最終話
最終話はちょっと長めです。
コメディーをお楽しみいただければ幸いです。
ゴンッ!!というものすごい音が部屋に響く。
「な、何をされるんですか! おやめくださいバーンヒルの!」
父が叫んだ。その間にジーグフェルド様はもう一回頭を柱にぶつける。
「俺のせいだ! 俺も記憶を消す!!」
呆然とする私や父たちの目の前で、彼は柱に三度目の頭突きをする。
俺のせいだ……って、確かにそうかもしれないけれど。責任の取り方が、「俺も記憶を消す」???
「俺が……きちんと愛を伝えていればこんなことにはならなかったッ!!」
えっ? 今なんて?
そう思う間にも、四度目のゴン! という鈍い音が部屋に響く。
「まさか俺の、クラウディア嬢への愛が疑われていたなんて!!」
「それは疑うでしょう! 夜会をキャンセルした時の態度はひどいものでしたよ!」
私の気持ちを100%代弁したかのように、弟が叫んでくれた。
「姉は『ジーグフェルド様のご気分が悪くなるくらい、私は着飾っても醜いのね』と落ち込んでいましたから!!」
「そんなわけないだろう! ああああの、思い出すだけでも目が潰れそうだ。あの時のクラウディア嬢は月の女神の化身だった!!!」
「そこだけは完全に同意です!」
弟がおかしいのはいつものこととして。ジーグフェルド様が完全に、おかしい。私への愛とか、月の女神の化身とか、何を言ってるの? だって彼はさっきまで他の女性と浮気をしようとしていたんじゃ……。
「うおおお、俺はなんと、愚かだったのだッ!!」
彼がそう叫んで五回目の頭突きをした時。バキッと音がして柱が軽く凹んだ。ちょっとやりすぎでは。これ以上続けたら、ジーグフェルド様が記憶をなくす前に大怪我をしそうよ!
「クソッ、これでもまだ記憶がなくならないのか……」
彼は左右を見回し、壁に飾られた剣と盾に目を止める。ツカツカとそちらに歩み寄り、盾を手に取ろうとしたその時。父が頭を抱えて叫んだ。
「コルビー閣下! バーンヒル侯爵令息を止めてくだされ!」
えっ。
思わず父の視線の先を見る。ジーグフェルド様が居るのとは反対の部屋の角に、お腹を抱えるコルビー騎士団長がそこにいた。
いかにも笑いを堪えきれないと言った様子で。
私はもう一度振り向いてジーグフェルド様を見る。彼が手にしているピカピカで立派な盾は、よく見たらコルビー公爵家の家紋が入っていた!
ちょ、ここ、バーンヒル侯爵家じゃなくて、夜会があったコルビー公爵家の客室なの!?
それなのに私の婚約者様は、柱を凹ませただけでは飽き足らず、今にもその盾にぶつけようと、頭を後ろに反らせ……
「やめてえええええ!! それ公爵家の調度品でしょう!?」
私は思わず叫んだ。ジーグフェルド様がピタリと動きを止める。そしてゆっくりと首を回し、こちらを見た。
同時に、部屋中の視線が私に集まる。
「クラウディア嬢……記憶が、戻ったのか?」
し ま っ た 。
「ええと……あの……」
どっと背中から冷や汗が湧き出るのを感じながら、私は上手い言い訳を頭の中で探した。でもそんなもの出てこない。だいたい、記憶喪失だって皆が誤解したからで、私がそれに乗ったのはその場の思いつきだったんだもの。
起死回生の一手なんて無い!
