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宇宙艦紀アルカディア  作者: Ilysiasnorm


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第11話 条件付きの同盟

《オケアノス》艦橋の照明は、いつもより少し暗く感じられた。

 暗号パケットへの返答は、東方同盟からの一件だけ。

 連邦アークは受信拒否。大洋連合も沈黙。

 今、太平洋船団が交渉できる相手は東方同盟しかいない。

 艦橋中央のホロスクリーンに、短い返信文が静かに浮かんでいた。

《東方同盟:受信確認。会う。条件がある》

 真壁が腕を組んだまま言う。

「歓迎じゃない。値踏みだな」

 オオトリ船団長は表情を変えない。

「それでも、話を聞く相手がいるだけましよ。

 拒絶されたままでは、こちらは孤立したまま死角に追い込まれる」

 蓮はスクリーンを見つめた。

 東方同盟は味方ではない。

 だが、今は敵とも言い切れない。

 秋庭が端末を操作しながら、会談準備の内容を読み上げる。

「会談は暗号回線で実施。

 映像は限定公開。

 データ送信は片方向制限。

 こちらから提示する資料は要約版のみです」

 真壁が鼻を鳴らした。

「全部見せたら、その場で主導権を取られる。

 短縮航路の鍵を持ってるのは、今のところこっちだけだ」

 オオトリが蓮を見る。

「交渉材料を整理しましょう。

 我々が持っているのは何?」

 蓮は一つずつ口にした。

「境界外縁航法の実測データ。

 観測者の警告内容。

 第三の存在の妨害記録。

 それと……ハルシオンで接触した時の機体ログです」

 秋庭が補足する。

「ただし、どれも“確定した成功例”ではありません。

 条件付きの観測結果です。

 そこが弱点です」

 真壁がすぐに続けた。

「それに、観測者の声を明確に受けてるのは蓮だけだ。

 ここを突かれたら、話は一気に怪しくなる」

 オオトリは短く頷いた。

「つまり、情報はある。でも立場は弱い。

 だからこそ、交渉の順番を間違えない」

 彼女はスクリーンへ向き直った。

「始めましょう」

会談

 暗号回線が開き、ホロ画面に東方同盟の代表が映し出された。

 李迅。

 整った軍服。無駄のない姿勢。

 感情を見せない目だけが、こちらの反応を測っていた。

『太平洋船団。応答を確認した』

「東方同盟。こちらも確認した」

 オオトリが返す。

『送られてきた要約データは見た。

 興味深い内容だ。特に、“境界の外縁をなぞることで短縮航路が成立する可能性”という部分が』

 真壁が横で小さく息を吐いた。

 東方同盟が最初に食いついたのは、やはりそこだ。

『こちらの結論を先に言う』

 李迅は迷いなく続けた。

『協力は可能だ。だが条件がある』

「聞きましょう」

『境界外縁航法に関する全データを共有してほしい。

 加えて、次の接触任務には東方同盟の人員を同乗させる』

 予想どおりの要求だった。

 真壁がすぐに割り込む。

「全データ共有は無理だ。

 現時点であの情報は、船団の生存条件そのものだ。

 簡単に渡せるものじゃない」

 李迅の表情は変わらない。

『そちらだけが持っていていい情報でもない。

 短縮航路が本当に成立するなら、それは全船団の命綱だ』

 秋庭が冷静に言う。

「成立条件がまだ完全ではありません。

 誤運用すれば、境界を越える危険があります」

『だからこそ、こちらも現場確認が必要だ』

 李迅の返答は早い。

『情報を独占したまま、“信じろ”というのは交渉にならない』

 蓮は黙ってやり取りを聞いていた。

 東方同盟の言い分は、理屈としては正しい。

 だが、正しさだけで境界は渡れない。

 そのとき――

 蓮の意識の奥に、冷たい波が一つ触れた。

 音ではない。

 言葉だけが、輪郭を持って浮かぶ。

『数を増やすな』

『境界は、理解なき者を選ばない』

 観測者だ。

 蓮の指先がわずかに強張る。

 同乗者を増やすのは危険。

 観測者はそう言っている。

『どうした?』

 李迅が蓮を見た。

 蓮は一拍置いて答える。

「……東方同盟の同乗には、条件があります」

 真壁がすぐに横目を向ける。

 オオトリは何も言わない。

『条件?』

「次の接触任務は、前回より危険になります。

 現場での判断を乱されたら、誰も戻れない。

 だから同乗者は一名だけ。

 指揮権は太平洋船団が持つ。

 これが最低条件です」

 李迅は少しだけ目を細めた。

『それではこちらの監視が足りない』

「監視のための同乗なら断ります」

 蓮ははっきり言った。

「現場で必要なのは、判断できる人間です」

 空気が張りつめる。

