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第4話 偽りの結婚生活、初日

各ペアには、特別なイベント用夫婦寮の部屋の鍵が渡された。カズハとミユは荷物をまとめ、その寮へ向かった。今までライバルとして接してきた相手と同じ部屋で過ごすことになるのは、奇妙な気分だった。


イベント初日は、緊張感に包まれていた。男女それぞれが選ばれた生徒たちは、学校が用意した特別な夫婦寮に引っ越すことになった。


その寮は、現代的なデザインと高級感ある設備が調和した建物で、戦略的な場所に建てられていた。建物外観は上質な素材が使われ、洗練された照明で夜には美しく輝く。


各部屋には中型のベッドが2つ、中央には洗練されたデスクとスタイリッシュな読書灯が設置されている。壁にはシンプルで落ち着いた色合いの壁紙が貼られ、リラックスできる空間が広がっていた。大型の鏡付きクローゼットは収納力抜群で、整理整頓しやすい設計。


大きな窓には厚手のカーテンがあり、自然光が優しく差し込む。窓の外には、穏やかな景色が広がっていた。


バスルームも高水準の設備が整っている。ガラス張りのシャワー、ダブルシンクと大理石のカウンター、そして最新式のトイレ。ガラスと金属を組み合わせたデザインは、清潔感と高級感を演出していた。備え付けのバスグッズや柔らかいタオルも完備。


キッチンには、IHコンロ、最新型電子レンジ、大型冷蔵庫が揃い、調理も快適。グラニット製カウンタートップと高級素材のキャビネット、洗練されたダイニングテーブルと椅子も完備され、料理がより楽しくなる。


一階には、ソファ、モダンなコーヒーテーブル、大型テレビ、ハイエンドオーディオが揃った豪華な共用スペースもある。アートやシャンデリアが空間を彩り、中央にはビリヤード台などの遊び場も用意されていた。


全ての部屋にはスマートウォッチ型の活動モニターが支給された。日々の行動を記録し、ペアとしての役割を果たしているかを確認するためのものだった。寮全体には高速Wi-Fiや追加のラウンジスペースも完備され、快適に過ごせる環境が整っている。


カズハとミユは、寮の門前で顔を合わせた。どちらの表情にも不満の色が浮かんでいた。カズハがぎこちなく笑いかけたが、ミユは冷たい視線を向けるだけだった。


「この豪華な寮で過ごせるなんて、林くん、きっと嬉しいでしょ?」


「誤解するなよ。俺だって、ここに住むのが嬉しいわけじゃない。」


寮内では、寝室、バスルーム、キッチンなど、あらゆる設備を共有しなければならなかった。性格も習慣もまるで違う二人にとっては、大きな試練だった。


机の上には、腕に装着する活動モニターが置かれていた。これを付けて、パートナーとしての役割をしっかり果たしているかを確認するのだ。


「バカバカしいけど……これ、ちょっとカッコいいかもな。」


「学校、本気すぎるよね……私たち、まるで囚人みたい。」


「でも、ちゃんとやるしかない。選択肢はないんだし。」


「分かってる。でも、林くん、覚えておいて。私は簡単に合わせたりしないから。」


ミユはそれ以上追及せず、二人は買い物を続けた。


スーパーマーケットの通路を歩いていると、カズハが慎重に野菜やその他の食材を選んでいる様子にミユは気づいた。すると突然、お腹が鳴ってしまい、昼ごはんを食べていなかったことを思い出す。


