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第2話 結婚式や写真撮影

イベント当日、普段は静かな学校の雰囲気がいつも以上に華やかさを増していた。豪華に飾られた大講堂には、イベントに参加する生徒たちとそのペアだけでなく、さまざまな立場の来賓たちも集まっていた。講堂の外も賑わっており、保護者、先輩、後輩、さらには報道関係者までが、この長く待ち望まれたイベントを一目見ようと押し寄せていた。


来賓として招かれた保護者たちは、講堂前方に用意されたVIP席に座っていた。彼らは上品で気品ある装いに身を包み、子どもたちのペアについてひそひそと話し合っている。一部の保護者は誇らしげな表情を隠せずにいたが、なかには不安げな面持ちの人もいた。子どもたちがこの“仮の夫婦”という関係をどう乗り越えていくのか、心配しているのだろう。だがその視線の奥には、子どもたちが責任、関係、そして協力について学び、成長していくことへの期待が込められていた。


過去に同様のイベントを経験した卒業生たちも集まり、特別席に座って後輩たちに声援を送っていた。その目は経験に裏打ちされた深みを湛えており、このイベントが単なるお楽しみではなく、思いがけない試練であることをよく知っていることを物語っていた。彼らの中には、イベント開始前の参加者にアドバイスを送ったり、自身の体験から得た秘訣を伝授する者もいた。イベントの合間には、当時の成功談を知りたがる記者たちと語り合う姿も見られた。


後輩たちは、今回が自分たちにとって最初で最後の見学の機会であることを知りつつも、好奇心に満ちた眼差しでこの特別な行事を見つめていた。次にこのイベントが行われる頃には、自分たちはもう卒業している。だからこそ、参加者の感じているであろう重圧や喜びを想像しながら、その一瞬一瞬を心に刻もうとしていた。


このイベントは学校内だけでなく、外部メディアからも注目を集めていた。いくつかの新聞社や地元テレビ局の記者が取材に訪れ、カメラやマイクを手に重要な瞬間を写真に収めていた。特に、校長がペアの手に金色のリボンを結ぶシーンや、写真撮影が始まる場面では、フラッシュが何度も光った。記者たちは講堂内を歩き回り、保護者や先輩にインタビューを行い、このイベントへの考えや、参加者の将来に対する期待を尋ねていた。これらの映像や記事はSNSやニュース番組で取り上げられ、参加者たちはしばらくの間、ちょっとした“有名人”のように注目されることになるだろう。


カズハはミユの隣に立っていた。表情はいつも通り冷静を装っていたが、手はわずかに震えていた。その内心では、激しく思考が渦巻いていた。この象徴的な“結婚”の儀式を自分が行うなんて、ましてや相手がミユだなんて、想像すらしていなかった。二人の関係は、ほどけたかと思えばまた絡まる糸のように、常に複雑だった。外から見ればただの一歩にすぎないかもしれないが、歓声に包まれた講堂の中心で踏み出すその一歩一歩は、異様に重たく感じられた。


ミユは、これまで多くの注目を浴びてきたはずなのに、今日の視線は何か違っていた。カズハと結ばれる金のリボンは、ただの飾りではない。そこには、このイベントが持つ意味だけでなく、彼女がずっと胸に秘めてきた想いの重みが込められていた。空気の張り詰めた緊張の中で、彼女は自分でも気づかぬうちに育ち始めていた感情を、無視することができなかった。


間もなく儀式が始まるという知らせが、カズハとミユに届いた。二人はそれぞれ、用意された控室へと向かった。そこで指定の衣装に着替える必要があるのだ。カズハは複雑な気持ちを胸に、男子用の更衣室へ向かい、ミユは女子用の更衣室へと足を進めた。


カズハは、黒のタキシードを身にまといながら、ネクタイを整えていた。指先がかすかに震える。「なんで、こんなに緊張してんだよ……」と小さくつぶやいた。


一方のミユは、白いロングドレスに着替え、まるで本物の花嫁のような気品を纏っていた。先輩たちが、小さなティアラを頭に丁寧に乗せてくれた。


「大丈夫よ、ミユ。すごく綺麗だから。」

ユカリが微笑みながら、そう声をかけた。


「ありがとう、ユカリ先輩。今日は何も失敗しないようにしたいだけなんです……」

ミユは静かに息を吐いた。


支度が終わると、カズハとミユはメインステージの前で再び顔を合わせた。ミユがウェディングドレスをまとったその姿を見た瞬間、カズハの胸はドクンと音を立てた。彼女はいつも以上に美しく、凛とした姿でそこに立っていた。

気まずさを覚えながらも、カズハは表情を崩さないように努めた。


友人たちが歓声を上げ、拍手があふれる中、二人は少し赤くなった頬を隠すように視線をそらし合った。普段は冷静で落ち着いたミユさえも、わずかにぎこちない笑みを浮かべていた。

