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9.お姫様のドレス

 キット様が選んでくれていたのは、赤・黄色・緑・水色・ピンクの五色のドレスだった。彼は私の容姿を何も知らないから、一般的な色を網羅するように選んでくれたのだと思う。


「どれから試着されますか」

「じゃあ、黄色からで」


 色にはイメージがある。赤は美しい女王様の色で、水色は賢い王妃様の色。

 黄色はただ明るくてそれがいい。私でもまだ許される気がする。形も一番オーソドックスなAラインだ。


「では、こちらに」


 クリスは悠然と椅子に腰かけていた。

 さっさと行ってこいとばかりに手を振られて、カーテンで仕切られた試着室に入る。待機していたお針子たちが、私の服を丁寧に脱がせていく。そのまま、まずは採寸をされた。


 着付けられながら、そっと布地に触れてみる。


 蔓や花を模した金糸の刺繍がふんだんに施されている。遠目から見れば金色にも見えるような美しい色合いだ。

 いくつも付けられたスパンコールは、星のように舞踏会の大広間で輝くだろう。値段のことを考えると眩暈がしそうになる。


「お気に召しませんか?」

「ああ、いえ。こちらのドレスはとてもデザインが素敵ですね」


 内職をしている手前、色々なドレスを見るけれどここのものは段違いだ。生地も縫製も一流。私も刺繍は得意だけれど、これほどきれいには刺せない。


「ありがとうございます。キャロル様に着て頂けて、このドレスも幸せですわ」


 仕立て屋は似合っていないとは言わないだろう。けれどこれほど美しい店主に褒められて悪い気はしなかった。


 すっとカーテンが開かれる。入った時と変わらずクリスがそこにいる。


「いかがでしょうか、クリストファー様」

「どうかな、クリス」


 少しだけスカートを持ち上げてみたら、ちらりと青い目がこちらを見遣る。そのまますぐに元のように戻った。「まあまあじゃないのか」


 よかった。まあまあなら、いい。「着られているドレスが可哀想」だとちょっと申し訳ないので。


 それを緑、赤、水色と三回繰り返した。


 クリスはその度に視界の端っこに私を置いて「ほどほどだな」とか「悪くはない」と一言だけ感想を言ってくれた。着替えるのにそれなりの時間がかかるのに、彼は大して退屈した素振りも見せず、涼しい顔をしてずっと座っていた。


 さて、それもこれで終わりだ。


「ローランさん」

「はい」


 こんなに沢山のドレスを順繰りに試着できることなんてもう二度とないかもしれない。思っていたより大変だったけれど楽しかった。

 どれもとてもきれいなドレスだった。


「こちらの黄色のドレスを頂けますか」

「はい、承知しました」


「あの、お代の方は」

「全て、頂いております」


 そんなことだろうとは思っていたけれど、本当にキット様は抜かりがない。


「あの、こっそり私がお支払いすることってできませんか?」


 それなりの値段はするだろうけど、一応貯金もへそくりもあるので何とかならないこともない。

 けれど、ローランさんは静かに首を振った。


「そんなことをしましたら、わたしがかの方に叱られてしまいますわ」


 お店の方に迷惑をかけるのは忍びない。仕方がない、キット様に次の手紙できちんとお礼を言わないと。


 私がそんなことを考えていると、置物にようになっていたクリスが割り込んできた。


「ちょっと! なんでもう終わりってことになってるの」

「うん? ちゃんと選んだよ」


 色々着てみたけれど、一番最初の黄色のものが私は好きだった。


「まだ着てないだろ、あれ」


 長い指が指した先にあるのは、ピンク色のドレスだった。


 スカートにはフリルがふんだんにあしらわれている。ふわりと膨らむプリンセスラインだ。

 加えてデコルテを強調するようなオフショルダー。花を模した刺繍がふんだんに施されていて、ドレス全体がまるでお花畑かのように見える。


 なんというか、絵に描いたようなお姫様のドレスである。


「どう考えてもこれが一番華やかで、一番可愛いだろ」


 それは、そうだ。間違いない。とても可愛い。


「でもさ、こういうのは若くて可愛い子が着るやつだよ」


 デビュタントすぐの令嬢ならいいだろう。歩く度にふわふわと揺れるフリルはそれだけで気分が高揚すると思う。


 けれど今の私が着たら、どう見えるだろう。どこからどう見てもはしゃぎ過ぎだ。


「そんなの、着てみないと分からない」


 クリスが椅子から立ち上がって、こちらに来る。


 目の前に立たれたら、見上げるほど高い位置で眩いばかりの銀髪が煌いていた。私を真っ直ぐに見つめてくる青から目を逸らせなくなる。


 ドレスのかかったハンガーを掴んだかと思うと、着てみろと言わんばかりにクリスはそれをぐっと突き出してくる。


「せっかく選んだのに着てももらえないのは、悲しいだろ」


「クリス……?」


「着て気に入らなかったら、それでいいから」


 それはまるで、彼自身がこのドレスを選んだかのような口ぶりだった。私が首をかしげると、クリスははっとする。


「あれだ、その、何とかっていう侯爵も、そう思うはずだ」

「キット様ね」


「そう、それ」


 刺繍を指先でそっとなぞってみる。ドレスの上で咲き誇る、枯れることのない大輪の花。少なくとも一度、キット様はこの店に来て、このドレスを選んだはずなのだ。


「あの、ローランさん」


 手紙に書かれていた言葉が蘇る。


 ――それにきっと、貴女はとても美しい人だ。


「はい」

「キット様は……どんな方でしたか」


 私がそう尋ねると、なぜだか目の前の長身が狼狽えた。 


「おい、キャロライン!」

 私とローランさんを見比べる様に銀色の頭が右往左往する。


「申し訳ございません。お客様に関することは、わたしからはお話しできないことになっております」


 その返答にどこか安心した。これでキット様について深く知ってしまったら、私は少し怖い。ちなみに、クリスもほっと胸をなでおろしたようだった。少し恥ずかしそうに髪をかき上げている。


「しかしながら、わたしがどんな方かと思ったかをお話しすることはできます」


 目が合うと、ローランさんはまたにこりと微笑んだ。


「あの方は、大変時間をかけてドレスを選ばれていましたよ。とても誠実な方なのだとお見受けしました」


 ローランさんの視線の先にあるのは、私が試着した四着のドレス。

 そのどれもを、キット様は時間をかけて選んだのだという。


「一度、着てみてはいかがですか」

「そう、ですね」


 似合わなかったとしても、それが最大限、今の私にできるお返しだと思うから。


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