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第7話 星空の下で交わした約束

朝、カズハと美優は並んで登校していた。

数日前の騒動以来、どこかぎこちなさが残っているが、二人ともできるだけ普段通りを装っていた。


カズハは紙コップのコーヒーを一口すする。

視線はぼんやりと前の道に向けられている。

美優は隣で制服の袖を整えながら歩いていた。


「数学の宿題、もう終わったか?」

カズハがカバンに教科書を詰めながら聞いた。


美優は少し微笑んで頷く。

「うん。ちょっと苦戦したけど、なんとかね。カズハくんは?」


「一応終わったけど、最後の問題はまだ自信ない。」

カズハはカバンを閉じて肩にかける。

「後で教室で一緒に見てくれないか。」


「いいよ。」

美優の声がほんの少し柔らかくなる。


二人は歩きながら、映画の話や好きな食べ物、週末の予定など、たわいない話を重ねていった。


「部活はもう決めた?」

美優が問いかける。


「いや、まだ考え中だな。音楽部に入るかも。ギターとピアノは好きだし。」

「美優は?」


「美術部かな。絵を描くの、好きだから。」


「似合ってると思う。」

カズハは素直に答える。


(……こういう会話、悪くないな。)

心の中でそう思いながらも、表情はあまり崩さなかった。


学校に着くと、1限目は数学だった。

美優は落ち着いた顔で次々と問題を解いていく。


カズハはその横顔を横目で見て、思わず小声でつぶやく。

「……早いな。」


美優はペンを止め、ちらりと微笑んだ。

「好きなんだ、数学。最後の問題、教えようか?」


「助かる。」

カズハが頷くと、美優は椅子を引き寄せ、解き方を丁寧に説明した。


(……説明うまいな。頭いいだけじゃなくて、分かりやすい。)


カズハは心の中で感心しながら、ノートにペンを走らせる。


昼休み、二人は一緒に食堂へ。

いつもの席には泉と咲が先に座っていて、手を振っていた。


「カズハ、美優、こっちこっち!」

泉が明るく呼ぶ。


「……お邪魔します。」

美優は少し遠慮がちに腰を下ろす。


会話は自然と学園祭の話題に移った。


「来月、文化祭あるの知ってる?」

咲が目を輝かせる。


「知ってる。面白そうだよね。」

美優はできるだけ平静を装った。


「二人は何に出るつもり?」

泉がにやりと笑う。


「別に何か出なくてもいいだろ。見る側でも楽しめるし。」

カズハが話をそらすと、咲はクスクス笑った。


「……そういうとこ、相変わらずクールだよね。」


(冷たいってわけじゃない。ただ……あまり騒がしいのは好きじゃないだけだ。)

カズハは心の中でそう言い訳する。


午後の美術の授業。

美優は迷いなく筆を走らせ、美しい景色を描き始める。


カズハは……絵と格闘していた。


「カズハくん、それ……」

美優が思わず笑いそうになる。


「下手なのは分かってる。」

カズハは肩をすくめる。

「ちょっとコツ、教えてくれないか。」


「こうやって、力を抜いて……」

美優はカズハの手元をそっと取り、筆の動かし方を見せた。


(……近い。)

カズハの心臓がわずかに跳ねる。

だが、表情には出さないように筆先を見つめた。


放課後。

二人は並んで帰り道を歩いていた。


「今日、映画また観ない?」

美優が少し恥ずかしそうに提案する。


カズハは小さく笑った。

「ああ、いいな。探しておく。」


美優も安心したように笑みを返す。


夜、二人は一度宿題を片付けるため図書室へ。

美優が横で説明するたび、カズハは真剣にノートを取り続けた。


「カズハくん、ここはこういう理屈なんだよ。」


「……なるほど。」

カズハは納得してペンを置く。

(ほんと、頭いいな……俺も頑張らないと。)


やがて、カズハは机に突っ伏して眠り込んでしまった。


美優は静かに息を吐く。

(……寝ちゃった。)


彼の寝顔を見て、胸が温かくなる。

「寝顔、かわいい……」

思わず小声でつぶやき、頬が赤くなる。


周囲を見渡す。図書室にはほとんど人がいない。

心臓が早鐘を打つ。


(こんな近くで見ても……やっぱり優しい顔してる。)


美優はゆっくりと身を乗り出し、彼の顔に近づいていった。


美優の顔がどんどん近づく。

カズハの静かな寝息が、唇にかかるくらいの距離。


(……近い。心臓、落ち着いて……私、何してるの?)


唾を飲み込み、目を閉じる。

数日前の「事故」のキスが頭をよぎった。

――あのときの感触、悪くなかった。


(あれが初めてだった。…なのに、今も思い出すと胸が熱くなる。)


美優はそっと自分の髪を整え、

「……今日だけ。寝てる間なら……いいよね。」

と小さくつぶやいた。


そして、そっと唇を重ねる。


「ん……」


一瞬で世界が止まったように感じた。

カズハの唇は驚くほどやわらかくて、

全身にあたたかさが広がっていく。


――10秒。


美優は慌てて顔を離した。

頬は真っ赤、心臓は壊れそうなほど早い。


その瞬間――


「……ん、あれ?」

カズハがゆっくり目を開けた。


「カズハくん!?」

美優は飛び上がりそうになり、慌てて笑顔を作る。


「俺、寝てた?」

カズハは欠伸をして、軽く唇を指でなぞる。

「……なんか、変な味がする。」


「な、なにもしてないよ! 気のせい!」

美優は真っ赤なまま、顔をそらす。


「……そうか。」

カズハは特に疑う様子もなく、コーヒーを手に取った。

「ありがとな、美優。」


美優は胸を押さえ、こっそり深呼吸する。

(ばれてない……よね?)

