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3-1


 鄭承固は、いささかの戸惑いとそれより大きな誇らしさに胸を満たされていた。


 即位礼に先立ち、彼と弟の承陽は新帝・桜嘉の近辺警護に任命された。所属は北衙禁軍のうち、もっとも皇帝の側近くに仕えることになる雨林軍だ。


 公主であった主が皇帝として――しかも性別を偽って即位すると知った時には耳を疑ったし動揺もしたが、天の宣旨が降ったのだと言われれば納得できた。


 桜嘉が実際には女であることは、宮城の外には伝えられていない。女の皇帝を侮って国外の周辺諸勢力が攻勢を強めることや、民の不安が暴動に発展することも考えられたからだ。


 宮城内部は内廷と外廷に分けられる。内廷は皇帝が起居する私的な場で、限られた官のみに参内が許されている。

 桜嘉帝が女性であることを知るのは、この内廷に勤める文武の官までだ。


 秘密を知る官吏の腹の内はそれぞれだが、先帝・沐伸では国難を乗り越えられないであろうことも明らかだった。


 承固自身は新帝を信じている。丹栄公主・桜花は心清らかで慈しみにあふれた主だった。彼女の登極はきっと民への恵みとなるだろう。


 だが、もちろん心配でもある。彼女は容姿だけでなく、内面も女らしく謙虚で嫋やかだ。そんな彼女が、朝廷の官僚たちと渡り合っていけるのだろうか。それ以前に体がもたないのじゃないかと、とにかく気を揉むことばかりである。


 今も承固と承陽が見守る前で、男ものの官服に身を包んだ桜嘉が女らしい軽やかな声を響かせている。


「北の防衛線を守る兵たちは随分疲れているでしょう。せっかく新帝が即位するのですもの、礼典のための休戦を願い出てみましょう」


 そう彼女が提案する相手は、劉宰相と蒼将軍。二人とも皇帝三代に仕えた朝廷の重鎮だ。

 ともに齢は六十を過ぎてはいるが、健康そのもの。まだまだ朝廷の権を後進に譲るつもりはなさそうだ。実際、正式な即位も済んでないというのに、桜嘉の朝廷はすでにこの二人を中心にして動き始めている。


「休戦ですか……果たして狡蒙こうもうが受け入れるか否か」


 劉宰相は狸腹をポンポンと叩いた。新帝の提案にいくらか呆れている風情だ。


 大眞国では、北の蛮族を狡蒙と呼びならわしている。ここ十数年絶えず北の国境を脅かしてきた強大な勢力だ。彼らがこちらの事情を慮り休戦を受け入れるわけがない、と劉宰相は考えているらしい。それには承固も同意見だった。


 だが桜嘉は、あっけらかんと言った。


「受け入れてもらいましょう。絹や銀をたくさん持たせた使節を遣わせてちょうだい。劉宰相、勅書の草案作成に取り掛かってくれるかしら」

「ふむ……承知いたしました」


 歯切れが悪いながらも、宰相はとりあえず桜嘉の提案を受け入れ、ふっくらとした頬を持ち上げて笑った。


「幼い頃より桜嘉様は人とは異なる考え方をされておりましたなぁ。ただ奇抜なだけでなく、人をはっとさせるような策を練られる。それがこの爺にはひどく楽しく思えたものですよ」


 桜嘉の即位を強烈に後押ししたのは劉宰相なのだと聞いた。なるほど、幼い頃から丹栄公主を知っていたからこその判断だったのだ。


 だがこの件は、奇抜とか面白いとかで決断する類の話ではない。


(さすがの桜嘉様でも戦や夷狄のことはお分かりになっていない)


 桜嘉の思いつきで北に送られる使者を、承固は気の毒に思った。狡蒙が休戦を受け入れなければ使者は首を斬られる可能性が高い。


「それから、蒼将軍」


 桜嘉は老将軍に話を向けた。


「北の防衛を担っている将兵の奮闘に報いる制度を設けたいの。彼らこそがこの国のために体を張ってくれているのだもの。これからその相談に乗ってくださるかしら」

「承知しました」


 短く返答した将軍・蒼虎大は表情をいっさい変えない。何を考えているか全く分からない人だ。


 蒼将軍といえば、大眞国の英雄とも言える人物だ。戦場で名君太宗の右腕として活躍し、群雄が割拠する眞の土地の統一に貢献した。正々堂々とした戦いっぷりから、漢の中の漢と名高い。


 なよなよとした女に仕えることを良しとするような人物ではなく、女を男として扱うような茶番を好む性格でもない。彼が桜嘉に仕えるということが、承固には意外に思える。


 三人の会談は、桜嘉の即位礼や先帝・沐伸の扱いなど、忙しなく話題がうつっていく。


「あなたたちのおかげで心強いわ」


 桜嘉は二人の老官吏に向けて控え目に微笑む。


「こんなわたくしが突然即位して果たして十分役目を果たせるのか、不安ばかりだったから」


 卓上に重ねた桜嘉の手の先が震えている。


(そうだ、俺ですら女の登極に困惑を覚えたのだ。桜嘉様の心細さは比べ物にもならないはずだ)


 桜嘉を守るためになんでもやろう。承固は改めて決意した。


          ***


 石俐安――ユリアン=フェルゼンシュタインは碧い目を瞠った。


「休戦ですか?」

「あぁ、朝廷を整えるための時間稼ぎが必要だからな」


 即位礼を終えた後、桜嘉は後宮への渡御を開始した。


 大眞国の後宮はそれ自体が巨大な庭園建築だ。五行説に基づいて、東西南北に四神の名を冠した殿舎が配されている。ユリアンには馴染みがないが、五行とは五つの元素――火・土・金・水・木が世界を形作るとする大眞国の思想だ。


 西方から入輿した彼には、西の神獣の名を冠した白虎殿があてがわれた。五行のうち、西は金の元素と結びつくらしい。「西石からやってきた金勘定が得意な俐安には、白虎殿がお似合いだろう」と新帝は得意げに笑っていた。


「即位直後の大事な時期だ。じっくりと内政改革に取り組むため、しばらく狡蒙には大人しくしてもらう」


 桜嘉は長椅子に半ば寝転んでくつろぎながら言った。ユリアンと桜嘉は茶器が湯気を上げる卓を挟んで向かい合ってるのだが、奇妙なことに互いに眞の官服を纏っている。


 ユリアンは新帝の後宮に入り「妃」と呼称されることとなったが、さすがに女物の襦裙を身につけることは強いられなかった。一方で、桜嘉は劉宰相からかたく男装をするよう求められているそうで、後宮で皇帝と妃が向き合っているのに、どちらも男装だ。


「攻勢に回っている狡蒙が休戦を受け入れるでしょうか……」


 ユリアンは訝しんだが、桜嘉は楽観的だった。


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