6.白銀の貴公子の目覚め
目を開けると、椅子をいくつか並べたところに寝かされていた。
「お、眠り姫のお目覚めだ」
ユーインが揶揄うようにそう言う声がする。
見た目の好青年感に反して、ユーインは結構な皮肉屋だ。
そして、年下の王女にガッツリ恋しているので他の女はみんなじゃがいもだと思っている。だからこそキャロを任せられたわけだけど。
「誰が姫だ」
僕はそれだけ言って何とか起き上がった。全体的に母親似なのと童顔なのは僕の長年の悩みの種である。なんだか頭がふらふらする。
「酒は飲むなって言ってただろ」
ユーインは咎めるように言う。昔からこいつには世話になってきたからそう言われても仕方ない。
「あーまあ……うん。でもあそこで断るのも、なんかあれだろ」
差し出された酒を「飲めません」と言う勇気が僕にはなかった。グラスをあおってからの記憶がない。
「そういう変な意地を張るからこうなる。ほら、水」
差し出された水を有難く受け取る。頭の中がガンガンとしていたのが随分と治まってきた。そうすると気にかかるのは、
「それよりキャロは?」
「今はカイルに頼んでる。あと、オースティン卿から伝言だ」
カイルはおおらかなやつだから、間違ってもキャロラインに手を出したりすることは無いと思うが、最後に付け加えられたそれに思わず顔を顰めてしまった。
「麗しの姫君の騎士でありたいなら、せめて酒の飲み方ぐらいは学びたまえ、だそうだ」
ぐうの音も出ない。正論だ。
「にしてもお前、あの『社交界一の女誑し』で有名なオースティン卿とどういう関係なの? まさか恋敵とか?」
なんとそのまさか、である。
けれどそれを親友に知られるのは非常によろしくない。これは秘匿事項だ。
「言いたくない」
僕が押し黙ると、ユーインは「あっそ。なら無理には聞かないけどさ」と返した。
「十二手目の僧正の位置取りが悪かったな。あれがなかったらもっと早く勝てたのに」
代わりにユーインは勝手にチェスの感想戦をはじめた。何しろこいつは学科一位なので、僕は、というかこの学年でチェスでユーインに勝てた奴はいない。
「悪かったな」
といっても僕はもうグレッグと打っていた盤面すら朧気だけれども。
「なあ、キャロと何の話してたんだよ」
「ん? お前の話だよ」
一体どんなことを吹き込まれているか気が気でない。寮でずっと同室だったユーインは僕の見栄も恥も知り尽くしている。
「にしても、ぼくはクリスがあんなことするとは思ってなかったけどね」
「は?」
「あ、やっぱり覚えてないんだ。酒飲むと記憶なくなるのは昔からだよなー」
「おい、ユーイン。おれ一体何したの」
「さあね。気になるならキャロラインさんに聞けば?」
それが素直に聞けるようなら、僕は今こんなところでこんなことをしていない。
目を遣れば、チェス盤はどこかに避けられたようで、同じテーブルでオースティン卿とグレッグが腕相撲を始めていた。
「何やってんだよ、あのおっさん」
人に散々言ったくせに、自分もジャケットを脱いで腕まくりをしている。
果たして腕相撲は紳士の振る舞いのうちに入るのだろうか。あと、いい歳したおっさんにはあいつの相手はちょっと荷が重い気がする。
顔は落ち着いたものだが、その目は向かい合うグレッグと同じぐらいの熱量を宿していた。
「まあ情熱的な求婚で大体式もしまった後だし、いいんじゃないの」
「求婚……」
どうやら僕はとんでもないことをしてしまったらしい。
「でも相手が成人してるのに、ここまで結婚が申し込めない意味がぼくには理解し難いけどね」
さすがは王女様が成人したらすぐに求婚すべく囲い込んでいるやつは言うことが違う。けれど僕には僕で、思うことがある。
「お前にも多分、そのうち分かるよ」
一番好きな人に、一番見せたくない自分を見せること。虚飾や意地を取り払ったありのまま自分を見せることの難しさのようなものが。
「かもね」
ユーインは妙に得意げに笑ってそう言った。
「でも案外悪くなかったよ、クリス」
「うるせえよ」
乱暴に肩を叩いてくる彼からたまらず顔を背けたら、今度はキャロラインと目が合った。
そのまま彼女はにこりと笑って手を振る。僕の選んだミントグリーンのドレスを着たキャロラインは、髪にあしらった花も相まって本当に女神か何かのようだった。
少しだけ迷って、僕はそれに手を振り返す。
「行くか」
「そうだね」
そして僕は、キャロラインに向けて歩き始めた。
わたしの知らないあなたを知る話。
ということで、番外編もこれにて完結です。
本編に加えて、こちらも最後までお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。
クリス視点のハンカチのところを書いた時からずっと考えていたお話ではあったので、書けてよかったです。
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また別のお話でお会いできますように!
ありがとうございました。