「違います……最初から記憶喪失なんてありません。私、嘘をつきました……」
覚悟を決め、正直に言ってみれば。その場のほとんどの人が「え!?」と大声を出す。その声にまぎれて、ブッと吹き出す音も聴こえた。
「な、何故」
「何故って……あの」
一旦口を閉ざし、ジーグフェルド様を見る。何も言わなくても察してくれることに一縷の望みをかけて。でも穴が空きそうなほど見つめ返されるだけだった。仕方なく続きを口にする。
「……あの、私とは政略結婚の婚約で、ジーグフェルド様にとっては迷惑な話だとばかり思っていたので……私が記憶喪失のフリをすれば婚約は取り消しになるかも、と思い……」
消え入りたい気持ちで、私の言葉尻も自然と消えるように小さくなっていった。その後はシン、とした静寂が部屋に広がる。
と、そこにブハッと盛大に吹き出す声が。
「ブハハハハハ! 記憶喪失のフリだと! アストン伯爵令嬢はとんでもない飛び道具の使い手だな!」
ゲラゲラと笑うのはコルビー前公爵閣下だった。その閣下の横で「もう、あなたったら」と軽く窘めているのは閣下の奥様。パーティー会場に着いた時に、コルビー公爵夫妻と前公爵夫妻にご挨拶をしたのでお互いに顔を知っている状態だったけれど、奥様までここにいらっしゃるとは。
「でも、お気持ちはわからなくもないわ。だってさっき、バーンヒル侯爵令息が夜会へ行くのを取りやめた時の話をアストン伯爵令息から聞いて、私も呆れたもの。いくら愛する女性の美しい姿を他の殿方に見せたくないからって、あれは無いと思うわぁ」
「はははは、だよなぁ。バーンヒルのやつ、独占欲が強いくせに肝心の愛の言葉をアストン伯爵令嬢に伝えてなかったとか、捨てられても自業自得だよ」
ガラン! と音を立てて盾がジーグフェルド様の足元に落ちた。だからそれ、公爵家の調度品!!
盾に傷がついてないか心配な私のところへ、盾のことなんて微塵も考えてなさそうな彼が近寄ってくる。そしてベッドの脇で跪いた。
「クラウディア嬢、俺を捨てないでくれ!」
「えっ」
捨てるとか、人聞きの悪い! という言葉が口から出かかったけれど飲み込んだ。彼の目から、またも涙があふれ出したのを見てしまったから。
「愛しているッ……! 君の美しいグレーの瞳を初めて見たときから、俺はもう恋に落ちていた。君がチェスを指すところを見ている時間、俺は幸せだったんだ。あの時、他の騎士たちも君に近づきたがって、団長の護衛の役目を賭けて模擬戦をしたくらいで」
「へっ……」
信じられなくて、思わず騎士団長を見る。彼はニヤニヤしながら頷き「すごい争奪戦だったよ」と言った。
「愛しているッ! 君のことを愛しているんだ! 君のそばにいると、俺は上手く喋れなくなるし、自分が自分でいられなくなるくらい君に夢中なんだ!」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟なものか! 夜会の件は本当に申し訳なかった。でも、あの美しい君を見たらどんな男でも心を揺らされるだろう。俺なんかよりもっと良い男が君を口説くかもしれないと思ったら、考えるだけで苦しくて……もう結婚するまで、君を誰の目にも触れさせずにいたかったんだ!!」
……嘘でしょう。何よそれ。だいたい、ジーグフェルド様よりもっと良い男って、その辺にそうそういないわよね?
ベッドのシーツを握りしめ、涙をポロポロ流しながら「愛している」「捨てないでくれ」を繰り返す大柄で美形の婚約者を見下ろしながら、私はそう思った。
不意に、さっき彼が「違う、誤解」とつぶやいていた時の事を思い出す。
「じゃあ、今日の、あの女性は……」
横からコルビー騎士団長が答える。
「もちろん誤解さ。今日は俺の命令で、バーンヒルはあくまでも警備の騎士として夜会の会場にいただけだよ。そこにこいつを狙った女性が話しかけたってわけ」
閣下の奥様がにっこりと笑顔で後を受ける。
「そのご令嬢、バーンヒル侯爵令息に向かってうちの主人と貴女の悪い噂を根拠もなく喋っていたみたいね。私の目の届くところでそんなお行儀の悪いことをする人がいるなんてガッカリよ。身の程を知らないようだったからたっぷりと教えてあげたわ」
閣下は「おお怖い」とつぶやいた。どうやら国王陛下の従兄弟で勇猛果敢な騎士団長でも、奥様には頭が上がらないみたいね。
「ああそうだ、アストン伯爵令嬢。たとえ君が本当に記憶喪失だったとしても、婚約の解消は無理だったと思うよ?」
「え?」
「こいつはこの通り君にベタ惚れで、君が我が家の玄関で倒れた時に、職務を放り出して絶叫してたからね」
「『クラウディア嬢、愛してる! 目を覚ましてくれ!!』って、貴女を抱いて大騒ぎしてたわよ」
