第4話「信頼への道」
『灰燼の領地から始める国造り』
第4話「信頼への道」
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翌週、私はヴァイラー村を再び訪れた。
前回と同じく、村長のグスタフが出迎えてくれた。
「若様——また、いらしたのですか」
「ええ。お話があります」
「話——」
グスタフの目には、警戒の色があった。
無理もない。領主が村を訪ねるのは、大抵ろくなことではない。税の取り立て、労役の徴発——そういったものだ。
「ご安心ください。取り立ての話ではありません」
「では、何の——」
「井戸を、掘ろうと思っています」
グスタフの目が、僅かに見開かれた。
◇
私は、計画を説明した。
神殿跡地の地下に、大きな水脈があること。
そこに井戸を掘れば、領地全体の水不足を解消できること。
しかし、そのためには——人手が必要であること。
「若様は——本気で、おっしゃっているのですか」
「はい」
「しかし——」
グスタフは、困惑した顔をしていた。
「井戸掘りには、金がかかります。道具も、技術も——」
「道具は、何とかします。技術は——専門家がいます」
「専門家?」
「ディートリヒ・ヴェーバーという方をご存知ですか」
「ヴェーバー——」
グスタフの顔が、複雑な表情になった。
「ああ、知っております。エルデ村の——変人と呼ばれていた」
「その方が、顧問になってくださいました」
「あの男が——」
「彼は二十年かけて、この領地の水脈を調べ上げています。どこを掘れば水が出るか、全てわかっている」
グスタフは、黙っていた。
信じていいのかどうか、迷っているのだろう。
「村長」
「はい」
「正直に申し上げます」
私は、グスタフの目を見た。
「私は、あなたたちの信頼を得ていません。それは——当然のことです」
「……」
「先代も、その前の領主も、何もしてくれなかった。新しい領主が来たからといって、期待する理由がない」
「……」
「しかし、私は——この領地を立て直したいと思っています。そのためには、あなたたちの力が必要です」
私は、頭を下げた。
「お願いします。私を——試す機会をください」
沈黙が流れた。
「若様——」
グスタフの声が、震えていた。
「顔を上げてください」
「……」
「領主様が、頭を下げるなど——」
「形式よりも、結果が大事です」
私は顔を上げた。
「いかがでしょうか」
グスタフは、しばらく考え込んでいた。
「……わかりました」
やがて、そう言った。
「わしだけでは決められませぬ。村の者たちと、相談させてください」
「ありがとうございます。それで十分です」
◇
同じ説明を、他の村々でも行った。
反応は、様々だった。
興味を示す者、懐疑的な者、あからさまに拒絶する者——
「馬鹿馬鹿しい」
ある村では、壮年の男が吐き捨てるように言った。
「領主様の気まぐれに付き合わされるのは御免だ」
「お気持ちは、わかります」
「わかるもんか。あんたは、この村の苦しみを知らない」
「……」
「井戸を掘る? その間、畑は誰が見る? 家畜は誰が世話をする?」
「それについては——」
「どうせ、口先だけだ。終わったら、また放り出すんだろう」
男の言葉には、積もり積もった怒りがあった。
何十年もの間、裏切られ続けてきた者の怒りだ。
「お言葉ですが——」
「もういい。帰ってくれ」
その村では、誰一人協力を申し出なかった。
◇
「殿様、お気を落とされず——」
帰り道、ハインリヒが言った。
「全ての村で拒否されたわけではありません」
「ええ、わかっています」
私は、歩きながら答えた。
「むしろ、予想よりは良い反応でした」
「そうでございますか」
「信頼を得るのは、一朝一夕にはいきません。今回は——種を蒔いただけです」
「種——」
「ええ。『領主が井戸を掘ろうとしている』という情報は、領内に広まるでしょう。それでいいのです」
私は、空を見上げた。
「実際に井戸が完成し、水が出れば——彼らの見る目も変わるはずです」
「なるほど——」
