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2-6

 正殿の外、光の中に飛び出した彼を衛士が追う。桜花が「どうなさいました!?」とそれに続くと、つられて数名の官吏も動いた。


「……殿下、それは一体?」


 桜花は陽の眩しさに目を細めた。


 王太子は扉のすぐ向こうで立ち止まり、振り返った。結っていたはずの黄金の髪は、いつのまにか束縛を失って風になびいている。


 その彼の腕に一羽の鳥が止まっている。


 鳥は翼を大きく広げ、鋭い眼光で正殿の面々を見渡す。翼も、足も、長い尾も、全身が炎のように赤かった。


「朱凰……」


 誰かがぽつりと呟いた。その衝撃が、波紋のように広がっていく。


「朱凰が禁裏に降りたったぞ」

「あ、あの唄の通りだ」


 ――朱凰、山を繞りて飛び、宛転して花園のうち


 俗世の人間のざわめきを厭うように、すぐに朱凰は飛び立った。冷えて澄み切った空を背景に悠々と、幾重にも張り巡らされた隔壁の遥か上空を。


 愕然とそれを追った人々の視線は、やがて翻って丹栄公主に集まった――男の衣を身にまとい、瞠目しながらも凛と立っている。


「陛下……」


 数名の官吏や衛士が公主の足もとに膝行し、平伏した。


「お、おやめなさい」


 桜花は止めたが、さらに数名が続く。彼女を中心に人の輪が生まれていく。


「おい! お前たち、何をしている!」


 呂宰相が慌てて駆けつけてきた。


「陛下はただ一人、玉座におられるではないか! 女に跪くなど言語道断ぞ!」


 だが宰相に言葉を返す者はいない。平伏した者は誰一人として立ち上がらない。

 喚く宰相の背後で、ふらりと皇帝が玉座を下りた。ぎりぎりと歯を軋ませながら、姉のもとへとにじりよる。拳を固く握りしめていた。


「畏れながら……」


 王太子の通訳がそろそろと声を上げた。


「西石の殿下がどうしてもこの言葉を伝えてほしい、と」


 老齢の通訳の隣で、異国の王太子は確信めいた微笑みを浮かべていた。


 ――天は、玉座にふさわしい者を求めている。


 再びどよめきが起こった。


「ふざけるな!」


 冕冠が落ちて床を鳴らせた。皇帝は拳を振りかざし、怒りのままふざけた姿の姉に殴りかかる。


「おやめください!」


 衛士がとっさに動き、二人の間に割り込む。

 皇帝を警護するはずの衛士たちが身を挺して守ろうとしたのは、皇帝と崇められる男ではなく、男装の公主だった。


「お前らっ……!」


 血眼になった皇帝の拳は、大きな手に捕らえられていた。


 彼の腕を掴んだのは、顔に大きな傷のある将軍だ。老いてはいるが頑強な体躯の持ち主で、力が強い。


「蒼将軍、貴様っ! 不敬だぞ!」


 皇帝に脅されても、将軍はまったく動じなかった。


「大変失礼を致しますが、ご容赦賜りたい」


 低い声でそう言うと、彼は長身にものを言わせて沐伸を拘束した。羽交締めされたようになって、沐伸は動くことも喋ることもできない。


 将軍の強硬な行動に最も驚愕したのは桜花だった。


 ――何が起きている?


 蒼将軍は禁軍一の実力者だ。巷間に英雄として語られる猛将で、長く朝廷に仕えてきた。桜花は蒼将軍とは面識がない。なぜ彼が皇帝である沐伸を止めようとするのか、思惑が読めない。


 彼女の混乱に追い打ちをかけるように、ぱちんと手を打つ高い音が正殿に響いた。


「なんということでしょうか!」


 手を鳴らして注目を集め、感極まったように声を張ったのは、太鼓腹の小柄な男――劉漢忠だった。


「叔父様……?」


 桜花は息を呑んだ。

 福々とした笑みを浮かべ、漢忠は朗々と言った。 


「桜花様の衣が袍へと変じ、瑞鳥が宮城に降り立った」


 漢忠は丸い目を西石の王太子に向ける。


「そして異国の殿下が、我らに天の言葉を授けてくださったのです――間違いがございません、天は桜花様の即位を望んでいる」

「か、漢忠、貴様っ……!」


 将軍の腕に捕えられたまま、皇帝は真っ赤に顔を燃やす。


「頭がおかしくなったのではないか、劉漢忠……」


 その場の困惑を代弁したのは呂宰相だった。


「玉座の陛下を前に、なんという冒涜を……それに丹栄公主は、公主だぞ。女だ。天が女の即位を望むわけがない」


 はて、と劉漢忠はとぼけた声を出した。


「そもそも桜花様は本当に女であらせられるのだろうか?」


「……は?」


 皇帝も宰相も口をぽかんと開けた。桜花自身も思わず動揺を口にする。


「それは……いったい?」


 漢忠はそれらの視線をすり抜けるように正殿を玉座の方へと戻り、沐伸が落とした冕冠を恭しく拾い上げる。


「女の即位など考えるべくもない。だが、天は桜花様の即位を望んでおられる。ならば答えは一つでございましょう――桜花様は実は男児であらせられた。我々が誤解をしていただけなのですよ」


 ば、ばかな、と呂宰相はふらついた。正殿のあちこちで困惑と抗議の声が上がる。

 だが、桜花の足もとに平伏した官たちは、やはり、と陽光を仰ぐ心持ちで彼女を仰いだ。


「丹栄公主が男であれば、と願っておったのです」

「国難のさなかにある我らをお救いくださるのはあなた様しかおりません」


 桜花は硬直して動けなかった。


 ――私が、男?



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