第3話 覚悟はできてる?
朝、かずはは校門の前で立っていた。みゆと一緒に登校する約束をしていたからだ。周囲の目を意識し、二人が仲の良い夫婦のように見えることが、このイベントでは重要だった。
「待たせた?」
みゆの声が背後から聞こえ、かずはは振り返る。制服姿のみゆは、いつも通り凛としていた。
「ううん、ちょうど来たとこ。」
「みんなの前では、ちゃんと仲良くしてるように見せないとね。」
「……そうね。慣れないけど。」
二人並んで教室に向かうと、クラスメイトの視線が集まる。軽く会釈する友人たちや、意味深な笑みを浮かべる生徒もいた。かずははあまり気にせず、そのまま席に着いた。
昼休み、二人は校庭の片隅にある静かな場所へ移動した。
「ゲームのこと、考えてたんだけど。」
みゆは弁当を広げながら言った。
「月末に、委員会がポイントゲームをやるって聞いた。出てみない?ポイント稼げるかも。」
「いいかも。でも、勝てる見込みがないと逆にマイナスになるしな。」
「大丈夫。リストに載ってたの、戦略系のパズルだった。得意分野でしょ?」
「うん、それなら行けそう。……でも他のチームも油断できないな。」
二人はしばらく、対策や戦略について話し合った。言葉は業務的でも、互いに少しずつ心の距離が縮まっているのを感じていた。
そんな中、少し離れた場所で、あいりがはると笑いながら歩いてくる姿が目に入った。かずはの視線が自然とそちらに向かってしまう。
「……まだ気になるの?」
みゆの声に、かずはは一瞬たじろいだ。
「いや……ちょっとだけ。」
「気持ちは分かるけど、今は目の前のことに集中しなきゃ。感情に流されてたら、失うものが多すぎる。」
「分かってる……つもりだけどな。」
ある午後、月例ゲームの練習が終わった後、一息つこうとふたりは校庭の庭へ向かった。穏やかな陽の光がふたりを包み込み、久しぶりに静かな時間が流れる。
「なあ、林くん。」
ミユがいつもより柔らかい声で口を開いた。
「このイベントが終わったら、私たち、どうなると思う?」
「……どういう意味だ?」
「“夫婦”じゃなくなったらさ。私たちは元に戻るのかな?」
問いかけに、カズハは少し言葉を失った。
「考えたこと、なかったな。今はこのイベントを無事に終わらせることしか頭になくてさ。……でも、たぶん、元に戻るんじゃないか?ライバルに。」
ミユが薄く笑う。
「そうかもね。でも……できれば、このまま、いい関係でいられたらいいな。」
その言葉の奥に、何か本心が隠れている気がして、カズハはじっとミユの横顔を見つめた。ふたりの間には、もう以前のような壁はなかった。気づかぬうちに、少しずつ変わってきていたのかもしれない。
夕日がゆっくりと沈み始める。
「……まあ、まずはイベントをちゃんと終わらせよう。話はそれからだ。」
「うん。」
ミユはうなずいたが、その胸の奥には、言葉にできない気持ちが少しだけ残っていた。
その日はすぐに過ぎ去った。イベント後、それぞれの“家”に帰るふたり。1年間の“仮夫婦”生活が本格的に始まる。
カズハは自室で、自分の指にあるリングをじっと見つめていた。
「……俺に、務まるのか、こんな役。」
一方で、ミユもまた、静かに天井を見上げながら考えていた。
ふたりとも、心のどこかで同じことを感じていた。
これはただの学校イベント──でも、そこには確かに、挑戦と学び、そして何か大切なものがある気がしていた。
最初はぎこちなくても、お互いの長所と短所を少しずつ理解し合い、ふたりの間に、不思議なバランスが生まれ始めていた。