元限界社畜OLの転生令嬢が婚約破棄を受け入れたら偽薬をつかまされたので、ダマした奴らは盛大にブッ潰させていただきます!
「レティシア・グランディス公爵令嬢。きみとの婚約は破棄させてもらう!」
紳士淑女が集うきらびやかな舞踏会場。この王家主催の絢爛豪華な夜会の中央で、王太子殿下が私に冷たく言い放った。
――ああ、この場面は知っている。
周囲がどよめき、貴族たちの視線が一斉に私へとそそがれる。驚き、衝撃、哀れみ、そしてなにより隠しきれない好奇の目。様々な感情が突き刺さるその中心で、私は静かにほほえんでいた。
ええ、わかっていましたとも。
だって私は、この場面をすでに一度経験しているのですから。
そう。あの日すべてを思い出した私は胸に誓ったのです。
今度こそあのクソ伯爵家を――ブッ潰してやる、と。
◆
公爵令嬢としての私の一度目の人生は、まあまあ悲惨なものだった。
途中までは良かった。領地も少なく没落寸前とはいえ、由緒ある公爵家の一人娘として私はすくすくと成長した。母は私が幼い頃に亡くなっていたが、優しい父に愛されて勉学にも芸事にも真面目に取り組んだ甲斐あってか、年頃を迎えた頃には望まれてこの国の王太子と婚約することになった。
凛々しい王太子殿下に密かに憧れていた私は、領地の少ない我が公爵家ではお妃候補にも上がれないと諦めていただけに胸を躍らせて婚約を受け入れた。時を同じくして難病に倒れ、ほとんど寝たきりになっていた父も病床で私の手を握り涙を流して喜んでくれた。
私が結婚すればお父様ももっといいお医者にかかることができるようになって、病もきっと良くなるに違いない。そうやって明るい未来を信じることができた。希望が、あった。
しかしある日、突如として父の容体が急変した。寝台の上で苦しむ父を前に無力感にうちひしがれる私のもとに――彼が現れたのだ。
◆
「レティシア様。お客様がお見えですが」
没落寸前の公爵家では、使用人の数にも余裕はない。なのでその日も、私は侍女たちに混ざって懸命に父の看病にあたっていた。そんな中、父の寝室の扉を開けて顔をのぞかせた執事がそう言った。
「お客様? 約束はなかったはずだけれど」
「グリゴール伯爵がお見えです」
「叔父様が?」
グリゴール伯爵は、私の血のつながった叔父ではない。しかし伯爵家は昔から我が公爵家と交流があり、特にグリゴール伯爵は父の古い友人で私も幼い頃から可愛がってもらっていた。ちょうど父の容体も安定して眠りに落ちたところだったので、侍女頭にあとを任せて私はあわてて汗をふいて身支度を整え、応接間に向かった。
「叔父様!」
「おお、レティシアか。久しぶりだね。すっかり美しくなって」
恰幅のいい体格にグレイの口髭をたくわえたグリゴール伯爵は、私の全身をなめるように見てからそんなことを言った。幼い頃に膝に乗せてもらったり頭を撫でてもらったりした記憶のままでいた私は、その視線になぜだか背中がヒヤリとする感覚を覚えたけれど、気のせいだと頭を振って笑顔を作る。
「いえ、そんな。それで今日はどうなさったの? 父は、ごめんなさい今日も体調がすぐれなくて」
「相変わらず悪いのかい」
「ええ……」
つい半刻前まで寝台の上でもがき苦しんでいた父の姿を思い出して、私はわきあがりそうになった涙をこらえた。そんな私に、彼は「いい話を持ってきたんだよ」と笑顔を向ける。
「いい話?」
「東方の国で作られたという幻の薬が特別に手に入ったんだ。万病に効くという奇跡の薬だよ。これがあればお父上もすぐに元気になるだろう」
「え!」
私は驚いて目を見開き、思わずグリゴール伯爵の方に身を乗り出す。
「ど、どうかそのお薬を譲っていただけませんか!? お金は何年かかっても必ずお返ししますから!」
「まあまあ落ち着いて。お金はいらないよ、私と君たちの仲じゃないか」
「叔父様……!」
なんて慈悲深い。涙ぐむ私に、しかし彼はお金よりも残酷な提案をしてきたのだ。
「その代わり、と言ってはなんだが。レティシア、きみに王太子殿下との婚約を破棄してもらいたい」
「殿下との婚約を、破棄……!?」
思わぬ言葉に衝撃を受ける私に、伯爵は口髭を指でつまみながら言葉を続けた。
「正確には、次の夜会で王太子から婚約破棄が申し渡される。それを黙って受けいれてもらいたい」
「どうして、そんな」
「嫌なら結構。この話はなかったことに」
「待って、待って叔父様!」