「え……」
サーッと血の気が引いた。慌てて頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 夜会を台無しにしてしまい……」
「いやいや大丈夫。物見高い奴らはいい土産話ができたみたいでホクホクして帰っていったし。な?」
「美男美女で絵になるから、演劇の場面みたいだったものねえ。コルビー公爵夫妻も気にしてないから大丈夫よ」
「まあでも、あれだけ目立つことを大勢の前でした後じゃ、婚約の解消は難しいだろうね」
「!」
ここで、もう外堀が埋められてしまったのだと気がついた。確かにそこまで騒ぎを起こしておきながら、後に婚約を解消でもすれば、理由を勘ぐられるに違いないわ。
「それにアストンのお嬢さんはもう一つ誤解してるみたいだから言っておくけど。政略結婚の婚約と言っても、俺は君のことをバーンヒルに押しつけたんじゃなくて、逆だからね?」
「逆……ですか?」
「こいつさぁ、真面目なのは良いんだけど頭が硬いんだよ! 昇進を約束してコルビー公爵家の派閥に属してもらうつもりが、『それでしたら昇進はお断りします』って言うんだから。別に悪だくみしてるわけじゃなくて、俺が信頼できる人間が騎士団の上に立ってほしかっただけなんだがな」
「え、じゃあ」
「ああ、こいつの恋を実らせて恩を売って、ついでにアストン伯爵家もうちの派閥に取り込んでしまえば、流石に言うことを聞くかなと思ってたんだよ」
それを聞いた父が「わがアストン伯爵家が、閣下の下に……?」と言って喜びのあまり白目を剥いてひっくり返った。公爵家の使用人が手当てをして母の横に父を寝かせる。
その様子を横目に見ながら、前公爵閣下は悪戯っぽく言う。
「まあ、俺がやや強引に婚約をまとめたのは事実だしなぁ。アストン伯爵令嬢がどうしても嫌だっていうなら仕方ない。こいつとの婚約を解消する?」
そう質問していながら、閣下はニヤニヤしていらっしゃる。奥様が「あなた、少々悪趣味よ」とまた窘めた。
私はジーグフェルド様に目を戻す。
「お願いだ。クラウディア嬢のいない人生なんて考えられない。俺にできることなら何でもするから捨てないでくれ。愛しているんだ!!」
……ああ、だめ。逃げ場がない。気がつかないうちに、私のビショップもナイトもルークも、クイーンさえも取られていた気分よ。
これはどう見てもチェックメイトだわ。
「ジーグフェルド様、わかりました。わかりましたから……」
私は閣下の大胆かつ隙のない戦略と、押して押して泣き落とすジーグフェルド様の猛攻に負けを認め、投了した。
◆
それまでは一度も聞いていなかったジーグフェルド様からの「愛している」の言葉。
この日を境に、私はうんざりするほど大量に浴びせられる羽目に陥ったの。
「クラウディア、愛している。今日も君は世界で一番美しい。愛している……」
「もうっ、わかりましたからいい加減にしてくださいな!」
「いいや、やめない。俺がきちんと愛を伝えなかったせいで、もう少しで君に逃げられるところだった。俺は一生君を愛する。愛している!」
これが結婚しても続いた。顔を見るたびに「愛している」というのだから、本当に真面目で頭が硬いわ。
しかもあの階段の騒ぎがあった上、彼がところ構わず「愛している」というものだから、私たちは有名なおしどり夫婦にされてしまった。閣下との噂を口にする人がいなくなったのはありがたいけれど、私たちを太陽と月になぞらえて物語のように話すのはやめてほしい。
そう喩えられるのは、彼が太陽の如き金髪で、私は夜空の黒髪に月のような灰色の瞳を持っているからというのもあるけれど。
夫が私をいつも追いかけ回していて、しかも一ヶ月に数日の間、月は表に出してもらえず身を隠すから、だそう。ああ恥ずかしい。
このままじゃいけないわ。ちょっとコルビー前公爵閣下の奥様に教えを請おうかしら。夫の手綱を上手く取る方法を。
ここだけの話、初めて夫に「愛している」と言われた時からちょっぴり嬉しかったのだけれど、素直にそんな事を言ったりしたら、彼の暴走が止まらなくなりそうなんだもの。
【オマケ】
クラウディアは、万人受けする派手な美女とは程遠いですが、清楚な美人。その系統が好きな人からしたら、たまらないタイプ。
あと、クラウディアの弟と、子爵家のご令嬢が意気投合したのもクラウディア絡みでした。二人でダンスを踊りながら「お姉様、素敵すぎる……♡」「君、わかってるね!」「ねっ、もっとお姉様のお話を聞かせて!」「もちろんだとも!」とか話してたらしい。
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