第3話 静寂の余波
――デブリ帯を抜けた瞬間、艦内の重力はようやく安定を取り戻した。
外の宇宙は、先ほどまでの金属片の嵐が嘘のように静かで、黒い虚空に無数の光点が瞬いている。
だが、その美しさを素直に味わえる者は少なかった。
〈オケアノス〉の医療区画には、負傷者で溢れる簡易ベッドが並ぶ。救急灯が赤く明滅し、酸素マスクをつけた若い技術士官がうめき声をあげていた。彼は「ログの改竄者」として名指しされた人物――名を田嶋という。
「違うんだ! 俺はやってない……! 俺の端末を誰かが勝手に……」
血の混じった咳をこらえながら、必死に訴える。だが、周囲の視線は冷ややかだった。
蓮はベッドの傍らに立ち、彼の手を軽く押さえた。
「田嶋、今は無理に喋るな。真壁が調べている。必ず真実は分かる」
田嶋の目に浮かんだ安堵と絶望の入り混じった色が、蓮の胸を突いた。
緊急会議
同時刻、各船団代表が集まる臨時会議が始まった。
巨大な楕円形テーブルの上に、先ほどのデブリ帯の映像が投影される。破片の群れの中で、炎を噴きながら後退していく大洋連合の輸送艦の姿に、場はざわめいた。
大洋連合の代表マリーナ・ハワードは、椅子から立ち上がるや否や声を荒げた。
「見ろ! あの損害は連邦アークが独断で加速したせいだ! 我々の航路を乱し、盾にしたのだ!」
すかさず連邦アークのエリザ・ハートマンが反論する。
「我々は安全基準に従った。勝手に並列航行を始めた太平洋船団こそ無謀ではないか?」
視線が一斉に蓮へと注がれる。
蓮は一瞬、言葉を失った。手の中にあるデータキー――李迅から受け取った“非公式情報”が彼の心を重くする。
だが逃げるわけにはいかない。
「我々の修正案は、被害を最小限にするためのものでした。実際、太平洋船団は無事に通過しています。データは信頼できる情報源から――」
「その“情報源”とやらは誰だ?」
エリザの鋭い声が食い込んだ。
「まさか東方同盟と裏で通じているわけではないでしょうね?」
ざわめきが一段と大きくなる。
蓮は心の中で唇を噛んだ。李迅の存在を明かせば、たちまち東方同盟への糾弾が始まる。だが今は船団全体の足並みを乱すわけにはいかない。
「……出所を明かすことはできません。しかし我々はただ、皆で生き延びたいだけです」
その言葉に、大洋連合のマリーナが彼をじっと見つめた。疑念と期待が入り交じった瞳。
船内の影
一方その頃、真壁は機関区画でシステムを洗っていた。
作業員たちがばたばたと走り回る中、彼はコンソールに指を走らせる。
浮かび上がるのは改竄されたアクセスログ。しかも発信元は――
「田嶋の端末……? 馬鹿な。あいつはシステムに入れる権限なんて持ってねえ」
隔離室の監視カメラに映る田嶋は、まだ顔を青ざめさせていた。
その背後を、一瞬だけ影が横切る。真壁は眉をひそめ、画面を巻き戻す。
だが次の瞬間、その影の記録はごっそり消去されていた。
「誰かが、俺たちを内側から殺そうとしてやがる……」
独りごちる声が、機関部の騒音にかき消された。
静寂の違和感
会議を終え、艦橋へ戻った蓮はふと気づいた。
外の宇宙は静かだ。デブリのきらめきすら、もう見えない。
だがその静けさは、嵐の後の安堵ではなかった。
監視ドローンがデータを送ってきた。画面に映し出されたのは、破片群の中で異様に光を放つ金属片。
分析班の声が震える。
「成分比率……これは、地球には存在しない合金です」
蓮はモニタを見つめた。
視界の奥、星の海に漂う光が、まるでこちらを見返しているかのように思えた。
「……俺たちの“門出”は、誰かに見られていたのか」
その独白に、背筋を走る冷たいもの。
希望の航路の先に待つのは、単なる自然の試練ではない。
人類はすでに、宇宙のどこかに潜む“他者”の視線と向き合い始めていた。




