第一話
全4話です。
タイトルからわかる通りコメディー風ですが、前半はシリアス風味となっております。
……ほら、落差があった方が楽しいでしょ?
よろしくお願いします。
今、私は絶望している。私の婚約者の言葉によって。
彼はこう言い放ったのだ。
「迷惑だ」
「え?」
彼の横で楽しそうにお喋りをしていた、とても綺麗な女性が彼を……ジーグフェルド・バーンヒル侯爵令息の顔を不思議そうに見上げる。
「迷惑だと言っている。これ以上俺の前でクラウディア嬢の話をしないでくれ」
斜め後ろからかろうじて見えたジーグフェルド様の顔は、とても嫌そうだった。ううん、顔を見なくても、その声の冷たさだけで不機嫌なのがありありとわかる。
そしてその冷たさに、私の指先も凍えて血の気が引いていく。
彼は今、私のことを迷惑だ、と言ったのね?
その時、彼の態度に狼狽えて周りに視線を散らしていた女性の目が、ふとこちらに向いた。
「え……?」
彼女が私に気づいて、不思議なものでも見たような顔をする。それを見たジーグフェルド様も振り向き、私の存在に気づく。彼の綺麗な若草色の目が、かっと見開かれた。
「ク、クラウディア嬢!? 何故ここに!?」
「えっ? この方が婚約者の!?」
国が誇る騎士団の中でも将来有望株だけあって、いつもはどっしりと落ち着いて構えている彼が、今日は別人のようだった。
どもり、真っ赤になってあたふたと焦りだして、彼の言葉を聞いた女性も明らかにギョッとして動揺している。
まるで浮気が見つかって慌てている二人みたい。……「まるで」ではなく、これから本当にその女性と愛を語るつもりだったのかもしれないわ。
だって私はお飾りの婚約者だものね。今夜の夜会だってエスコートしてくださらなかった。だから彼は、今も私は屋敷にいるのだろうと思い込んでいたのでしょう。
私たちの会話に気づいたのか、周りからは微かなざわめきが起きた。「え、あれが噂の……?」という言葉も聴こえ、多くの視線を感じる。ああ、完全に晒し者だわ。
それでも両手をギュッと握り、声が震えそうになるのを抑えつけ、彼の問いに答えた。
「今夜は、社交界デビューする弟の付き添いで、参りましたの」
「そ、それならそうと言ってくれたら」
彼の、オロオロしながらも迷惑そうな物言いにカチンとくる。
言いたくたって言えない雰囲気だったじゃない。「今度のコルビー公爵家が主催する夜会、俺は忙しくて行けないかもしれない。君は招待されていないよな?」なんて念を押されれば、肯定しかできないわ。その時のことを思い出し、思わず強い言葉で切り返してしまった。
「私は正式には招待されていない、とお答えしたはずですわ。父と弟のことは聞かれませんでしたので!」
招待された弟は我がアストン伯爵家の後継者だけれど、まだ婚約者も好きな女の子もいない身。社交界デビューでガチガチに緊張していて、女の子を誘ってダンスを踊るなんてとても出来そうになかった。
父と、父のパートナーとして母も出席するし、私が弟のダンスパートナー要員として着いてきただけだったのよ。
もっとも、その心配は杞憂だったのだけれど。
コルビー公爵は自分の派閥の子爵家の令嬢を弟に紹介した。最初からそのつもりで招待していたのだ、と後から気づいたわ。彼女は私から見ても、甘いピンクのふんわりしたドレスが似合う、素敵な女の子だった。
――――私とは何もかも違う、ね。
弟とご令嬢は意気投合して、今、二人で楽しそうにダンスを踊っている。
お役御免になった私はその姿を微笑ましく見つめ、当然だけれども壁の花になった。まあ、比喩と言えども自分で花というのは図々しいと思う。私には美しさも可愛げも無い、黒髪灰目の地味な令嬢なのだから。
