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可汗が片眉を吊り上げる。
『は。そんなもの、弟に決まっているだろう。桜花とやら、お前はあくまで公主だ。女だ』
「我が国にも、そなたのように因習と偏見に囚われたつまらぬ男どもが山といる」
桜嘉は片腕をさらに高く上げる。それを合図に、虎大が大音声を放った。
「桜嘉帝、万歳!」
彼女の背後に布陣する大眞国軍がそれに応える。
「桜嘉帝、万歳! 桜嘉帝、万歳! 桜嘉帝、万歳!」
万歳の山呼が、草原に轟く。
――これは、真実の歓呼だ。
即位礼でも新帝を言祝ぐ山呼が行われた。女である桜嘉を、男の皇帝として迎えるための茶番の儀礼だ。
だが、今は違う。彼女の背後に布陣する兵たちは、桜嘉の玉座を受け入れている。親征を行い、天啓でもって狡蒙を撃退して自国の民を守った皇帝を、自らの主君と仰いでいる。
「よく聞け、可汗。私はたしかに女だ。我が国では女の政は禍いであり、国を滅ぼすなどと考える愚か者が少なからずいる」
だが、と桜嘉は喝破した。
「私はそのような阿呆どもを黙らせて玉座に登ったのだ! 並の男帝と同列に扱ってくれるな!」
可汗の巨体がわずかにのけぞった。それを好機と捉え、桜嘉はだめ押しの一手を放つ。
「来い、俐安!」
もちろんその声が彼に届くはずがない。彼は桜嘉の遥か後方、万歳の山呼が打ち上がる、その只中にいるのだから。
だが――。
眞軍の右翼から、一頭の馬が飛び出した。
――さすが俐安、わかっているじゃないか。
すらりとした馬に騎乗したのは、西方の甲冑に身を包んだ石俐安。従卒とともに天幕のすぐそばまで駆け、下馬して冑を外す。黄金の髪が風に踊った。
『可汗よ、私はフェルゼンシュタイン王の子、ユリアン=フェルゼンシュタインだ』
俐安は故国の言葉で名乗りを上げた。彼が伴った従卒が、それを狡蒙の言葉に訳す。
『私は大眞国皇帝朱桜嘉に臣従し、主君のためにこの命を捧げると誓った。我が主は、まさしくそれに値するお方』
眞軍右翼からさらに一頭の馬が飛び出した。颯爽と駆けるその馬が近づき、騎乗する人物の容貌が明らかになると、可汗は目を剥いた。
『久しぶりだな、従兄殿』
那壊が可汗の前に立つ。
『悪いが、俺たちも眞と手を結んだ。あんたのやり方にはうんざりしているんでね』
『き、貴様……!』
可汗が腰の剣に手をかけると、俐安と那壊が一歩踏み出した。二人とも瞬時に抜刀できる構えだ。
一触即発の状況に、草原の空気が張り詰めた。南北の軍勢が固唾を呑む。
そこに桜嘉が軽やかな声を投げ込む。
「これで分かったろう、可汗。私は眞の民だけでなく、西方の碧眼の民、そなたらと同じ草原の民も従えている」
可汗はぎりりと歯を軋ませた。
それを見て、桜嘉は極上の笑みを浮かべる。
「さぁ、大眞国皇帝である私と和議を結べ。愚かな我が弟と手を結ぶより、そなたらに益をもたらしてみせるぞ」
その一言で、和議の内容協議が始まったのだった。