図書室を出て帰る途中、二人はまだどこか気まずいまま並んで歩いた。


「……勉強、助かった。」

カズハが不意に言う。


「ううん、私も一緒にできて楽しかったよ。」

美優はそっと微笑んだ。


――その直後、寮の前で人だかりが見えた。

テレビ局のカメラとマイクがずらり。


「え、なにこれ……?」

美優が立ち止まる。


「……嫌な予感がする。」

カズハは小さくため息。


「おっ、あの二人だ!」

記者がマイクを向けてきた。

「“偽夫婦イベント”の参加者ですよね?」


「は、はい……」

美優は戸惑いながら返事をする。


「イベントの感想、聞かせてください!」

「二人の仲はどうですか? “化学反応”は起きましたか?」


「か、化学反応……?」

カズハは思わず吹き出しそうになる。

(そういう言い方やめろ……!)


「……まあ、うまくやってます。」

なんとか笑顔を作る。


美優もぎこちなく頷いた。

「はい、ちゃんと協力してます。」


周りの寮生たちがバルコニーから顔を出して、

「おーい! もっと面白いこと言えよー!」

と冷やかしてくる。


(やめろ……余計恥ずかしいだろ……!)


質問はどんどん深くなる。

「この関係、イベント後も続きますか?」

「嫉妬したことは?」


美優の顔はさらに赤くなる。

「そ、そういうのは……まだ考えてません。」


カズハは真剣な表情で記者を見た。

「俺たちは、まずは学校生活を優先します。」


記者が満足したように頷くと、ようやく人混みが散っていった。

寮に入ると、他のペアたちが拍手して出迎える。

「二人とも、テレビデビューおめでとう!」


「……疲れた。」

カズハはソファに沈み込む。


美優はくすっと笑った。

「でも、ちゃんと答えられてたよ。すごい。」


「……ありがとう。美優のおかげだ。」


「じゃあ、ご褒美にホットチョコ作ってあげる。」

美優が立ち上がる。


「じゃあ、俺は先に風呂入る。」


数分後。


カズハがバスタオル姿で出てきた瞬間、美優は固まった。


「な、なにその格好!」

顔を真っ赤にして手で顔を隠す。


「着替え忘れた……」

カズハは少し気まずそうに笑った。


「バ、バカ! 早く部屋戻って!」

「わかった、わかった!」


その後、二人でホットチョコを飲みながら

バルコニーの風にあたる。


「……今日、ほんと疲れたな。」

カズハがカップを傾ける。


「うん。でも、なんか……悪くなかったかも。」

美優は空を見上げて微笑んだ。


「……そうだな。」

カズハも横目で美優を見て、少しだけ頬が赤くなる。


(こうしてると……本物みたいだな。)


二人の間に、心地よい沈黙が流れた。


授業の途中、カズハはそっと隣の席の美優を見た。

「……俺たちなら、乗り越えられる。」

低い声でつぶやく。


美優は目を瞬かせ、やわらかく笑った。

「……うん、一緒に。」


その笑顔に、カズハの胸の奥がじんわり温かくなる。

(……こいつが隣にいるだけで、何とかなる気がする。)


それからの日々は、勉強に行事にと忙しかったが、

どこかで常に誰かの視線を感じる。

それでも二人は、少しずつ慣れていった。


放課後は一緒に宿題をしたり、

寮の庭で他愛もない話をしたり――

その時間は、いつの間にか一日の楽しみになっていた。


(この時間がずっと続けばいいのに。)

美優は心の中でそう思いながら、

カズハの横顔を見つめていた。


ある夜。


二人はバルコニーに並んで腰掛け、

湯気の立つコーヒーを手にして星を眺めていた。


「……まだ信じられないな。あんなに記者が来るなんて。」

美優がカップに口をつけながらつぶやく。


「でも、乗り切ったじゃないか。」

カズハは小さく笑い、美優の手にそっと触れた。

「お疲れ。」


美優は頬を染めながらうなずく。

「……ありがとう、カズハくん。」


そのとき――


「おーい!」

寮のドアから春花が顔を出した。

「今からみんなで公園行くよ! 夜祭やってるんだって! 行こう!」


美優とカズハは顔を見合わせ、同時に笑う。

「行こうか。」

「うん。」

夜の公園は光にあふれていた。

提灯がゆらゆらと揺れ、

遠くからは太鼓の音と笑い声が聞こえてくる。


「わあ……きれい。」

美優の目が輝く。


(……こいつ、本当に楽しそうだ。)

カズハはその横顔を見て、

自分まで楽しくなるのを感じた。


射的、金魚すくい、りんご飴。

友達とふざけあいながら屋台を回り、

気がつけば二人だけになっていた。


カズハは足を止め、ある屋台を指差した。

「……ちょっと待ってろ。」


少しして戻ってきたカズハの手には、

二つのシンプルなブレスレットがあった。


「これ……?」

美優が目を瞬かせる。


「……お揃い。嫌じゃなければ。」

カズハは視線をそらしながら差し出した。


美優は思わず笑ってしまった。

「ううん、すごくうれしい。」


二人はお互いの手首にブレスレットをつけあい、

少し照れくさそうに笑った。


(……なんか、本物のカップルみたい。)

美優の胸が、じんわりと熱くなる。


祭りが終わる頃、

二人は並んで歩きながら夜風にあたっていた。


「今日は楽しかったな。」

カズハがぽつりと言う。


「うん……ありがとう、カズハくん。」

美優はブレスレットをそっと撫でた。


二人の間に流れる静かな時間が、

心地よかった。


(まだまだ先は長い。でも……隣にいるなら、どんなことでも乗り越えられる気がする。)


夜空の下、

二人は少しだけ距離を縮めながら、

寮への道を歩いていった。

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