その目には、どこか不安げな光が宿っている。カズハもまた、鼓動の速さを感じながらも、ただ黙って心を落ち着かせようとしていた。


「林カズハ、清水ミユ。前へどうぞ。」

校長が二人の名前を呼ぶと、会場から再び拍手が響いた。

カズハとミユはゆっくりとステージに向かって歩き出す。


やがて校長が二人の手に金のリボンを結びながら、静かに語りかけた。

「これにて、今回のイベントにおける夫婦として正式に認定します。互いに協力し、支え合っていくことを忘れないでください。」


次に、校長は小さな箱を開き、中から二つのシンプルな指輪を取り出した。

「この指輪は、あなたたちの結びつきを象徴するものです。お互いに交換してください。」


カズハは震える指先で指輪を取り、ゆっくりとミユの左手薬指にそれをはめた。彼は片膝をついていた――観客がその光景にどよめき、拍手と歓声が一層大きくなる。

ミユも同じように、緊張した面持ちで指輪をカズハの指にはめ返す。指が少し触れ合うたび、二人の間に静かな熱が生まれていた。


その一瞬、二人は互いの目を見つめ合った。まるで時が止まったかのように――その場にいた誰もが見逃さなかった。


「では、お互いに挨拶を交わしてください。」

校長の言葉で、現実に引き戻される。


カズハは手を差し出しながら、静かに言った。

「よろしくお願いします、清水さん。」


ミユは一瞬ためらったものの、そっとその手を取る。

「……ええ、頑張りましょう。」


挿絵(By みてみん)