「お腹すいたの? 清水さん」


ミユは恥ずかしそうにうなずいた。「うん、そうみたい…」


「じゃあ、買い物の前にちょっと何かつまもうか?」


お菓子売り場へ向かい、ミユは小さなケーキをいくつか選び、カズハは冷たい飲み物を手に取った。二人はスーパーのベンチに腰掛け、軽食を楽しんだ。


「美味しいでしょ?」


「うん、すごく美味しい。ありがとう、林くん」


軽食を終えた後、再び買い物を再開した。カズハは真剣な表情で商品の値段や栄養表示をチェックしており、その姿にミユは思わず感心してしまう。


「本当に几帳面なんだね」


「一番いい品質で、できるだけ安いものを選びたいだけだよ。予算も守らないとね」


「うん、それって大事なことだと思う」


次の通路で二人は様々なスパイスを見つけた。ミユは家庭料理によく使うスパイスを嬉しそうに紹介する。


「これ、私の料理の秘密なの。スープにちょっと加えるだけで全然違うの」


「美味しそうだね。今度ぜひ試してみよう」


精肉コーナーでは、カズハが肉の部位を丁寧に選んでいた。その様子をミユは真剣に見つめていた。


「お肉の選び方、ほんとに上手なんだね」


「母さんに教わったんだ。良い食材の選び方とか、いつも厳しくてさ」


買い物を続けて調味料コーナーにたどり着く。ミユはお気に入りのソースを何本か取り、カズハは基本的な調味料を選ぶ。


「これ、私のお気に入りなの。絶対好きになると思うよ」


「楽しみにしてる」


レジで会計を済ませた後、荷物を詰めていると、ミユがかなり多くの袋を持っていることにカズハは気づく。


「清水さん、それ重そうだけど大丈夫?」


「だいじょうぶ、林くん。これくらい平気だよ」


カズハは無言で荷物をひょいと持ち上げ、すべて自分で運び始める。


「こんなに全部持たなくていいよ。これだけ持ってて」


ミユはふくれっ面になって、自分の持ち物がほとんど無くなっていることに気づく。「えー、もっと持ちたかったのに! なんでいつも勝手に持ってっちゃうの?」


「どう見ても無理してたから。途中で転んだり倒れたりしても困るし」


「ほんと不愉快です、林くん!」


「…」


「もう、変な目で見られる前に行こうよ」


ミユはため息をつく。「ふん、でも部屋に戻ったらお菓子もっと食べるからね!」


「はいはい。道端でフラフラしてる子がいたら大変だしな」


そのとき、二人は同じく買い物をしていたハルとアイリに出会った。


「やあ、カズハ! ミユ!」ハルが元気に声をかけた。「君たちも買い出し?」


「うん。夕飯を一緒に作る予定なんだ」


「わあ、カズハ、すごい荷物だね。それに…ミユ? それだけ?」とアイリがミユの手元を見て言った。


「うん、ちょっとお菓子だけ。林くんが全部持っちゃったから」


「そ、そう見えるよね」とハルがカズハをちらりと見る。


「ミユ…もしかして重い荷物持とうとしてたの?」


「なんでわかるの?」


「うん…カズハの顔見ればわかるよ」


カズハは無言のままだった。


「夕飯は何作るの?」とアイリが優しく尋ねる。


「カレーにする予定。そっちは?」


「まだ決まってないんだ。簡単なものにしようかって」


しばらく話したあと、二人は買い物を再開した。


カズハはハルとアイリの親しげな様子に少しだけ胸がざわついたが、目の前のミユとの時間に集中しようと気持ちを切り替えた。


寮に戻ると、ふたりは無言のままキッチンに立った。


どちらからともなく距離を取るように立ち位置を決めると、かずはが冷蔵庫の扉を開け、目線だけでみゆに問いかけた。


「……で、何から。」


目も合わせずに投げたその言葉は、冷たくも淡々としていた。


みゆは少しの間だけ黙っていたが、やがて静かに答えた。


「玉ねぎ。薄くスライスして。変に斜めになってたら……許さないから。」


かずははまな板を手に取り、包丁を指で回しながら、薄く口元を歪めた。


「命懸けってことか。了解、ボス。」


「シェフでしょ。」


みゆはそう返したが、その声音にはまだ硬さが残っていた。


