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第6話 笑顔とドキドキが混じるショッピングデート

朝の寮は、いつもよりひんやりしていた。

キッチンに立つ美優の指先がかすかに震え、

カズハはテーブルに座ったまま無言で皿を見つめていた。


(……気まずいな。昨日のこと、ちゃんと謝らないと。)


「……おはよう。」

低い声でカズハがつぶやく。


美優は少しだけ振り返り、こくりと頷いた。

「おはよう。」


二人の間に落ちる、重い沈黙。

聞こえるのは、ティーカップにお茶が注がれる音だけ。


(話さなきゃ……このままだとずっと変な空気のままだ。)


カズハは湯気の立つカップを取り、ゆっくり口をつけると、

視線を落としたまま口を開いた。


「……あの、美優。」

「昨日の夜は……悪かった。」


美優は少し驚いた顔をして、すぐに目を伏せた。

「……ううん。私こそ……騒いじゃって、ごめん。」


(よかった……ちゃんと話せた。)


二人の視線が一瞬だけ交わる。

ぎこちないけれど、その一瞬で空気が少しやわらいだ。


二人はソファに並んで座り、テレビの前にいた。


「どんなジャンルが好き?」

カズハがリモコンを握りながら聞く。


美優は顎に指を当て、少し考えてから答えた。

「ラブコメ……かな。軽いやつ。」


「了解。」

カズハは人気のコメディ映画を選び、再生ボタンを押した。


映画が始まると、二人の間に小さな笑い声がこぼれる。

美優が楽しそうに笑うたび、カズハは胸の奥がくすぐったくなる。


(……やばい、笑ってる顔、かわいい。)

(落ち着け俺、顔に出すな……。)


クライマックスの告白シーンになると、空気がしんと静まった。

薄暗い照明の中で、美優はスクリーンを見つめたまま小さく息をのむ。


「……いい映画だったね。」

エンドロールが流れると同時に、美優がぽつりと言った。


「そうだな。」

カズハは少し笑って、目をそらす。

「一緒に見られて……よかった。」


美優は唇を噛んで、胸を押さえる。

(な、なんでこんなにドキドキしてるの……?)

「……なんでだろ。胸が……苦しい。」


カズハは思わず自分の顔を触った。

「え、俺の顔に……何かついてる?」


美優はくすっと笑い、首を横に振る。

「ううん、何でもない。」


二人はしばらく無言で座り続けた。

だが、それはさっきまでの気まずい沈黙ではなく、どこか心地いい静けさだった。


美優は早く目を覚まし、廊下に出た瞬間――甘い香りが漂ってきた。


「……いい匂い。」

小さくつぶやき、足をキッチンへ向ける。


そこには、真剣な顔でボウルを混ぜるカズハがいた。


(……え、なにしてるの?)


「カズハくん、何して――」


美優が声をかけた瞬間、

カズハがビクッと肩を跳ねさせ、ボウルを高く持ち上げてしまった。


「わっ――!」


次の瞬間、生地が宙を舞い、美優の頭上に落ちた。


「きゃっ!」

冷たい感触が髪と頬にべったり広がる。


(う、うそでしょ……? 朝からこれって……!)


カズハは真っ青になって叫んだ。

「うわっ、ご、ごめん美優!!」


(終わった……完全に怒らせた……!)


美優は一瞬固まったまま動かず、ゆっくり顔を上げた。

頬に生地がついたまま、じっとカズハを見つめる。


「……見て。」

低い声でそう言い、両手を広げて自分の姿を指し示す。


「ほんと、ごめん! ちゃんと片付けるから!」

カズハは慌ててタオルを持ち、美優の髪をぬぐおうとする。


「ま、待って……!」

美優が顔を赤らめて一歩下がる。

「自分で拭くから……。」


(うわ、近い……ちょっと恥ずかしい……)


カズハはタオルを持ったまま動きを止めた。

「……怒ってる?」


美優は少し考え、ため息をついた。

「怒ってない……けど、片付けはお願いね。」


(よかった……でも完全には許してないよな、これ……。)


カズハは深々と頭を下げた。

「はい……。」


美優はタオルで自分の頬を拭きながら、小さく笑った。

「……ほんと、不器用だね。」


(い、今笑った……? ちょっと可愛い……。)


カズハは顔を真っ赤にして黙り込む。

だが、その耳の赤さに、美優は思わず笑いをこらえきれなくなった。


美優は、まるでパンケーキの生地をかぶったかのような姿で立ち尽くしていた。

頬は赤く、怒りと苛立ちが入り混じった表情でカズハを睨む。


「カズハくん! これ……ひどいよ! 見てよ、この有様!」


(やば……完全に怒ってる。)

カズハは慌ててタオルを手に取り、美優の方へ駆け寄る。


「ご、ごめんっ! 今すぐ拭くから!」


「来ないで!」

美優は一歩後ろに下がり、眉をひそめた。

「自分でやるから……。」


(近づくと逆効果か……。)

カズハは動きを止め、タオルを握りしめたまま黙り込む。

沈黙が落ち、キッチンに微かな換気扇の音だけが響く。


「……怒ってるよね?」

おそるおそる口を開いたカズハの声に、美優はため息をついた。


「怒ってるに決まってるでしょ。でも……」

視線を外し、肩を落とす。

「片付けてくれるなら、許してあげる。」


(助かった……。)

「もちろん!」

カズハは深く頭を下げた。

「今日一日、なんでも言うこと聞くから……。」


美優はじっと彼の顔を見つめ、ふっと笑った。

(……そんな顔するんだ。)

「……じゃあ、覚悟してね。」


その日の午前、美優はカズハを連れてショッピングモールを歩き回った。


「次はこっちの店ね。」

楽しそうというより、少し意地悪そうな笑みを浮かべる美優。


(……完全に仕返しだな。)

カズハは無言で後をついていく。


試着室から出てきた美優が、くるりと一回転する。

「どう?」


カズハは一瞬言葉を失い、真剣な表情でうなずいた。

「……似合ってる。」


(な、何普通に言ってるんだ俺……!)

美優は顔をそむけ、髪を耳にかける。

「ふ、普通に言わないでよ……。」


(あ、赤くなった……かわいい。)

カズハは小さく視線をそらし、平静を装った。


午後はカフェで休憩。

美優がやたら長い名前のスイーツを注文し、カズハはメニューとにらめっこする。


「……読めない。」

ぼそっとつぶやいたカズハに、美優は思わず吹き出した。


「ふふっ……カズハくん、ほんと不器用。」


(言い返せない……けど楽しそうだからいいか。)

「わざと難しいの選んだだろ……。」

そう言いながらも、カズハの口元には小さな笑みが浮かんでいた。


夕方、二人は公園のベンチに並んで座る。

風が心地よく吹き抜け、美優の髪が揺れた。


「まだ怒ってる?」

カズハが小声で尋ねる。


美優は少し考えてから首を横に振った。

「もういいよ。……一日中がんばってくれたから。」


(……よかった。)

「……ありがとう。」

カズハは素直に頭を下げる。


「でも次は許さないからね。」

美優は指を立てて笑う。


(そういう顔、反則だろ……。)

「気をつけるよ。」


二人の間に、やわらかな沈黙が流れる。

美優はそっとカズハの手に触れた。


(……え、今……触った?)

心臓がどくんと跳ねる。


「……ねえ、カズハくん。」

視線を落としたまま、かすかに言う。

「今日、ちょっと楽しかった。」


カズハは驚き、それからゆっくり笑った。

(……ああもう、完全にやられた。)

「俺も。」


夜の寮に戻ったとき、二人の距離は朝よりも少し近くなっていた。


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