本当に席を立つそぶりをする伯爵を、私はすがって引き留めた。日に日に食欲が落ち、時には血を吐いて、みるみる痩せていく父の姿をこれ以上黙って見ていることは私にはとてもできなかった。
「わかりました、わかりましたから……!」
◆
結果として私はだまされた。私が父の看病と医者を頼むための金策に忙しく駆け回っている間に、婚約者であるはずの王太子は実にあっさりとグリゴール伯爵の娘・ミリアに籠絡されていたのだった。
「ミリアからすべて聞いている。おまえが彼女に今までどんな酷い仕打ちをしてきたかをな」
「しかも父親の看病があると夜会を何度も欠席している間に、何人もの男をくわえこんでいたそうじゃないか」
「清純そうな顔をして、とんでもない女だ」
断頭台に上がるような気持ちで出席した夜会で、私はかつてあれほど愛を囁いてきた王太子から根も葉もない大嘘と無情な言葉を突きつけられることになった。そしてその隣で勝ち誇った顔をしているミリア嬢にも何一つ言い返すことができないまま、唇を噛みしめて浴びせられる罵詈雑言に耐えることしかできなかった。
「黙っているということは、すべて認めるんだな」
「婚約は当然、破棄させてもらう」
悪行を暴露されて王太子に捨てられたみじめな没落令嬢。噂好きの貴族たちに末代までおもちゃにされることを確信しながら、涙をこらえて夜会を後にした私にグリゴール伯爵が近づいてきた。「立派だったよ」などと白々しくささやき、投げて寄越した薬の袋を胸に私は父の元に急いだ。なのに。
「……これはただの砂糖水のようです……」
「そんな、まさか!」
念のためにと医者に検分してもらった薬は、東方の秘薬どころかまっかなニセモノ。当然病に効くはずもなく、父は一月後に苦しみながら亡くなった。そして王太子を裏切った悪役令嬢として糾弾され社交界から追放された私も失意の中、父のあとを追うように……。
……しかしここで終わりではなかった。慈悲なる神はこの踏みにじられた私に二度目の人生を与えてくれたのだ。しかも転生前の記憶までつけて。
すべてを思い出した私は胸に誓った。
今度こそあのクソ伯爵家を――ブッ潰してやる、と。
◆
そして現在。
「いまさら何の用だレティシア! おまえとの婚約は前回の夜会で破棄したはずだ!」
そう叫ぶ王太子の傍らには、淡いピンク色のふわふわドレスを身にまとった伯爵令嬢ミリアが立っている。白く小さな顔にうるうるとした大きな目。子鹿のようにきゃしゃな身体が男の庇護欲をそそりまくる、絵に描いたような元祖ゆるふわ系女だ。
甘ったるい外面とそれに見合わぬドス黒き腹の中。親バカ伯爵にすべてをお膳立てしてもらって、完全勝利を確信しているんだろう。私をあざける笑みが口元から隠しきれていないんだが?
(……いたなあ、営業アシの新人にあの手の女……)
転生前の私こと限界社畜OLの記憶の引き出し。そこからいらん記憶をひっぱりだしてシャンデリアを見上げながら遠い目をしていたら、そのゆるふわが口を開いた。
「レティシア様。王太子殿下は真実の愛で私を選んでくださったのです! お願い、婚約破棄を受け入れて殿下を解放してさしあげて!」
「あ?」
「きゃあっ怖い!」
いけしゃあしゃあと言ってのける伯爵令嬢に思わずガンを飛ばしてしまった。「この書類に社長捺印と役員捺印、明日の朝までに」とかって日付が変わるギリギリの時間に寄越されたメールに吐きかけるのと同じトーンでやってしまった。案の定、一瞬きょとんとしたミリアは我に返ったようにあざとい悲鳴を上げて王太子の陰に隠れている。もう殺そうかな。
それにしても生き馬の目を抜くようだった現代社会を生き抜いてきた私の目から見ると、基本的にこの世界の有閑貴族たちはぼんやりしている。王太子にしてもミリアのこざかしい演技を疑う様子もなく、「レティシア、ミリアをいびるのもいいかげんにしないか」とか言いだした。そんな王太子の啖呵に周囲から拍手が湧き起こっている。もしこれがフィクションなら、さしずめ配役はいじめられた悲劇の姫とそれをかばう王子様、そして悪役令嬢としての私、ってところかしらね。
馬鹿馬鹿しい。
私はため息をついて一歩、前へ進み出た。
「王太子殿下、ミリア嬢、並びにご列席の皆様。私に少々お時間をいただけますか?」
泣いて走り去ると思われた私が逆に一歩踏み出してきたので、場内にざわめきが起きた。婚約破棄された哀れな令嬢が最後になにをあがくのかと、人々が好奇の目で見つめているのがわかる。
ギャラリーは十分。さあ、ショータイムを始めるわよ。
「まずこちらをご覧ください」