「ちなみに切り方間違えたら、罰ゲームでもあるのか?」


「……全部、生で食べる。」


かずははしばし手を止め、彼女をちらりと見やる。


「鬼っていうより、拷問官じゃね?」


思わず漏らしたその言葉に、みゆの口元がほんの少しだけ動いた気がした。


ほんの少し。


その一瞬の揺らぎを、かずはは見逃さなかった。


「料理、慣れてる?」


「まあ……たまに。気が向いたときだけ。」


「ふうん。俺は今日が初めてだよ。袋麺以外。」


包丁の音が止まり、みゆが彼をちらと見た。


「……正気で食べるつもり?」


「試してみる価値はあるだろ?」


「……じゃあ、胃薬は準備しとく。」


その返しに、かずはの指先が一瞬止まり、笑いかけたような、そうでないような表情を見せた。


言葉を多く交わさずとも、ふたりの間には微かに、ぬるい風が流れ始めていた。


「ちょっと味見してみて。塩、足りてる?」


かずはが差し出したスプーンを受け取り、みゆは慎重に一口すする。


「……悪くない。想像よりずっと。」


「ってことは、玉ねぎ罰ゲームはなし?」


「今回は、ね。」


やがて料理が完成し、ふたりはテーブルに向かい合って座った。


いつもならただ過ぎ去っていくだけの時間が、今夜は少しだけ意味を持っていた。


「――良い協力に、乾杯。」


かずはがグラスを上げる。視線は合わせず、どこか遠くを見ていた。


みゆも静かにグラスを掲げ、そっと重ねる。


「……乾杯。」


静かな食卓。箸の音だけが響く中、ふいに、かずはがぽつりとつぶやいた。


「なあ……このイベント、お前はどう思ってる?」


みゆは手を止めたまま、しばらく考えるように黙り込んだ。


「……最初はバカバカしいと思ってた。でも、やってみると、意外と……リアル。」


「……だな。」


かずはの声には、どこか冷めたようで、それでも確かに体温を感じさせる温度があった。


「俺も最初はどうでもよかったけど……殺し合わずに一週間経ったなら、まあ、悪くない。」


「火事にもならなかったしね。」


ふっと、ふたりはほぼ同時に微笑んだ。


その夜、食器を洗い終えたあとも、ふたりの間に会話はなかった。

けれど、それは不自然な沈黙ではなく、互いに受け入れ始めた静けさだった。


部屋に戻ると、かずははベッドに背中を預け、腕に巻かれたデバイスをじっと見つめた。


「……一年か。」


呟きは風に消えるほど小さかった。


そのとき、隅で枕を整えていたみゆがふと振り返る。


「今の、私に言ったの?」


「いや。独り言。」


「ふーん。」


少しの沈黙のあと、かずはは目を閉じたまま、もう一度だけ口を開いた。


「――ま、なんとかなるといいな。俺たち。」


その声はどこか投げやりで、それでいて、確かに誰かのためを思っているようだった。


「カズハ、リビング行こうよ。みんな集まってるよ。ビリヤードやったり、おしゃべりしたり、のんびりしてる。ちょっとリフレッシュしようよ」

イズミが外から声をかけてきた。


「うん、行くよ。シミズさんも、行く?」

そう言って、カズハはソファに座っているミユの方を振り返る。


その頃、陽気なクラスメイト・ハルはすでにビリヤード台のそばに立っていて、片手にキューを持ち、リラックスした様子で構えていた。


「カズハ、泉! 一緒にやろうよ? でもまあ、どうせまた俺が勝つと思うけどね」

自信満々に挑発する。


「そんなに調子乗らないでよ、ハル」

泉が笑いながら返す。


「行け、カズハ。あんたの腕、見せてやれ!」


カズハはふっと笑い、キューを手に取り、静かに構えた。

美優は自販機で缶ジュースを買い、ビリヤード台の近くのソファに腰かける。小さな手で缶を持ちながら、ゲームの始まりをじっと見つめていた。


部屋中がゆったりとした雰囲気に包まれていた。映画を見ている子たちは、面白いシーンでくすくす笑い、男子の一団は最近のサッカーの試合について熱く語り合っている。中には紙くずを投げ合ってふざける者たちもいた。


