「……」


 エリーゼは、少し考えてから答えた。


「殿様が——自ら村々を回って、頭を下げたと聞きました」


「ええ」


「領主が民に頭を下げるなど——聞いたことがありません」


「形式よりも結果が大事ですから」


「その言葉も——聞きました」


 エリーゼの目が、真剣な光を帯びた。


「私は——この領地で生まれ育ちました。衰退していくのを、ずっと見てきました」


「……」


「何もできない自分が、歯がゆかった。しかし、一人では——何をすればいいかも、わかりませんでした」


「……」


「殿様が本気で領地を立て直そうとしているなら——私も、力になりたいのです」


 私は、彼女をしばらく見つめた。


 目に、嘘はない。


 しかし、人を判断するのは難しい。言葉だけでは、真意はわからない。


「エリーゼさん」


「はい」


「一つ、聞いてもいいですか」


「何でしょうか」


「この領地の教育水準は、どの程度ですか」


 エリーゼは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに答えた。


「壊滅的です」


「壊滅的——」


「読み書きができる者は、全人口の一割以下。計算ができる者は、さらに少ない。学校は十年前に閉鎖され、以来——子供たちは教育を受けていません」


「なるほど」


「殿様は——なぜ、そのようなことを」


「将来的には、教育も立て直す必要があると思っています」


 エリーゼの目が、輝いた。


「本当ですか」


「ええ。ただ、今は優先順位があります。まずは水、次に食料、そして——」


「わかります。今すぐには、無理ですよね」


「申し訳ありません」


「いいえ——」


 エリーゼは、微かに笑った。


「『将来的には』と言っていただけただけで、十分です」



          ◇



 こうして、エリーゼは私の補佐として働くことになった。


 彼女の加入は、大きかった。


 書類の整理、人員の管理、物資の調達——彼女は何でもこなした。


「エリーゼさん、この資材の在庫は——」


「こちらに纏めてあります」


「助かります。それと、明日の作業員の配置は——」


「すでに組んであります。ご確認ください」


 彼女がいなければ、計画はもっと遅れていただろう。


「ありがとうございます。本当に助かります」


「いいえ。私にできることは、これくらいですから」


「謙遜しないでください。あなたがいなければ——」


「殿様」


 エリーゼが、少し困ったような顔をした。


「お褒めいただくのは嬉しいのですが——そろそろ、作業の時間です」


「ああ、そうでしたね」


 私は立ち上がり、作業着に着替えた。


 今日から、いよいよ井戸掘りが始まる。



 ——第4話「信頼への道」完——

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