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4-5


 短刀を握ったまま、桜嘉は片足で寝台を踏みつけた。


「本当にむかつくんだ、俐安が。意味が分からない。いいから私の思うように動け、姉様の居場所を吐け、隠していることを全部出せ」


 ユリアンはポカンと口を開けた。駆け引きでもなんでもない、これではただの子どもの癇癪だ。


 毒気を抜かれて、何もかもが馬鹿馬鹿しくなった。


「桜嘉様……とりあえず、着衣の乱れを直されては?」


 はっとしてはだけた襟をかき集める桜嘉から、ユリアンは視線を外した。


「別に刃物で脅されずともお姉様の居場所はお教えしますよ。最初から知りたいとだけ言えばよかったんです。こんなことをしなくても」


 ふん、と桜嘉は鼻を鳴らす。


「利がないと動かん、と言ったのは俐安の方だろうが」

「それはあなたの即位前のことでしょう? 今はあなたの玉座を守ることが我が国の利につながるわけですから。それに、もう私たちは夫婦で」


 言いかけたユリアンの言葉を、怒声が遮った。


「だから! そういう言葉で、私を縛ろうとするな!」

「……意味が分からない」


 ユリアンは両手を上げて降参した。


「承知しました。では平国公主について知っていることを吐きましょう。私が、一方的に、あなたの命に従って」


 桜嘉は黙って頷く。要求を全て飲んだのに彼女は不満げだ。やはり意味がわからない。


「いったん場を改めませんか。今日はお帰りください。明日の夕餉を準備してお待ちしますから」


 ようやく短刀を下ろして、桜嘉はユリアンに背を向けた。そして帰り際、ポツリとこぼす。


「だから、そういうところが、むかつくんだ」


          ***


 翌日、再びユリアンのもとを訪れた桜嘉は、常と変わらぬ策略家の皇帝だった。


「狡蒙は、どうやら平国公主を奪われたようです」


 約束通り情報を提供した。客庁には桜嘉とユリアン、そしてテオと玉兎だけが控えている。


「奪われた?」

「草原の民にとって、妻は財産の一つです。それはご存じですか?」

「知識としては」


 草原の男は複数の妻を娶る。妻は家財や家畜と同じく男の財産とみなされ、よって略奪にあうことがある。


「狡蒙の王、達阿打可汗は敵対する勢力に平国公主を奪われたようです。可汗の不在時に天幕を襲撃され、女たちは戦利品として連れ去られたとか。可汗は奪還と復讐を試みたが、それも失敗に終わった。この話は、草原の民と取り引きのある商人たちの間で語られています」


 桜嘉は両手を握りしめた。


「なるほど……だから狡蒙は強硬な態度で姉様の諜報行為を主張し、軟禁したことにしたのか。和議の証である公主を失ったのはまずいし、女を奪われた間抜けだと知られるわけにもいかないから」

「そういうことのようです。攫われた平国公主の消息は聞きませんが、我々商人の情報網を利用すれば、もっと具体的なことが探れるでしょう」

「……姉様はご無事でいらしゃるだろうか」


 それで、とユリアンは桜嘉に迫った。


「結局、どうしてそこまでして姉君にこだわるのです?」

「それは……」


 長い思案の末に桜嘉が顔を上げた時、廊下へと繋がる扉が激しく撃ち叩かれた。厳しく人払いをしていたのに何事かと玉兎が駆け寄ると、扉の外で宦官が待ち構えていた。


「急ぎ桜嘉様をお呼びせよと、内廷から――詳細はお聞きしておりませんが、火急の知らせとのことで」


 桜嘉は一瞬、後ろ髪を引かれたようにユリアンを振り返ったものの、呼び出しに応じて去っていった。


          ***


 宿直中だった鄭兄弟に護衛され、桜嘉は内廷へ急いだ。そこで蒼将軍が彼女を待ちかねていた。


「どうしたのです、蒼将軍。このような夜更けに」

「申し訳ございません。ですが北の嚴山げんざん関から早馬で報が届きました――狡蒙が休戦を破り南下を始める、と宣言したのだと」


「えっ」


 背後で承陽が声を漏らした。蒼将軍はそれをひと睨みで黙らせたが、承陽が驚くのも無理はない。休戦が成立したのはわずか三月ほど前。こんなにも早く、なんの予兆もなく一方的に盟約を破るとは、誰も予期できなかったはず。


 けれど、桜嘉は違う。


「託宣の通りね。近く大軍を動かす事態になると、天がわたくしに示してくれた通りだわ」

「はい……」


 蒼将軍が唸るように返答をし、鄭兄弟が息を呑む。


「もちろん進軍の準備はしているわね?」

「は、はい」

「よかった。お願いした通り急いでくれたのね。感謝するわ」


 思わず虎大の頭が下がった。形式じみたものではなく、桜嘉に圧倒されて。


「桜嘉様……なんか、すごすぎる」

 承陽がこぼした言葉が、夜の堂内にことのほか大きく響く。


 再び面を上げた虎大は、普段の調子を取り戻していた。淡々と報せを続ける。


「加えて、南にも動きがございます。陛下はすでに見通していらっしゃるでしょうが」

「南?」


 桜嘉は首を傾げた。


「はい。狡蒙は、南に逃れた王太子・沐伸殿下と手を結んだようです」


 その報に、桜嘉はこれ以上ないほど大きく目を見開いた。


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