突然、イタズラ好きで有名な翔が、紙くずをテツに向かって投げつけた。


「おい、スマホばっか見てないで、もうちょっと力抜けよ!」

笑いながら叫ぶ。


「翔、マジでやめろって! これでまた負けたら、今夜お前にゲームの極意叩き込むからな!」

テツが頭をさすりながら睨む。どこか本気のようで、でもやっぱり冗談っぽい。


その間にもカズハは冷静にゲームに集中し、球を一つ、また一つと正確に沈めていった。

決まった瞬間、ハルと泉から歓声が上がる。


「やるじゃん、カズハ! あともう一球でハルに勝てるよ!」

美優はソファからその様子を静かに見守っていた。缶ジュースを一口飲みながら。


彼のプレイには、何か惹かれるものがある。どれだけ周りが騒がしくても、カズハはいつだって落ち着いていて、まっすぐだった。


その時、愛梨が静かに微笑んだ。彼女は友達の話に耳を傾け、時折小さく笑いながらも、決して声を上げすぎず、周囲の気配を感じ取るように振る舞っていた。彼女の静かな存在感は、まるでその場の空気を穏やかにしているかのようだった。


「よしよし、今回はあんたの勝ち。でも明日は覚悟しとけよ、そんなに甘くないからな!」

ハルがそう言ってニッと笑う。


「さすが、カズハ。口より手を動かす方が強いって、証明したじゃん」

隣のイズミが笑いながらカズハの背中を軽く叩いた。


──ビリヤードが終わり、カズハと美優はソファに腰を下ろす。

ハルは悔しそうに腕を組んだまま、カズハをじっと睨んでいた。


カズハの視線は、にぎやかなリビングをゆっくりと眺める。

ふと目に入ったのは、肩を寄せ合って笑うペア。男がその顎を相手の肩に乗せていた。


「……まだ初日なのに、あんなに仲良くなってるのか。まるでカップルみたいだな」


「よし、明日はリベンジだ!今度こそ、勝たせてもらうぞ、カズハ!」

ハルが挑発気味に叫ぶ。


「……さて、どうだかな」

カズハが肩をすくめる。


そのときだった。

隣の美優が、缶ジュースを持ったまま、ぽつりとつぶやいた。


「……けっこう、上手だったよ」


──ピタッ。

部屋の空気が止まった。


「……え?」

ハルがぽかんとする。


「い、今の……褒めたよな?褒めたよな!?」


「やば、カズハ、運命の日かもね」

イズミがくすっと笑いながらハルの肩を叩いた。


「ビリヤードちょっとやっただけで、美優からレアコメント!ずるい〜」

「おいおい、カズハ!」

BGMを止めたショウが、真顔で近づいてくる。

「どうやったらそんな言葉がもらえるんだ!?真剣に教えてくれ!」


「俺なんて何回一緒にやっても、一度も褒められてないぞ!」

ハルが叫び、周囲に笑いが広がる。


美優は缶を持ったまま、少しだけ肩をすくめた。


「……ただの感想だよ。意味はない」


「『ただの』って……こっちにとっては奇跡なんだって!」

ショウが絶叫し、ハルと一緒に肩を落とす。


そんなふたりを見て、カズハはふっと笑った。

珍しく、リラックスした顔だった。


「大げさすぎるだろ……たまたまだよ、今回は」


スマホを手放さないテツも、珍しく乗ってきた。


「なあカズハ、その秘訣、ゲームにも使えそうじゃね?」


また笑いが起きる。

男子たちは完全に一つのチームのように盛り上がっていた。


「よーし、今日からビリヤード特訓だ!目標はただ一つ、美優の一言!」

「クラブ作るか?“ビリヤードで褒められ隊”!」

「いいね、それ!」


部屋は笑い声で満たされる。

その真ん中、美優は小さく首を振り──

……ふっと、微笑んだ。


騒がしくても、彼女はやっぱり静かだった。

カズハはその笑みを、横目でそっと捉える。


「……美優。君のおかげで、いい空気になったな」


「そうかもね」

美優は静かにうなずく。声は、誰にも届かないほど小さい。


その夜、共有スペースは最後まで賑やかだった。


ハルとショウは“美優の一言”を求めて真剣な(?)作戦会議。

他の男子たちも巻き込まれ、夜は笑いに染まっていった。


──そして。


美優が腕時計を見て、カズハに向き直る。


「もう遅いね。……カズハ、部屋に戻ろうか」


「そうだな、もう休む時間だ」

カズハは立ち上がり、軽く伸びをする。


「え、もう帰るの?」

イズミが名残惜しそうに声をかけた。


「うん、また明日」


「あと、一葉、覚悟しとけよ。リベンジだからな!」


「好きにしろ」


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