「こんばんは。美しいお嬢さん」
そう考えていた時に、皮肉にも知らない男の人に「美しい」と声をかけられた。普段目にする騎士団員のかたがたに比べると、随分となまっちょろくて軟派な雰囲気の男性。うわぁ嫌だわ、と思うと自然と視線が横にそれた。
そうしたら会場の隅にいても一際目立つ、騎士服を身にまとった大きな背中に、太陽のような金髪を見つけたのよ。
「すみません、急いでいますので失礼します」
軟派そうな男を冷たい態度で切り捨て、私はその背中を追いかけた。ジーグフェルド様がこの場にいることに少し疑問を抱きつつも。
そして、彼に声をかけようと近づいて……彼が今まさに浮気をしようと、女性と二人でお喋りする現場に遭遇したってわけなの。
「ジーグフェルド様こそ、今夜の夜会にはお出にならないご予定だったのでは?」
私の言葉に、また彼の目が丸くなる。そして今度は明らかに困った様子で眉が下げられ、急に周りを見回しながらこう言った。
「いや、あの確かに、今夜は仕事で……そんなことより今日はもう帰らないか。今は皆が見ているし……これ以上は耐えられそうにない」
「「えっ」」
私と、彼の隣にいた女性の両方から同時に驚きの声が出る。彼女は今や、にこやかな愛想が完全にはげ落ちて呆れ顔を隠せずにいた。私も似たような表情かもしれないけれど、どうせジーグフェルド様はこちらを見ていないんだから関係ない。
大勢の前で堂々と浮気をしようとしたくせに、今更周りの目を気にするなんてどういうつもり?
「さ、急いで帰ろう。俺が送るから……」
「結構です!」
私は彼の言葉を遮った。ああ、こういうところが女として可愛げがないと自分でもわかっているのに。でも、ここまで馬鹿にされているのに黙って大人しくしていることなんてやっぱりできないわ。
「私一人で帰れます。ジーグフェルド様はどうぞそちらの方と夜会の続きをお楽しみになって」
「えっいや」
わざとニッコリと笑顔を作って見せ、そう言ってみれば。彼は慌てて口の中で「違う、誤解」「だって君が」とかムニャムニャとつぶやき始めた。
くだらない嘘の言い訳なんて聞いてあげる義理もないので、私は踵を返して出口に向かう。
流石に外聞が悪いと思ったのか、彼は横の女性を放り出して私を追いかけてきた。
「待ってくれクラウディア嬢! せめて団長と君の弟君に暇の挨拶を済ませてから……」
「近寄らないでください!」
実は私は、この時まで必死で耐えていたのだけれど。もう限界だった。大声を出したことで箍が外れ、私の目から涙がポロリとこぼれる。それを見た彼はギョッとして、走っていた足を止めた。
「わ、私にだってプライドはあります! 私のことを迷惑だと言うような殿方と……結婚なんてできません!!」
やっぱり私は淑女失格だ。溜まりに溜まった思いをストレートに彼へぶつけてしまった。ぶつけられたジーグフェルド様の緑の目がカッと見開かれ、頬や唇から色が抜けていく。
「そん、な……あっ、違う」
彼はまたモゴモゴとつぶやきながら、こちらへまた近寄ろうとする。でも私はもうこれ以上、みじめな思いはしたくなかった。彼からできるだけ逃げようと小走りで出口をくぐる。目に涙をいっぱい溜めて。
「あっ」
涙のせいで視界が歪んでいた私は、出口から車止めへと降りる大理石の階段を見事に踏み外した。私の身体は宙に投げ出され、赤い絨毯を敷いた通路に向かって真っ逆さまに落ちる。
「クラウディア嬢!!」
赤い絨毯が目の前に迫った瞬間、彼の声が聞こえた。それは悲壮感に満ちた叫びだった気がするけれど、痺れにも似た鈍い痛みが私を覆い尽くし、目の前の世界はすぐに真っ暗になってしまったから本当のところはわからない。