 真壁は内心では驚いていたが、口を挟まなかった。

 今の言葉は、交渉ではなく境界の現実から出たものだと分かったからだ。

本音

 会談は一度中断となり、短い内部協議に入った。

 真壁が即座に口を開く。

「蓮、お前さっきのは危なかったぞ。

 向こうが席を立ってもおかしくなかった」

「でも、本当のことだ」

 蓮は答える。

「人数が増えれば、境界は余計に荒れるかもしれない。

 観測者も止めた」

 秋庭が静かに聞き返す。

「また、声が?」

「短かった。

 “数を増やすな”って」

 真壁が舌打ちする。

「ほんとに面倒な役目だなお前は」

 オオトリはそれでも冷静だった。

「東方同盟の本音は単純よ。

 連邦アークに主導権を渡したくない。

 太平洋船団に情報を独占されたくない。

 でも、自分たちだけで境界へ行く気もない」

 秋庭が頷く。

「つまり、味方ではありません。

 ただ“利用価値がある相手”として見ている」

「それでも使う」

 オオトリはきっぱり言った。

「こちらも同じよ。完全な味方なんていない」

 真壁が苦笑する。

「首輪付きの協力者ってわけか」

情報漏洩

 会談を再開しようとした、その時だった。

 秋庭の端末が赤く点灯する。

「待ってください」

 彼の声が一段低くなる。

「閉鎖回線に干渉痕。

 今のやり取り、誰かが抜こうとしました」

「東方同盟か?」

 真壁が即座に問う。

「違う」

 秋庭は首を振る。

「符号パターンが粗い。

 観測者でもない。

 第三の存在です」

 蓮の背中に冷たいものが走った。

 第三の存在は、会談そのものを監視している。

 つまり、航路の選択が彼らにとっても重要だということだ。

 その瞬間、スクリーンの端に一瞬だけノイズが走った。

『また壊れる』

 粗い声。

 低く、濁っている。

 真壁が即座に回線を切り替えた。

「こいつら、交渉の流れまで読んでやがる」

 秋庭が素早く遮断フィルタを組み直す。

「完全には防げません。

 でも、会談を続けるなら今しかない」

 オオトリは迷わなかった。

「続ける」

仮の合意

 李迅の映像が戻る。

 向こうも何かに気づいている顔だった。

『今、そちらの回線に異常があったな』

「そちらにも何か見えた?」

 オオトリが返す。

『ノイズだけだ。

 だが、あれは通常の妨害ではない』

 蓮は言った。

「第三の存在です。

 航路交渉を邪魔したいらしい」

 李迅は数秒沈黙した。

 それから、初めてわずかに本音をにじませた。

『……ならば、これはなおさら確認が必要だ。

 連邦アークに先を取られるのは困る』

 オオトリが答える。

「こちらも同じ。

 だから妥協案を出す」

 彼女は一つずつ明確に述べた。

「全データは渡さない。

 だが、境界外縁航法の一部記録は共有する。

 次の接触任務には、東方同盟から一名のみ同乗を認める。

 ただし、任務指揮権は太平洋船団が持つ」

 李迅はすぐには答えなかった。

 長い沈黙の後、ゆっくり口を開く。

『……受け入れよう』

 真壁が小さく息を吐いた。

『ただし条件を一つ加える』

 李迅は続ける。

『我々の同乗者は、単なる観察員ではない。

 境界航法の判断ができる者を出す』

「名前は?」

『次の通信で送る。

 明日までにそちらの艦内規則を共有してほしい』

 オオトリは頷いた。

「了解した。

 こちらも接触任務の制限事項を送る」

 会談はそこで終わった。

 画面が消える。

次は交渉ではなく、試験だ

 静かになった評議室で、真壁が椅子に深くもたれた。

「これで味方が増えたわけじゃない」

 蓮が視線を向ける。

 真壁は苦い顔で続けた。

「首輪付きの協力者が増えただけだ」

 秋庭は端末を閉じながら言う。

「でも、一歩は前に進みました。

 封鎖のまま止まるよりはましです」

 オオトリは立ち上がった。

「明日から準備を始める。

 次の接触任務は、前回より重い。

 今度は“見に行く”だけじゃない。

 他船団の目の前で、境界外縁航法が成立することを示す必要がある」

 蓮は小さく頷いた。

 観測者の警告。

 第三の存在の妨害。

 東方同盟の監視。

 次は、何一つ気楽ではない。

 そのとき、蓮の端末に一瞬だけノイズが走った。

『増やすな』

『また壊れる』

 観測者ではない。

 あの粗い声だ。

 蓮は画面を見つめたまま、低く言った。

「……壊させない」

 格納庫の奥で、ハルシオンの外装が整備班の手で静かに閉じられていく。

 次は、第二次接触任務。

 そして、その前にもう一つ――

 東方同盟の“条件付き協力者”が、この艦にやって来る。

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