ぎこちないながらも、二人は微笑み合った。だがその笑顔の奥には、誰にも言えない思いが隠されているようだった。


その後、すべてのペアは互いに会話する時間が与えられた。カズハとミユは会場の隅に座り、少し静かな場所を探していた。


「……変な感じだな。」

カズハが口火を切る。


「うん……すごく変。こんなの、正直認めたくないけど……どうしようもないよね。」

ミユがぽつりと呟く。


カズハは真剣な目で彼女を見つめた。

「どんなことがあっても……俺は、ここで失敗したくない。」


「私も。このイベントで失敗したくない……でも、忘れないで。これはイベントのためだけ。それ以上でも以下でもない。」

ミユはかすかに笑った。


「もちろん。俺も、そこに余計な気持ちを持ち込むつもりはないから。」


二人の間に漂う空気は、冷たくも温かくもあった。

始まったばかりの『夫婦』生活――その第一歩は、確かに静かでぎこちなく、けれども何かが動き出した瞬間だった。


煌びやかな光が降り注ぐ大広間に、柔らかなアナウンスが響いた。


「すべてのご夫婦の皆さま、撮影セッションが始まります。順番に撮影エリアまでお進みください。」


その声に応じて、式を終えたペアたちがゆっくりと動き始める。

まるで夢の中の披露宴のような景色。

花々が天井から垂れ、壁を彩り、床にはまっすぐに赤い絨毯が敷かれていた。

高く掲げられたクリスタルのシャンデリアが淡く光り、幻想的な輝きを振りまいている。


――まさに、物語の中でしか見たことがない“理想の結婚式”。


カズハとミユは、スタッフに案内されながら、静かに撮影エリアへと歩を進める。


彼女の純白のドレスは、光をまとってきらきらと揺れていた。

彼のタキシードは黒曜石のように深く、冷たく光っていた。


「まずはクラシックなポーズからいきましょうか」


カメラマンの声は優しく、けれどその瞳は鋭い。

一瞬たりとも逃さぬように、二人の空気を見つめていた。


「カズハくん、もう少しミユさんの近くへ。……そう、そのくらいで」


促されるままに、カズハは少し躊躇いながらもミユに歩み寄る。

微かに手が触れそうな距離。

緊張と静寂が、肌のすぐ上を撫でていくようだった。


「では……お二人、手をつないでみましょうか」


その言葉に、ミユのまつ毛がかすかに震える。

頬に浮かぶ淡い赤は、メイクのせいじゃなかった。


けれど、逃げることはしなかった。

ミユはほんの一瞬、カズハの目を見て――それから、そっと手を差し出した。


カズハもまた、静かに彼女の手を受け取る。


二人の手が重なった瞬間。

背景の花々が、まるで祝福するかのように柔らかく揺れて見えた。


「……とても自然ですね。まるで、本当に結婚してるみたい」


カメラマンが、微笑みながらシャッターを切る。


幾度も光が瞬き、レンズが二人の“いま”を焼き付けていく。


「では次に……お互いを見つめ合って。優しく、微笑んでみましょう」


その提案に、ミユは戸惑いながらも顔を上げる。

ほんの少しだけ、ためらいが瞳に浮かび――それでも。


彼女の視線が、カズハの瞳をまっすぐに捉えた。


カズハもまた、同じように彼女を見つめ返す。


誰かに教えられたわけじゃない。

ただその場に立ち、空気を感じただけ。

それだけで、笑顔が生まれていた。


「……いいですね。最高です」


カメラマンの声が、少しだけ熱を帯びる。


まるで世界が二人だけのものになったかのように、シャッターの音が響く。


――誰にも邪魔されない、たった数秒の“夫婦の時間”。


王室の結婚式と見紛うような美しさが、その瞬間、そこには確かに存在していた。


* * *


撮影を終えたカズハとミユは、静かにホールへと戻った。

その足取りはゆっくりで、どこかぎこちない。

口を開こうとして、言葉が見つからないまま、沈黙だけが二人の間を歩いていく。


戻ったホールでは、雰囲気が幾分和らいでいた。

他のペアたちは輪になって談笑し、緊張の糸を緩めていた。


ミユは視線を少し伏せたまま、控えめに歩いている。

カズハは横目で彼女を見ながら、ほんの少し考え込む。


――正直、どちらも慣れてるわけじゃない。

でも、だからこそちゃんと向き合わなきゃならない。


カズハは、ごく自然な口調で声をかけた。


「……なんか飲む? 喉、乾いただろ」


それは照れ隠しのような、でも少しだけ優しい声だった。


「……水でいい」


「わかった」


飲み物のテーブルに向かいながら、和葉は少しだけ思考を巡らせていた。どうすれば彼女とうまくやっていけるのか、この奇妙な状況をどう受け止めればいいのか。


「はい」


「……ありがとう」


二人の間にしばしの沈黙。周囲を見渡せば、他のペアたちは楽しげに笑い合い、和やかな空気を共有している。


「理想的な状況じゃないってわかってる。でも、せっかくだから少しずつでも、お互いのことを理解してみない?」


「……そうかもね。選択肢があるわけじゃないし。やるしかないもの」


「だったら、一つだけ約束しないか。変な感情を持ち込まずに、協力し合ってこの一年を乗り切る。ただそれだけ」


「いいわ。目的に集中して、必要以上に距離を縮めない。それが一番よ」


周囲の視線がどこか温かい。だが和葉の目に映るのは、陽と愛梨の楽しげな姿だった。自然に言葉が交わされ、笑顔が絶えない。少しだけ、胸がざわつく。


「……なに考えてたの?」


「ん? いや、今年一年をどう乗り切るかって」


「ふうん。すごく楽しみにしてたんじゃない?」


「いや、別に。とにかく無事に終わればそれでいい。自分の目標に集中したいんだ」


「私も同じ。イベントのせいで、やりたいことが妨げられるのはごめんだし」


同じ目的。共通の認識。それだけでも、少しだけ救われた気がする。


そのとき——


「皆さん、次のセクションへご案内いたします!」


場内に響き渡るアナウンスが、再び二人を現実へ引き戻した。


「すべてのペアはご着席ください。これより、代表ペアによるご挨拶をお願い致します。今回の代表は──林くんと清水さんです。」


「……は?」


和葉が一瞬時が止まったように固まる。


「え、私たち?」

美優も眉をひそめる。


「……聞いてないんだけど。」

和葉が小声で呟く。


「行くしかないわ。」

美優が椅子から立ち上がる。「行って、何かそれっぽいこと言ってくればいい。」


「オレが言うの?」


「当然でしょう。」


壇上に上がった二人。周囲の注目が一気に集まり、和葉の心臓が一気に高鳴る。


「……えっと、林和葉です。」

ひと呼吸おいて、声を落ち着かせながら言葉を続ける。

「このイベントがどういう一年になるのか、正直まだ想像できません。でも、今こうしてここに立っている以上、やるしかないと思っています。」


視線を前に向けたまま、少しだけ拳を握る。


「僕たち、それぞれ目標があります。違う道を歩いていても、この一年は一緒に進むことになります。だからこそ、無理に仲良くしようとかじゃなくて、互いを尊重して支え合える関係を作れたら──きっと、この制度も意味のあるものになるはずです。」


沈黙。そして、控えめながら温かい拍手が場を包む。


「……やるじゃない。」

席に戻ると、美優がぽつりと呟いた。


「マジで無茶振りだったんだけど……」

和葉が小さくため息を吐く。


「でも、ちゃんとやったじゃない。少なくとも、最低限の体面は保てたわ。」


「おい、それ褒めてんのか?」


「さあ、どうかしら。」


和葉は天井を見上げる。まだ始まったばかりなのに、すでにこの一年の波乱を予感していた。


時が経つにつれて、二人はお互いのことを、これまで想像もしなかったほど深く知っていくことになる。

そして──たとえ“ただの協力関係”を守ろうと決めていたとしても、時間と共に変わる感情までは、誰にも予測できない。


ペア紹介の日から、いくつかの時間が過ぎた。

和葉と美優は、学校内で“偽りの夫婦”としての生活を始めていた。

感情を混ぜすぎないように、あくまでルールに従って、冷静に。


だが──

共に過ごす時間が長くなるほど、二人にとって“存在を無視する”という選択は、次第に難しくなっていった。

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