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6-9


 可汗が片眉を吊り上げる。


『は。そんなもの、弟に決まっているだろう。桜花とやら、お前はあくまで公主だ。女だ』

「我が国にも、そなたのように因習と偏見に囚われたつまらぬ男どもが山といる」  


 桜嘉は片腕をさらに高く上げる。それを合図に、虎大が大音声を放った。


「桜嘉帝、万歳!」


 彼女の背後に布陣する大眞国軍がそれに応える。


「桜嘉帝、万歳! 桜嘉帝、万歳! 桜嘉帝、万歳!」


 万歳の山呼が、草原に轟く。


 ――これは、真実の歓呼だ。


 即位礼でも新帝を言祝ぐ山呼が行われた。女である桜嘉を、男の皇帝として迎えるための茶番の儀礼だ。


 だが、今は違う。彼女の背後に布陣する兵たちは、桜嘉の玉座を受け入れている。親征を行い、天啓でもって狡蒙を撃退して自国の民を守った皇帝を、自らの主君と仰いでいる。


「よく聞け、可汗。私はたしかに女だ。我が国では女の政は禍いであり、国を滅ぼすなどと考える愚か者が少なからずいる」


 だが、と桜嘉は喝破した。


「私はそのような阿呆どもを黙らせて玉座に登ったのだ! 並の男帝と同列に扱ってくれるな!」


 可汗の巨体がわずかにのけぞった。それを好機と捉え、桜嘉はだめ押しの一手を放つ。


「来い、俐安!」


 もちろんその声が彼に届くはずがない。彼は桜嘉の遥か後方、万歳の山呼が打ち上がる、その只中にいるのだから。


 だが――。


 眞軍の右翼から、一頭の馬が飛び出した。


 ――さすが俐安、わかっているじゃないか。


 すらりとした馬に騎乗したのは、西方の甲冑に身を包んだ石俐安。従卒とともに天幕のすぐそばまで駆け、下馬して冑を外す。黄金の髪が風に踊った。


『可汗よ、私はフェルゼンシュタイン王の子、ユリアン=フェルゼンシュタインだ』


 俐安は故国の言葉で名乗りを上げた。彼が伴った従卒が、それを狡蒙の言葉に訳す。


『私は大眞国皇帝朱桜嘉に臣従し、主君のためにこの命を捧げると誓った。我が主は、まさしくそれに値するお方』


 眞軍右翼からさらに一頭の馬が飛び出した。颯爽と駆けるその馬が近づき、騎乗する人物の容貌が明らかになると、可汗は目を剥いた。


『久しぶりだな、従兄殿』


 那壊が可汗の前に立つ。


『悪いが、俺たちも眞と手を結んだ。あんたのやり方にはうんざりしているんでね』

『き、貴様……!』


 可汗が腰の剣に手をかけると、俐安と那壊が一歩踏み出した。二人とも瞬時に抜刀できる構えだ。

 一触即発の状況に、草原の空気が張り詰めた。南北の軍勢が固唾を呑む。


 そこに桜嘉が軽やかな声を投げ込む。


「これで分かったろう、可汗。私は眞の民だけでなく、西方の碧眼の民、そなたらと同じ草原の民も従えている」


 可汗はぎりりと歯を軋ませた。

 それを見て、桜嘉は極上の笑みを浮かべる。


「さぁ、大眞国皇帝である私と和議を結べ。愚かな我が弟と手を結ぶより、そなたらに益をもたらしてみせるぞ」


 その一言で、和議の内容協議が始まったのだった。


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