「まずは、協力してくれる人だけで始めましょう。結果を出せば、他の人も動くかもしれません」
◇
結局、協力を申し出てくれたのは、十二人だった。
二十人欲しかったところだが、贅沢は言えない。
それに——予想外の収穫もあった。
「殿様、お会いしたいという者が来ております」
ある日、ハインリヒがそう報告してきた。
「どなたですか」
「若い女性でございます。元・教師だとか」
「教師——」
「はい。領主様に、申し上げたいことがあると」
「通してください」
◇
現れたのは、二十代半ばの女性だった。
質素だが清潔な服を着て、知性的な顔立ちをしている。
「初めまして。エリーゼ・ミュラーと申します」
「レオンハルトです。どのようなご用件でしょうか」
「殿様が、井戸を掘るために人を集めていると聞きました」
「ええ、その通りです」
「私も——お手伝いできることがあれば、と思いまして」
私は、少し驚いた。
「教師の方が、井戸掘りを?」
「いえ——直接の作業ではありません」
エリーゼは、少し恥ずかしそうに言った。
「私には、力仕事はできません。しかし——計算や、記録や、人の調整なら——」
「事務仕事、ということですか」
「はい。以前、学校で教えていた時も、そういった仕事をしておりました」
なるほど。
確かに、今の私には事務を任せられる人間がいない。ハインリヒは優秀だが、一人では手が回らない。
「なぜ、協力しようと思ったのですか」
「……」
エリーゼは、少し考えてから答えた。
「殿様が——自ら村々を回って、頭を下げたと聞きました」
「ええ」
「領主が民に頭を下げるなど——聞いたことがありません」
「形式よりも結果が大事ですから」
「その言葉も——聞きました」
エリーゼの目が、真剣な光を帯びた。
「私は——この領地で生まれ育ちました。衰退していくのを、ずっと見てきました」
「……」
「何もできない自分が、歯がゆかった。しかし、一人では——何をすればいいかも、わかりませんでした」
「……」
「殿様が本気で領地を立て直そうとしているなら——私も、力になりたいのです」
私は、彼女をしばらく見つめた。
目に、嘘はない。
しかし、人を判断するのは難しい。言葉だけでは、真意はわからない。
「エリーゼさん」
「はい」
「一つ、聞いてもいいですか」
「何でしょうか」
「この領地の教育水準は、どの程度ですか」
エリーゼは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに答えた。
「壊滅的です」
「壊滅的——」
「読み書きができる者は、全人口の一割以下。計算ができる者は、さらに少ない。学校は十年前に閉鎖され、以来——子供たちは教育を受けていません」
「なるほど」
「殿様は——なぜ、そのようなことを」
「将来的には、教育も立て直す必要があると思っています」
エリーゼの目が、輝いた。
「本当ですか」
「ええ。ただ、今は優先順位があります。まずは水、次に食料、そして——」
「わかります。今すぐには、無理ですよね」
「申し訳ありません」
「いいえ——」
エリーゼは、微かに笑った。
「『将来的には』と言っていただけただけで、十分です」
◇
こうして、エリーゼは私の補佐として働くことになった。
彼女の加入は、大きかった。
書類の整理、人員の管理、物資の調達——彼女は何でもこなした。
「エリーゼさん、この資材の在庫は——」
「こちらに纏めてあります」
「助かります。それと、明日の作業員の配置は——」
「すでに組んであります。ご確認ください」
彼女がいなければ、計画はもっと遅れていただろう。
「ありがとうございます。本当に助かります」
「いいえ。私にできることは、これくらいですから」
「謙遜しないでください。あなたがいなければ——」
「殿様」
エリーゼが、少し困ったような顔をした。
「お褒めいただくのは嬉しいのですが——そろそろ、作業の時間です」
「ああ、そうでしたね」
私は立ち上がり、作業着に着替えた。
今日から、いよいよ井戸掘りが始まる。
——第4話「信頼への道」完——