私はふところから小さなビンを取り出した。中に入っている琥珀色の液体が揺れる。
「これは私がそこのミリア嬢のお父上、グリゴール伯爵よりお譲りいただいた『奇跡の薬』……ですが、我が城の医者そして王立医術院で正式な鑑定を受けた結果、ただの砂糖水だと判明いたしました」
場がざわついた。
「伯爵家が公爵家に砂糖水を?」
「え? どういうこと?」
戸惑いながらささやきを交わしあう貴族たちを横目に、私はさらに続けた。
「グリゴール伯爵は、私に父の病を治す薬を渡す代わりに婚約破棄を受け入れろと迫ったのです。しかしその薬はニセモノだった、ということです」
場内はさらにざわついた。きっぱりと言う私に、顔を真っ赤にしたミリア嬢が怒りと恥ずかしさに震えながら口を開く。
「でたらめよ! 婚約破棄された腹いせにそんな嫌がらせをするなんて酷いわ!」
わああ、とわざとらしく声を上げて泣き崩れるミリアの肩を抱いて王太子が私をにらみつける。
「嘘を言うな! 証拠はあるのか!」
「証拠? もちろんありますわ」
「なんだと?」
途端にうろたえだす王太子の顔を見下ろしながら、私は続ける。
「この件について、伯爵家の使用人の告発がありました。薬を作っていたのは伯爵家の地下室で、材料は甘味料と水。そして……父の病を悪化させる不純物入りでした。彼が入れたと証言した不純物の名前と分量は、王立医術院の鑑定結果と完全に一致しています。これは偶然ではありえません」
私の言葉に王太子が目を見開き、娘の背後に控えていたグリゴール伯爵の顔がみるみる青ざめていく。
「さらに言えば、私が殿下と婚約したちょうどその頃に父は病に倒れました。毒を盛られた可能性があります。これについても複数の証言が取れています。叔父様は善良な使用人をお持ちなのね。みなさん良心の呵責に耐えきれず、黙っているのが辛かったと泣きながら進んでお話ししてくださったわ」
本当は『今ここで正直に話さなければ監獄行きだ』と胸ぐらつかんで脅しをかけたのだがそれは黙っておくことにした。逆に『正直に話せば罪には問わない』と司法取引まがいのことまでしたのだがそれも黙っておくことにした。
「ち、違う! 私はそのようなことは断じて!」
震える声で叫ぶグリゴール伯爵の顔は、すでに血の気を失い真っ青になっている。頬の肉を揺らして口の端から泡を飛ばして、言葉にならない弁明をしようとする声をさえぎり重々しい声が場を制した。
「グリゴール伯爵」
舞踏会場の奥の玉座から、王太子殿下のお父上ーー国王陛下が静かに立ち上がっていた。
「たったいま報告が入った。レティシア嬢の言う通り、貴様の屋敷の地下から毒性のあるものを含め大量の薬品が見つかったそうだ」
「そ、それは」
「自身と娘の出世のために、いったい今まで何人を犠牲にしてきた? 余罪があるものと見て徹底的に尋問する。観念することだ」
場を満たすどよめきとともに、王宮騎士団が扉を開けて颯爽と入ってくる。たちまち捕縛される伯爵。床に座り込んで狂ったように泣きわめくミリア。それを見ながら何もできずにおろおろしている王太子。
私はその光景を一歩引いた場所で冷めた目で見つめていた。先の人生で無念の死を遂げた私自身の仇を討つ、この瞬間をずっと待っていたのだ。
阿鼻叫喚の夜会会場から、私は人目を忍んでそっと抜け出す。バルコニーに出て目を閉じ、清々しい夜風を浴びて笑った。
――ざまぁ、ね。
◆
その後。王太子は無責任な婚約破棄と嘘を見抜けなかった失態の責を問われ、謹慎と王位継承権の一時停止。伯爵家は断罪されすべての財産は没収、グリゴール伯爵は当然監獄行き、ミリアも親類が住むという辺境の城へと飛ばされていった。おそらく死ぬまで王都に戻っては来られないだろう。
私の父は、病気の原因が伯爵の盛った毒薬だと分かったことで、王立医術院の協力のもと無事に病から立ち直ることができた。
そして私は、限界社畜OL時代に懐かしく思いをはせながら、公爵令嬢として城で悠々自適な生活を送っている。
私の二度目、いや三度目の人生は、もう誰にも奪わせない。
お読みいただきありがとうございました。
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★後日談の連載が完結しました(全13話)。追放された悪役令嬢ミリアの再起を賭けた大奮闘、レティシアも少しだけ登場します。よろしければぜひ!
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